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30:お姉様とティータイム


プローシャさんが訓練を終えた後、一緒にお茶をいただいた。


初めての人とのティータイムである。


れっきとした貴族令嬢であるプローシャさんは、格好こそ男だが、きちんと令嬢としての所作ももちろん身につけられていて、見ていてそれは優雅だった。


この方は、やるときは[女役]もきっと見事にこなされるのだと思う。


すごいなぁ。本当に。


雑談というものを私はあまりしないから、こんなに喋ったのはここへ来て初めてだったかもしれない。

それくらい、プローシャさんといろんな話をした。


プローシャさんは6つ下のラファイルさんを本当に可愛がっていて、小さい頃から最近まで、いろんなラファイルさんの逸話を語ってくださった。

これは私が知ってもいいものか?と思うものまで。


プローシャさんから見たラファイルさんは、ほぼ、可愛かった。

よちよち歩きのころから既に発現していたという天才ぶりにはもはや驚きはしなくなってしまっていた。


小さい頃ピアノを習わされていたプローシャさんは、ピアノより外で剣がしたくて、ラファイルさんを身代わりに置いて剣をしに行き、代わりにレッスンを受けたラファイルさんはプローシャさんより上手で先生を驚愕させたとか。


プローシャさんが珍しくピアノをやろうかと思ったら、ラファイルさんがピアノの席を陣取って、絶対譲らなくて派手に姉弟の喧嘩を繰り広げたとか。

どうやってもお姉様に勝てるわけがないのに、ピアノを弾く権利を渡すまいとガチで怒ったらしい……


そんなラファイルさんらしい行動の数々に、何度も笑った。


使用人のみなさんも途中から混じりながら、主にラファイルさんの話で盛り上がって楽しかった。

(ラファイルさんはもちろん練習中)


プローシャさんは王宮敷地内の騎士団の寮にお住まいで、私が疲れるだろうからと一時間ちょっとでお茶会を切り上げた。

私は楽しいからもっといて下さってよかったのだが。

いろいろ気遣いをしていただいて申し訳なかった。


「今日は、楽器の練習もやめておくといい。

慣れない剣を触って、変に気分が高まっていると思う。多分練習にはならないだろう。

ゆっくりしておくのが一番だよ」


細心の配慮もしてくださる。


「あとな。


ラーファが寂しがってたぞ?

