28:お姉様とご対面
「おはようございます、ラファイルさん」
「マリーナ。おはよう」
週明けの朝は、いつものように始まった。
そろって朝ごはんをいただき、準備をして、学校へ向かう。
馬車の中も、いつも通り。
遅くまで練習していたであろうラファイルさんは、窓側にもたれて居眠りしている。
私は窓の外を見て過ごす。
今までのこの距離感でいいのかな、と思うと同時に、距離を測りかねてもいた。
ファンとしては、憧れの人を前にして、普通に話とかしたくもなるわけだ。
でも、ラファイルさんの邪魔になることをしてしまっては信頼を損なうかもしれないし、私自身もそんな状況は嫌だ。
仕事上で必要なこと以外は、私はほとんどラファイルさんから話しかけてもらうまで話さなくなったのだった。
***
王宮でのパレードに向けた練習は、本番をひと月半後に控え、騎士団の人たちも週一短時間で加わるようになった。
一度ヴァシリーさんの案内で遠くから見学させてもらったが、さすが騎士団の人たちはいかつくて、とりあえずほぼデカい。
厳しい訓練を積むのが仕事だからそりゃそうだと思うが。
女性騎士の一団もあったのには驚いた。
元の世界の現代なら驚かないが、この時代の感じからして女性騎士がこんなに人数がいるとは思わなかった。
王族の女性には女性騎士が護衛で付くほか、元の世界でいう女性警官の役割も担っているとのこと。
皆さん凛々しくてかっこいい。
そんな感想を言ったらヴァシリーさんに驚かれた。
普通の若い女性はドレスを着て美しく着飾り、お茶会や夜会に出ることを好むからと。
ヴァシリーさん的には、私のような女性は面白くていいそうだけど。
私はかっこいいのが好きだから、どうしてもそういう感想になる。
そんな騎士団のドラム隊を指導するのはこれまたラファイルさんだ。
自ら楽器を持ち、実演しながらの指導だ。
手元がもう鮮やかすぎてヤバい。
小柄なラファイルさんがあのいかつい騎士さんたちを前に堂々と指導する様は、本当に19歳とは思えない貫禄と威厳に満ち溢れている。
カリスマってやつなのかなぁ。
騎士さんたちも、ラファイルさんを蔑ろにすることなどなく、面白いように大人しく楽器を習っている。
もっとも昔から行われてきたことであって、それも年2回はパレードがあるから、中には初めての人もいるが大体はパレードのバンド経験者なのだそうだ。
まったく一から始める人はほとんどいないから、曲の構成の確認や、指揮をとるドゥナエフ氏の合図の確認が主にやることだ。
そしておそらくバンド参加のメンバーには金髪かそれに近い人が選ばれているのだろう。
見事に明るい髪の方ばかりだったから。
すれ違う騎士さんの中には、黒髪の人もたまーにいた。
騎士は見た目に構っているわけにはいかない職業だから、髪の色は不問にされているらしい。
それでも家の格により夜会に出席するときなどは、ウィッグを利用するのだとか。
「オレ隊列を考えなきゃいけないんだよなぁ、どうしよっかなー……」
「隊列……まだ、決まってないんですか?」
「うーんあとパレード出発前のパフォーマンスのフォーメーションもねぇ」
「えっ……それもう決まってないとダメじゃないですか?」
「先週決めるはずだったんだけどまだで、そろそろラーファがケツ叩いて来ててね」
「ちょっ、ここで見学なんかしてる場合ですか!戻りますよ!」
「マーニャちゃん!?なんかラーファっぽくないその言い方?」
なんてことだ。私はヴァシリーさんを引っ張って事務室に戻り、嫌がるヴァシリーさんを机につかせて計画を立てさせた。
仕事を締め切りまでにしないとかダメじゃん。
ラファイルさんはその辺折り込み済みだとは思うが……
「ねー大丈夫だよマーニャちゃん、オレ机にへばりついててもアイディアが浮かぶような人じゃないの。アイディア捻出のためにちょっとブラブラしてくる」
いいのかそれで。
だが確かにヴァシリーさんは机についていてもいいことはないだろう。
仕方なく解放してあげた。
事務室には、私一人になった。
机について、ヴァシリーさんの溜めた仕事のうち私も教えてもらったものを片付けていく。
できる仕事も増え、役割が与えられたことで、私はだんだんやり甲斐や充実感も得られるようになっていた。
団員さんたちとも顔見知りになってきて、少しずつ打ち解けてきている。
私の写譜はありがたいことに評判がよく、見やすく正確だとみなさん言ってくださった。
写譜の際、音のつながりや和音で違和感があれば、ラファイルさんに確認している。
実はラファイルさんとお話しできるのが嬉しいから、仕事のことは積極的に聞いているのだ。
仕事上ならラファイルさんも鬱陶しくないだろうから。
本来は結構な人嫌いらしいラファイルさんは、学校でも王宮でも、たくさんの人を相手にしている。
プライベートはそりゃあ一人で閉じこもりたいだろうなぁと思う、私もそうだから。
だから可能な限りそっとしておいてあげるのだ。
***
しばらくして、ドアをノックする音がし、ヴァシリーさんか誰かが戻ってきたのかと思って顔を上げた。
だが、見知らぬ女性騎士さんが顔をのぞかせていた。
「失礼、お嬢さん。
ラファイルはいるかな?」
知り合い?
