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33:対人センサーが鈍いだけ


私はラファイルさんの後について、広い方の音楽室に来た。


ラファイルさんは一つ椅子を持ってきて、ピアノの隣に置き、私に座るよう促す。


「作曲したから聞いて」


それだけ言って、さっとピアノの前に座って弾き始めた。



なんだろう。


どこかで、聞いたような。


でも知らない曲だ、ラファイルさんが作ったんだからそりゃそうだ。


私の好きだったジャズ・フュージョンピアニストが弾いてる感じに似てる。


クラシックというには自由すぎ、ジャズというには澄みすぎている。


コードは何。


理論をよくわかっている人ならコードも分かるかもしれないけど。



コードが分からなくても、和音としてはとても、とても美しい響きだ。


どうしてこう、ラファイルさんの音は、しずくが落ちるようにみずみずしいんだろう、


この人の音を聞くと、いつも心が潤う気がする。


この音を、私やこの屋敷の人、楽団の人、学校の生徒さんしか聞くことができないなんてもったいなすぎる、といつも思う。



「すごく、綺麗でした、さすがです」


私の語彙力のなさに泣きたくなった。


これはいったいどうやって言葉で表せばいいのか。


「なんて言ったらいいのか……

すみません。言葉にするの下手で。

でも嬉しいっていうか……不思議なんですけど、懐かしい気もしました」


「ふうん?」


「えと……」


ラファイルさんの反応がよくわからない。

私何か変なこと言った……?


「覚えてない?」

「え?」


「あんたが弾いてたんだよ」


「…………?」


意味が分からなくて、多分私は口を開けっぱなしにしていたと思う。


「なんか、練習に身が入ってないっていうかさ、キャパオーバーなのにやらなきゃってなってただろ、ちょっと前。

でもそれでもあんた楽器に向かっててさ。

そのときの音。

よかったよ。


それを元にした。


つまり正確には俺の曲じゃねぇんだけどな。


だから、あんたにやる、この曲」


「え、あの」


そういえば、仕事が嫌になりそうなときがあった。頑張りすぎってサーニャさんに言われて。

その後自分のペースで一人で練習していたとき、こんな雰囲気の……いやこれの足元にも及ばないけど、曲でもない和音と音を出すだけのことをやっていた。


えっ、あれ、聞かれてた……?


しかもこんな美しい曲に昇華されてる!!


うぁぁぁラファイルさんなんてことを!!


あの日記的音楽を聞かれるとか恥ずかしすぎる!



「俺はあんたにしかこの曲弾かないから」


楽譜をばさっと渡され、慌てて受け取った。


「ありがとう、ございます、……大事にします」


何がどうなってこうなったのか私はまだ飲み込みきれていない。

本当に、私のための曲。

実感がまだやってこない。


だってこんなプロに、しかもファンやってる人直々に曲を頂くなんて。



ラファイルさんが微妙に顔を逸らしながら、続けた、


「あーあと、なんだその、あんたの誕生日……祝えてなかったから。リハも今ちょっと落ち着いてる時期だから、遅くなったけど」


私の誕生日云々は、もうだいぶ前の話だ。

祝われるなんて思ってもいなかったし、その話はあのとき終わったはずだった。

今更別によかったのにと思わなくもないが、それでも。


ケーキも、もしかしてそういう意味だったんだろうか。


「ありがとうございます……

私の方がすっかり忘れてました、というか、ラファイルさん、気にしてくださってたんですか……?」


「ヴァーシャが遅くなっても祝えって言ったから」


「ヴァシリーさんが……

ありがたいです」


「それとその、悪かった、誕生日祝いたくなんかないみたいな言い方して、そういうつもりじゃなかった」


ああ、あれか。


「それもヴァーシャが謝れって言った」


全部ヴァシリーさん任せじゃないですか。しかもそのことはっきり言っちゃってるし……


でも多分、少し分かってきたのだが、ラファイルさんは、そういうことは()()()()()()()()()()()()()()のだ。

だけど言われれば、何が悪かったのか分かれば、こうやって謝るという行動を起こしてくれる。

もっとも私は、悪いことでも謝ってもらうようなことでもないと思っているけれど。


本当に悪気はなく、人の気持ちに気づかない。

対人の気持ちのセンサーの感度がかなり悪いと思えば分かりやすい。

音楽に関する能力は一方で高すぎるほどだから、できることとできないことの能力差がかなり激しいようだ。


そりゃあ、人との関わりは相当に面倒だろうと思う。

このお屋敷のみなさんやラーファ支部のみなさんは、そういうラファイルさんを理解して受け入れ、サポートしているのだ。

それがなければ、合わない人と衝突も起こったんじゃないだろうか。



「大丈夫ですよ、ラファイルさん。

私は何も気にしてませんから。

自分の誕生日もほとんど忘れてたし、そんな特別に思うわけでもなかったですから。

それよりも、曲をくださったことが何より嬉しいです、……私の戯れを聞かれてたのは恥ずかしかったですけど……」


「あんたは俺と同等にしようとすることはない。

こうやって俺の音を聴いてくれて、楽器でいろいろ遊び合えたらそれでいい。


俺のペースに合わせないでいい、あんたが音楽を楽しいって思えるところで構わないんだ。

あんたは演奏家を目指すわけじゃないんだし、そこはわかってるつもりだ」


「はい。でも頑張りたいって思ったときには頑張ります」

そういえば私は、やる気の出がいいときと悪いときがあったなぁと思い出した。

就職後はやる気一切が身を潜めたので、そうだったのをすっかり忘れていた。


妙にテンションが高くなり頑張りたくなる時期と、やる気に火がつかない時期とが交互にやってくるのだ。

そうだったそうだった。

やる気が出ない時は、嵐の中の海の底みたいに、じっとしていればいい。

またやる気は戻ってくるから。


ラファイルさんから直接、同等のことは求めていないと言われ、休んでもいいんだと気が緩んだ瞬間、妙にやる気の炎が燃え出してきたのだった。



「私も、この曲弾いていいんですか?」


「もちろん。あんたのだ」


「ありがとうございます。

……ラファイルさんも、また、これ弾いてくださいますか?

いえ、その、もちろんお時間の余裕のあるときでいいので」


「喜んで」


「ありがとうございます……ほんとに、嬉しいです、人生で一番嬉しいかも」


私はいつの間にか、頂いた楽譜をぎゅうぎゅう抱きしめていた。

楽譜がしわになるとラファイルさんに苦笑されて、慌てて力を抜いた。


嬉しい。すごく嬉しい。

本当に、人生で一番に。


テンションがすっかり上がってしまい、私はラファイルさんにそのまま付き合っていろんな楽器でセッションを繰り広げ、なんと朝を迎えてしまった。


学生のときもしたことがなかったオールをこんな歳でするとは思わなかった……


そして例によって、隣の控え室のソファーで二人して眠り込んだのだった。


何で人に言われないと分かんないの?と思うか、

人に言われれば分かるんだな、と思うかは、自分次第。


作者言われないと気づかないこと多々……不器用です。

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