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35:パレードに背を向けて


いよいよパレード開始となった。最初に警備として、第三騎士団が隊列を組んでやってくる。


各隊で制服が少しずつ違うらしい。

勇ましくてカッコいい……!


次が我らがマーチングバンドの出番である。


ドゥナエフ氏が旗手なのだが、本番を見て驚いた、


堂々とした指揮っぷりではないか。

この人は多分、魅せるのはうまいのだ。

そのルックスも存分に利用し、沿道の女性たちの声援をもぎ取っている。

ときどきどこかにいる誰かさんに向けてウィンクするのやめなさい。


楽団のみなさんの勇姿を拝見できて、とても楽しい。

エリクさんらドラム隊も、コンビネーションパフォーマンスを魅せてくれる!


「すごい、カッコいい!」

「楽しいか?」

「はい、とても!

これをラファイルさんが作られたって思うと、改めてほんとにすごいです」

「……ん、まぁな」


ラファイルさんもまんざらじゃないように思える。

でもお世辞じゃなく本当にすごいんだ。

……すごいとしか言ってないけど。

悲しいかなほかに語彙がない。


最前列ではないから、団員のみなさんはこちらには気付かなかったようだ。見るなら貴賓席でだと思っているだろうし。


そしてバンドが通り過ぎた後、次に目にしたのは、馬に乗って闊歩する騎士さんだ。

先頭に一人、後ろに二人。その後、騎馬隊が続く。


圧倒された。


堂々たる体躯に立派な騎士装束。

帽子をかぶっていても尚目に入る、眩いばかりの金髪。

同じ第二騎士団でもドゥナエフ氏が霞むほどの、凛々しい顔つき。


バンドの次は第二騎士団、次が第一・第四騎士団合同の護衛に囲まれた国王ご夫妻というのを聞いていた。

これは、第二騎士団だ。

確か、ラファイルさんのお兄様がここにーー


「マリーナ。俺はもういいから、後見たいならヴァーシャたちと見ててくれ」


いきなり言われ、手を解かれた。


そのまま、ラファイルさんは見物人の間を通り抜け、去っていってしまう。


一瞬意味が分からなかったが、私は咄嗟に、パレードに背を向けてラファイルさんの背中を追った。


***


ラファイルさんは足早で、私は人混みの中を見失わないよう小走りで必死に追った。

しばらく行って、ようやく人混みは抜けた。


ラファイルさんは、私が追ってきているのに気づいているだろうか。

気づいてなくても構わないけれど。


バンドを見ているときは、特に様子は変わりなかった。横顔は笑ってもいたと思う。

お兄様のいる、第二騎士団が来たとき?


お兄様にはバカにされたとか、しばかれたとか言っていたけど、そういうことが関係して避けたのだろうか。


王宮内に入って、ラファイルさんは多分楽団の使う方面に向かっている。

いつもは多くの人が行き交う王宮内は、今は当番の使用人や警備兵などがいるだけで、静まり返っていた。


ラファイルさんは、庭を通り抜けて、植木の向こうに隠れるように腰を下ろした。

後ろからそっと近づくと、深いため息が聞こえた。


声をかけてもいいものか。

しばらく、迷っていた。


だけど。


立ち入ることはしない。

でも、必要としてくれるなら、私は側にいることだけ、知ってだけいただけたらと思った。

必要なければ言ってくださらなくていいだけだから。



「……ラファイルさん……」


植木の向こうのラファイルさんが、僅かに振り返る仕草をした。


「……なんだ……いたのか」


「差し出がましくてすみません。

あの、お邪魔はしませんから、ご用があったらおっしゃってください。この辺にいますから」


「そんなことしなくても見てくればいいだろ、

ご立派で国中の尊敬を集める騎士団の連中をさ。


……こんな、表に出れない俺なんかより」


「別に、必要ないです。

私はあなたの助手なんです。

華やかな席より、あなたの近くにいる方がいいです」


だってファンだもん。

この人の一番近くにいられて、それ以上に満足できるところなんかない。


「ラファイルさんのご事情に無遠慮に立ち入るつもりではないです、

ただ必要だったら、私にできることならしますから、それだけ知っていただきたかったんです。

じゃあ、この辺りにいますね」


私も、植木の手前に身を隠すようにした。


少しは離れていて互いの音も聞こえないし、姿も見えない。

もしかしてラファイルさんが泣いたりしていても、私には何も聞こえていない。


遠くにパレードの賑わいを聞きながら、私も石の塀に腰を下ろした。


***


ラファイルさんは、基本的に自信家だと思う。

それは音楽において確かな技術に裏打ちされた、どっしりとした安定感のある自信だ。

音楽について臆すことは、何一つない。


そんなラファイルさんが「俺なんか」という言葉を使ったのは、私は数えるほどしか聞いたことがない。


一度は、私が元の世界の音楽をいろいろ教えたとき。

でもその「俺なんて」は、ラファイルさん自身の卑下ではない、私の知る偉大な音楽家・ミュージシャンに敬意を払って出た言葉だ。


そして一度は、さっき、自分より騎士団を観ればいいと言ったとき。

あのラファイルさんが、自分を卑下してしまっていた。

表に出なくても、作曲も監督も、すばらしくこなしてるのに。


でもパレードに出ている楽団員を見てもそんな態度ではなかったから、

おそらく……問題は、表に出ていないことだけじゃない気がする。


お兄様を避けている感じからすると……

お兄様への、コンプレックス?