柔らかな金髪の、かっこいい美人さんではないか。
「あ、先生は今、庭の方で指導を」
「いつ戻る?」
「それは……はっきりとはお聞きしておりませんが」
「ん、そうか。
もうすぐ昼時だ、戻って来るだろう、少しここで待たせてもらうよ」
えっ。いいのかな、騎士さんが事務室で待つとか。
断ったほうがいいんだろうか。
ヴァシリーさんこんなときに限っていないし……!
騎士さんはさっさと私の隣を通り過ぎて、いつもみんなが使っている奥のソファーに陣取ってしまった。そして戸惑う私を見据えてきている。
怖いんですけど……
「きみ、マリーナさんだね?ラファイルの助手の」
「あ、はい」
知ってるの。
どういう反応をすればいいのかわからない私に、騎士さんは、にっと笑いかけてきた。
「私はラファイルの姉だ。
プラスコヴィヤという、弟が本当に、世話になっているよ」
「え、あ、お姉……さま!?」
うわぁお姉様きた!!
なんで!
私のこと知ってるし!
うぁぁぁ何て返事すればいいのこういうとき!
「いえっ、私の方こそ、先生には本当にいつもよくしていただきまして、
お姉様にお目にかかれて、光栄でございます」
もう必死で頭下げるよねそれしかないよね。
お姉様が私の頭の先でクスッと笑ったのが聞こえた。
「そんなに驚かれるとは思わなかったよ、楽にしてくれ。
話には聞いていたけど、可愛らしいお嬢さんだね。
人嫌いのラーファが屋敷にまで住まわせるとはねぇ」
あ、そこまでご存知でしたか。
ていうか一緒に住んでるって思われて大丈夫かな。使用人扱いなら大丈夫かな。
「あ、あの、お茶でも……」
「あー大丈夫、気を遣わなくていいよ。
そういうのは苦手だと聞いている」
聞いているって。
ラファイルさんから?しかないよね?
「す、すみません……」
「謝ることもない。
なんだ、私が怖いか?」
「い、いえ、そのようなつもりは……」
「騎士など初めて見るわけか、まぁ仕方がないな」
異邦人というのもご存知のようだ。
この顔じゃ異邦人としか思えないだろうけど。
「ほんとにきみを脅かしにきたわけじゃないんだ。
あの弟が側に置く女性となると、興味はあるけれどね」
うぅもう何とお返事したらいいのか分かんないよー。
盛大に困ってしまったとき、事務室のドアが開く音がした。
一目見てほっとしてしまった、ラファイルさんその人だったのだ。
「あれっ、姉上。用事?」
「うん、うちの後輩たちについてちょっとな。
それよりやっと会えたぞ、お前の助手」
「……いじめてないだろうな?」
「人聞きの悪いことを言うんじゃない」
おぉ。
ラファイルさんが「弟」やってる。
普段私より年上に見えるくらい貫禄があるから、初めて見る姿だ。
なんかかわいい。
「マリーナ、何も言われてないか?」
「大丈夫です」
「俺の姉。第4騎士団にいる。あんたのことはその……まぁ、話してある」
「先程ご挨拶申し上げたところです。素敵なお姉様ですね」
「お世辞なんかしなくていいから」
「いえ、本当に。
かっこよくて羨ましいです」
「ははは!マリーナ嬢は可愛いな!よかったら剣でも教えようか?」
「え、やってみたいです」
「おっと、冗談のつもりだったんだが……」
「あ、すみません、お忙しいですよね、そんな中お願いするわけではなく……」
「冗談とかやめてやってくれよ、マリーナは言葉通りに受け取っちゃうから」
だがお姉様は、私をじっと見据えて、笑みを浮かべた。
微笑みもかっこよくて美しい。歌劇団の男役の人みたい。
「うん、きみ、気に入ったよ。
望むなら本当に教えてやってもいいぞ。
女性としては護身術があると何かと安心だしな」
「ほんとですか?ありがたいです!」
「マリーナ、マジでやんのか……」
「あ、差し障りがありましたか?」
「いや別に、やりたいならやればいいが。
姉上は女なのに筋肉バカだから……」
「女で筋肉バカでもいいじゃないですか」
「あっはっは!マリーナ嬢は発想が自由でいいな!
妹ができたような気分だ、私のことはプローシャと呼んでくれていいぞ」
わぉお姉様からいきなりのお友達宣言。
嬉しいよ、嬉しいけど。とりあえず畏れ多い。
「マジでいじめるなよ?それと怪我をするようなことは絶対しないで。
この助手がいなきゃ仕事が進まない」
「はは、そんな心配はいらないよ。
とりあえず今度、週末の休みが入る時に、お前の屋敷に行くから」
「じゃあアーリャに言っとく」
そんなこんなでお姉様から剣を習うことになりました。
実は本当にやってみたかったのだ。
今、音楽のほかに趣味らしい趣味がないから特に。
今からその日が楽しみです!




