表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/110

29:お姉様に剣を習います


お姉様はラファイルさんと少し話をして、お仕事に戻っていった。


「あんたさ、マジでやんの?

すげぇな?」

「かっこいい女性が目標なんです」

「そりゃいいけど……」


本当に純粋に、剣を教えてくださるならやってみたいと思っただけなのだ。

確かに護身術があれば安心だし。


「……姉上は結構自由な感じだろ?」

「そうですね」

「昔から随分と、助けられた」

「弟思いでいらっしゃいますね」

「……よく、姉上が男で、俺が女だったらよかったのにって、兄上が愚痴ってた」


そういえば、副団長のお兄様がいらっしゃった。


「音楽、芸術に興味のない人で、価値を見出さない。

男は強くあれと思ってるような人だ。

俺は小柄だしひ弱だったから、いつもバカにされて、剣の相手をさせられてはしばかれたな」


え。

お兄様って、結構歳が離れてませんでした?

それでしばくってどれだけ……


「いつも庇ってくれたのが姉上だ」


「お強そうな、お姉様ですもんね」


「うん。第四騎士団内でエース格だ。年齢的に、まだ役職はつかないんだけど。

姉上ならそのうち団長になるんじゃねぇかな」


「すごい。周りからも、慕われる団長さんになられそうです。お姉様もパレードに参加されるんですか?」


「ああ、要人警護で、王族女性の側につく。

騎士の正装で闊歩するのは女でも勇ましいぞ」


「そうなんですか。パレードで拝見するのが楽しみですね!」

「いや、俺は見ない」


え?


「俺は本番は出番ないから。

同じ日の夜会の最終リハをやって、あとは帰っていつも通りだ」


「そう、なんですか……」


「当日の演奏を取り仕切るのは指揮者だ。俺じゃない。

だから別に居る必要もないしな。

あんたは見て来たらいいから。

姉上も、兄上も見られる。賑やかで華やかだ」


賑やかで華やか。

そういうラファイルさんからは、ちっともそんな情景が浮かばなかった。


指揮者が取り仕切っても、作り上げたのはラファイルさんなのに。

奏者じゃなくても、パレードや夜会の成果はラファイルさんのものだと思うのに。

それを、自分で見たくない、というのは。


私から視線を逸らしながら、見てこい、というラファイルさんの横顔は、なんだかとても寂しそうに見えたのだ。


***


ある週末、約束通りラファイルさんのお姉様ーープローシャさんと呼ばせていただくことにしたーーがお屋敷にいらっしゃった。


私はアーリャさんが準備してくださった、男の子向け(男物は私にはデカ過ぎて、10歳くらいのサイズがちょうどだった)の服に着替えて庭に出た。


「よろしくお願いします!プローシャさん」

「へぇ、いい挨拶してるじゃないか。姿勢だけなら騎士団見習いにも入れるかもな」


それはちょっといやかなり怖い。

日本でいうと自衛隊の新人になるのと同じだ。鬼教官にしごかれるイメージしかない。怖すぎる。


「初心者の、練習用の剣を持ってきた。刃は付いていないが、重さはあるから当たり用によっては骨がやられる」


ちょっ初心者でそれですか!


とりあえず、剣というものに慣れなければ使いようがない。


楽器の弾き方がわからなければどうしていいかわからないのと同じだ。


ところでここにはフェンシングのレイピアみたいな細身のはないんですか。

この剣デカくないですか。


ひとまず、持ってみる。


ずしりと両手に重さがかかった。


なんというか、単に打ち合いをするものではなく、

これは練習用とはいえ、武器ーー人やものを実際に傷つけられるものーーを持っている、と実感してしまった。

日本の武道だって、もちろん使い方を誤ればそうなる可能性もあるけれど、

やはり現役騎士が持つもの、という状況からだろうか、想像以上の重みを感じている。


「うん、一旦離そうか」


プローシャさんに言われて剣を返すと、深いため息が出た。


相当に張り詰めていたようだ。


「その辺の貴族令嬢よりよっぽど逞しいな。

こんなもの持ちたがる令嬢は相当の変人だよ」


あれっ、プローシャさんも貴族令嬢ですよね?