あくまで私の仮定で、本当にコンプレックスなのかはお兄様を見ていないので分からないが。


「マリーナ」


「はいっ!?」


いきなりラファイルさんの声が聞こえて、私は慌てて立ち上がった。


植木の向こうで、ラファイルさんが手招きしている。

私はラファイルさんのところまで、様子を伺いながら行った。


「……座んな」


石垣に腰を下ろすと、ラファイルさんも隣に腰を下ろした。


「……兄上、見たのか?」


いつもの張りのある声ではなかった。


「いいえ。どなたがお兄様か分からなかったので」

「第二騎士団の先頭が団長で、兄上はその後ろ……こっち側にいた」

「そうだったんですか。お顔ははっきり見えませんでした」

「ドゥナエフが可哀想になるくらいの男前なんだぜ」


ドゥナエフ氏はちょくちょくこうやってネタにされている気がする。

悪どい人ではないし、ちょっとばかり気の毒に思わないこともない。


「背が高くてガタイがよくて、男前で綺麗な金髪、漢気にあふれて部下からも慕われる、将来は侯爵家の当主だ。

誰もが花嫁になりたがる物件だと思わないか?」

「はぁ……そうかもしれませんね」


私には関係ないけど。

だって芸術に価値を見出さないって言ってたし。

それに、人をバカにしたりしばいたりする人はやめた方がいいと思う。大人になって治ってればともかく。


「あんたは……そういうの、憧れないのか?」

「へっ?何でですか?」

「いい男に愛されるのが女が望むところだろ」

「……そういうわけでも、ないと思いますけど」


何を言ってるんだこの人は。

うーん社会の価値観ってやつかなぁ。この国の一般的な女性はそうなんだろうけど。

でも身近にノンナさんやオレーシャさんを見ながら何を言ってるのやら。


「兄上は、全て持ってる。でも俺は、音楽しか能がないから」


ちょっと。なんですかそのコンプレックス。


「意味がわかりません」

「……?」

「これだけの音楽の能力をお持ちなのに何をおっしゃるんですか」

「でもそれだけだ」

「じゃあ、お兄様のその全てをラファイルさんがお持ちだったら、どうだったって言うんですか?騎士団にでも入ります?それともスペック高いご令嬢と結婚なさいます?」

「は?別にそんなことしたくない」

「だったらいります?そのスペック」

「…………」


ラファイルさんは、何か考え込むように、視線を落とした。


これだけ有り余る才能があるのに、ほんとに何を言うのか。

それなら私の方が、音楽どころか何も才能らしい才能がない。

音楽で身を立てられているだけで、すごいのに。

私なんか、ラファイルさんのところに置いてもらえなかったら、生きる気力すら危うかったただのモラトリアム人間だったのに。

私なんか替えの聞く社会の歯車でしかいられないのに。

唯一無二の人材でいられるラファイルさんどれだけすごいのか、なんで分からないんだろう?


「お兄様と比べて何か意味でもあるんですか?

ラファイルさんと比べたら私とか惨めすぎですよ。学校でも教授だし、王宮でも立場はしっかりあるじゃないですか。音楽する人にとって音楽だけで身を立てれるってそれだけですごいんですよ。お兄様と比べる意味がわかりません」


なんだか腹が立ってきたと思うのは、卑下するラファイルさんに対してなのか。


いや。


違う、


何もない自分に対してだ。


なぜか分からないが猛烈に自分に腹が立ち、惨めで悔しくなって、涙が溢れた。


「マリーナ?おい?」

「すみませっ……なんでもない……」


私は立ち上がって、ラファイルさんから急いで離れた。


ラファイルさんの前でめんどくさい女になんかなりたくなかった。

これ以上お世話をかけたくない。

ラファイルさんに気を遣わせるのだって嫌だ。

私なんかのつまらない思いに、あんな才能溢れるすごい人を付き合わせるなんてとんでもない。


どこか、隠れるところーー


こんなときでも、ラファイルさんの注意はなぜか頭の中に残っていた。

だからむやみに王宮内に向かうこともなく、来たのは楽団のいつもの事務所だった。

今はまだ誰もここに来ていない。

奥のソファーの隅に座って、止まらない涙と嗚咽をやり過ごした。


後から後から押し寄せ続ける感情に飲み込まれているうちに、頭がボーっとしてきた気がして、

そのとき私は、自分の心の底に降り立ったような感覚を覚えた。



違うんだ。


自分に腹が立って泣けたんじゃない。



私が、私に卑下されて、辛いからだ。


何もないと、私自身に見下されてバカにされて、悲しくて、傷ついたのだ。



そっか……



とりあえず、自分のことをいろいろ考えるのをとめた。

何もない、とまた思ってしまいそうだから。


というか、頭がふわふわして何も考えられない。

泣くのは止まったけど。


何でこんなことに思い至ったのか分からないけれど、

なんとなく……


ラファイルさんの分まで引き受けちゃったかな、という気がした。


私が自分を卑下したように、ラファイルさんも自分を卑下していたのだ。

お兄様の価値観でもって。



「マリーナ」


ラファイルさんの声が、私の背中に飛んできた。


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