マリーナは全然俺と話してくれないって」


「……え?」


「仕事のときしか話してくれない、だとよ。

ラーファは全く心当たりがないそうだが、何か気に障ったことがあったのなら詫びをするから聞いておいてほしいそうだが?」


気に障ったこと。

ありませんとも。

なんでそうなるんでしょうか。


「気に障るだなんて、とんでもないです、私こそ余計なお喋りしたら、お仕事も練習も邪魔になると思って……」

「ラーファの邪魔にならないように、喋らないでいたのか?」

「はい……

私も、人が苦手だから、ラファイルさんの人嫌いの気持ちは少しでも分かると思ってます。

だから人に会わなくていい日はせめて、お一人でゆっくりさせて差し上げようと思って」


プローシャさんは、しばらく驚いた顔をした後、

優しい笑顔になって私の頭を撫でた。


「マーニャ。きみがここへ来てくれてよかったよ。

弟を大事にしてくれてること、礼を言わせてもらう。

きみには、安心して弟を任せられるな。


あいつは分かるだろうが、音楽以外は本当に不器用だ、

きみにはいろいろ気を遣わせてしまうだろうが、側に居てやってほしい。

私はときどきしか顔を合わせられないからな」


「もちろん、ラファイルさんが必要としてくださる限り、お側におります」


「もっと、あいつに話しかけていいんだぞ。

今はやめてほしいと思えばあいつはそう言う。

きみの思うことはあいつに、都度聞けばいいんだよ」


「……はい。ありがとうございます。でも私も、話題を振るのが得意じゃないから、黙ってるのが普通なんですよ」

「そうだったのか。それもラーファに伝えてやってくれ。

あいつもすぐ私に甘えるんだからな……直接きみに言えばいいものを」


ラファイルさんは隠れ甘えキャラなのか。

いつも年上っぽく振る舞ってるからなんだかかわいく思える。


「分かりました。

ご迷惑じゃないことが分かれば、ちょっと安心してお話ができそうです。

ラファイルさんには、憧れてますから、ほんとはちょっとくらいお喋りもしたかったんですよね」

「一緒に暮らしながら、そんなに我慢してたのか?」

「いきなりここへお世話になることになって、ご迷惑でしたでしょうし。

私はずるいですよ、居心地がよくて出て行きたくないから、ラファイルさんの気に触らないように必死なんです」


少し自嘲してしまった。

事実、ここへいるために、気に入られたままでいるべく頑張っているのだから。

憧れという純粋にみえる気持ちの裏に、そんな邪、とは言い過ぎだが、実利を求める動機がある。

だがプローシャさんは、はははっ、と軽快に笑ってくださった。


「そんなもの、かわいいずるさじゃないか。

自分の損になることなど誰もしたくないし、きみがいればラーファにとってもいいことなんだから。

ラーファだって、それこそ楽器できみを釣ってると思うぞ?」


「……そんなにしていただく価値が、私にあるとは思えないですけど……

もっと頑張らないといけませんね」


「マーニャ、ラーファに必要なのは、切磋琢磨する相手じゃない。

きみは、必要以上に頑張るよりも、ラーファを見守ってやってほしい。

そのためには、きみが頑張りすぎてはだめだ、きみ自身に余裕がなければ。


楽しんで夢中になるのはいいが、追いつこうと必死になって周りが見えないのは、おそらくラーファの望むところじゃない。


きみが演奏家になりたいならば話は別だが、今のように助手でいるつもりなら、ラーファのことを一番によく分かっておくのが筋だと思う」


なんだろう。

今ものすごく大事なことを言われている気がする。


確かに私は、プロ奏者を目指してはいないのだ。

プロには技術も根性もセンスも、何もかも足りないと自覚しているし、いつもプロ奏者を間近で見ているからこそ、その自覚は強くなった。


そして人に教えるわけでもないのだ、

そうなれば私が仕事をする上で一番大事なのは、ラファイルさんの仕事を補佐すること。

ラファイルさんがベストの状態で仕事ができるようにすることだ。

そのためには、ラファイルさんの考えや望みを把握していかないといけない。


「だから、全部。ラーファとよく、話し合え。

黙って見ているだけでは分からないだろ?

私が言ったことだって、ラーファの本心とはもしかしたら違うかもしれないんだ。

だから、きみ自身がラーファとしっかり確認し合わなきゃならない」


「はい……頑張ってみます」


「ま、一気に全部しなくてもいいがな。

あいつも口下手だ、ゆっくり確かめ合ったらいい。

じゃあ、また王宮で会おう」


「いろいろとありがとうございました、プローシャさん」


***


プローシャさんの言った通り、なんだか腕と手がガクガクしてこの日はさっぱり練習にならなかった。

練習は諦めて、自室に戻るも、やることもできることもなかった、音楽のほかに本当に趣味がないことに気付かされる。

字は仕事ができる程度に読めるようになってきたが、それでも異国語を読むということは、元気のあるときにしかやる気が出ない。


どうしようかと思いつつ、ベッドに転がった。


プローシャさんに言われたことをあれこれ思い出す。


プローシャさんには結構気に入られたようで、正直かなり嬉しい。

ラファイルさんを任せられるなんて言われて、舞い上がりそうだった。

身内からそんなことを言われたら変な期待をしてしまうじゃないか……!

いや、まぁ、そんな期待はしないに限る。


でもラファイルさんが寂しがってたってほんとかな……?


どこかで、ラファイルさんに伝えないと。

気に障ったことなんて何もないって。


だが猛練習中であろうラファイルさんに話しかける勇気は、この日は持てなかった。


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