「つまり私だがな。はははは!」


自分で自分に突っ込むプローシャさんにつられて、私も笑った。

先日初めてお会いしてから、ときどき事務所に覗きにこられて顔を合わせているのだが、この方は豪快で、見ていて気持ちがいい。


「ときどき帯刀してみるといいぞ。剣が体に馴染む感覚が来るといいな。

さて、今日は、木刀にしよう」

「はいっ」


木刀なら気分的に持てそうな気がする。

時代劇で、稽古をするときは木刀、というイメージだ。だから木刀というものには馴染みがあるというか。


基本の動作を教えていただくも、私は音楽以外はイマイチ飲み込みが悪い。

足と手がちゃんと動かない!

ドラムとは訳が違う、うぅ、ドラムなら両手両足いろいろ動くところをプローシャさんに分かっていただきたい……!


だいぶあわあわして非常に不恰好だっただろうが、プローシャさんはきちんと教えてくださった。

これはいい先輩をされているに違いない。いい上官になるに違いない。


夢中で型を構える練習をして、何度かはゆる〜くプローシャさんと打ち合いもさせて頂いた。


……いやもうラファイルさんとの合わせ以上にダメージでかかったです……


何も当てられていない。


だが、圧が既にのしかかってきていた。


木刀にかかる威力がそもそも、違うのだ。



それもそのはず、うっかり舞い上がって抜けていたが、プローシャさんはつまり剣のプロだ。


剣を握ったこともない私がプロと打ち合いとか!


ピアノ弾いたことない人がプロと合わせるなんてありえない!と思うのと同じ、ありえないんだぁ!

私のバカーーーー!!


…………

…………


「ほんとに申し訳ありませんでした図々しいにも程がありました身の程知らずで」

「おいおいマーニャ、何を謝り倒している」


後で死ぬほど謝っていたらプローシャさんに止められた。

説明したら、あっさり笑ってくださったので救われた。


「私だってストレス発散に太鼓でもやってやろうかと思うのと同じだよ」


太鼓、されるんですか。


「最近しばらくやってなかったが、ここに遊びにきた時は、ラーファのティンパニを叩きまくったりして遊ぶんだ。

荒すぎるって怒られるんだが」


うんティンパニは繊細な楽器なんですよ……


「ラファイルさんと、ドラムセットを作る計画を立てているんです、

できたら、なさいませんか?」


「何だその、ドラムセットというのは」


プローシャさんにドラムセットについて説明すると、両手両足が動くということにそれはびっくりされた。

私がそれをできるということにも、相当驚かれた。

でも、それも楽しそうだなとおっしゃって、今度はマーニャが教えてくれと言われたので、お任せください!とここぞとばかりに元気に返事をした。


***


一度に長時間やってもよくないからと、プローシャさんは練習は短時間で切り上げてくださった。

確かに私の腕も足腰も、もう疲れを感じていた。慣れない動作だし、やはり現役騎士の圧にも当てられた部分があると思う。


このまま少し鍛錬するから、というプローシャさんを、少し離れたところで腰を下ろして見ていた。


プロだ。

かっこよすぎる。


この日々の訓練で国民の安全を守っているのだと思うと、ありがたくて申し訳なくさえ思った。


命をかける職業につく人というのを初めてこんなに身近に感じ、目の前で見た。


仕事が嫌だと言っていた自分が、心底恥ずかしい。


ーーこうやって、何かに自分を懸けて生きていたかったのかもしれない。


その何かが見つからなくて、悩み続けていた気がする。


かといって社畜のようになるのは嫌だったのだ。

仕事は自分の何よりも優先しないといけなくて、それは仕事に支配されているみたいで、そんな人生は送りたくないとずっと思っていた。


ただ私の周りの人たちを見ていると、プローシャさんもこのお屋敷のみなさんも、仕事に支配されてる感じなんてなくて、私の思っていた仕事のやり方と違う感じがする。

ラファイルさんや王立楽団のみなさんは、得意なことが仕事になっているからあまり参考にならないが。


でも今は私にも、ラファイルさんという懸ける先があるから。

きっと、少しはマシになってるかな。

今は仕事に支配されているとは思わないし、学校も王宮の事務所も、居心地がいいなと思えている。


私も仕事場で、プローシャさんのように有れるようにしよう、と決心を固めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