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26:大事なムードメーカー


事務所に戻ると、ノンナさんと、他数人の団員さんたちがお喋りしていた。


「きみらお喋りは休憩室でやんなよ」

ヴァシリーさんが言う。


「お喋りじゃないの、曲の相談してましたー」

「オレはマーニャちゃんに仕事教えなきゃいけないんだから」

「あ、マーニャちゃんに紹介させてよ」


ノンナさんと一緒にいたのは、よく一緒に夜会などで演奏しているという弦楽器のメンバーだった。


マーチングバンドは弦楽器を使わないが、パレードの日は夜会も開催されるから、弦楽器の出番も近い。別室でこうしてグループごとで集まってアンサンブルの練習をしているそうだ。


「コンマスも来てるけど……ラーファから紹介してもらったほうがいっか」

「ん、後でラーファにしてもらおう。きみたちは練習に行きなよ」


弦楽器の団員さんたちが事務室を出て行って、ヴァシリーさんと二人になった。


なんだか既にいろんなことが起きて、ため息をついてしまった。


「ちょっと休もっか。それじゃ頭に入んないでしょ」

「あ、いや、すみません。勤務時間なんですからちゃんとします」

「ああ、団員たちは王宮の所属だけど、オレとマーニャちゃんはラーファに雇われてて、王宮の所属じゃないから。

おおっぴらにみんなの前でサボるのはまずいし、ラーファに必要な仕事は済ませとかなきゃいけないけど、そんなにきっちりする必要はないよ。

学校にいるときは、オレは学校の講師だからそうはいかないけどね。

きっちりしてるねぇマーニャちゃん」

「いえ、社会人として当然ですし」

「マーニャちゃんの世界って堅苦しそうだね……」


うん、ヴァシリーさんに日本社会はきっと窮屈だと思う。

ロシアよりアメリカン、あるいはイタリアンなのが似合いそう。ロシアの国柄知らないけど。


でも多少お喋りしていいのなら、聞きたいことがあった。


騎士さんも楽団を兼任していることについて、ヴァシリーさんに聞いた。


すると、


「パレードには、騎士団からも打楽器の人が加わるんだ、音量がいるからね。

プロである楽団メンバーが音楽的に引っ張って、騎士団メンバーはそれに合わせる感じかな。

あのドゥナエフはまぁ、一応ちゃんと音楽的に楽団員として合格してるけど、実際顔で選ばれたってのが過言じゃないくらい、顔の評価が抜きん出て高かったなぁ。

パレードのときにはバンドの一番前に出るから、若いご令嬢たちからいつも黄色い声援が上がってるよ。

実際はラーファが作り上げた演奏を、あいつが本番で全てかっさらっていく感じがするよね。

まーラーファも絶対金髪しないからなぁ、ドゥナエフが一方的に奪ってるわけでもないんだよなー」


人当たりのいいヴァシリーさんが、仲がいいわけでもないが嫌っているわけでもない。

悪い人というわけではないみたい。

というか何だろうあの喋り方は。

騎士らしいといえば騎士らしい言葉遣いだけど、なんか時代劇を観ているようなセリフに聴こえて違和感半端ない。

いや私の周りの人たちが言葉遣い崩れすぎてるのか。


それにしてもヴァシリーさんの仲裁はグッジョブだった。丸く収まったし、ラファイルさんだとちょっとバチバチしそうで危なっかしかった。

本当に、人対応に才能があるんだなと思って尊敬の念が湧いた。

あれなら書類仕事がダメでもそれを上回る仕事でカバーできそうだ。



いろんな部署があって、いろんな人がいるよねぇ……


王宮ってつまり、日本で言ったら東京に置かれている各種本部が全てここに集まってる感じかな。いや規模で言ったら地方自治体の県庁くらいに思えばいいのか。

役所はまた別にあるから、一般市民が気軽に来れるところではないけど。


雰囲気に慣れるまでまたしばらく時間がかかりそうだ。

今日は疲れて練習する元気がないかもしれない。


…………

…………


ラファイルさんは2時間ほどでマーチングバンドの指導を終え、休憩後にはノンナさんたち弦楽隊の指導、ほかのグループの指導と、次々リハーサルを続けて行った。

本当に、学校でも王宮でも、仕事が詰まっている。

余計なお世話だが、少しだけ心配になってしまう。

帰ってからも練習ばっかりだし、どれくらい休めてるんだろう、と。


途中で、クラシック部のコンサートマスターに紹介された。

ハリトンさんという方で、銀髪で体格のいい、渋いおじさまだった。

かっこいい〜。目の保養目の保養。


コンサートマスター(コンマス)は、第一バイオリンを担当する、オーケストラのリーダーだ。

少し演奏を拝聴したが、音が何とも艶っぽくセクシーだった。

いろいろと経験豊富なおじさまなんだろうか。


ラファイルさんと一回り以上歳が違い、大人の余裕があって、ラファイルさんにとっても頼れる先輩のような存在に見える。

ラファイルさんも、天才だけど、何せ19歳だからね。

大人の余裕は、たまにちょっと欠けてるよね。


……って私が言える立場じゃないんだけど。

私よりラファイルさんの方がよっぽど大人で貫禄もある。

なんだろう私やっぱり精神年齢幼いのかな。

学生の頃から大人とはなんぞやとずっと自問自答していたが、結局分からないままでいる。


「私の娘のようだねぇ、可愛らしいお嬢さんだ」

ハリトンさんにぽんぽんと頭を撫でられた。

子ども扱いである。

ノンナさんが呆れたように言った、


「ハリトンさん、マーニャはあたしと同い年ですよ、23歳」

「えっ」


その声は、ハリトンさんではなかった。

見ると、心底びっくりした顔のラファイルさんがこちらを見ていた。

えっと……?


「あんたこの前22って言ってなかったか?」

「あの後23になりました」

「聞いてない」

「言ってません」

「いや言えよ」

「えっ、なんでですか」


私の誕生日をこちらから表明する理由などどこにもないので、言っていないだけなのだが……


「あらー、ラーファ、凡ミスったねぇ」

何やら楽しそうにヴァシリーさんが会話に入ってきた。

凡ミス?


「うるせぇよ」

「あー、ラーファ、マーニャちゃんの誕生日祝いたかったんだ?」

ノンナさんも会話に突入した。


「うっせぇ違わ!

4つも上だって思わなかっただけだよ!」


悪かったですね4つも上で……

しかし何だ、祝いたかったのかと言われて全力で否定されるのはちょっとだけ寂しい。

いやいやそんな期待する方がいけないんだけれども。


「ラーファ、今のはダメだよ。

……ちょっと来いよ」


ヴァシリーさんが優しいが諭すような様子で、ラファイルさんを連れて出て行ってしまった。


「ヴァシリーさんがあんな真面目な顔になるの、珍しいですね」

なんとなく思ったままを言ったところ、ノンナさんたちが温かい眼差しでいた。


「ヴァーシャはなんだかんだでラーファのいいお兄さん役なんだよね。

ラーファって音楽は天才的だけど、結構不器用じゃん?

人の気持ちに疎いっていうか。

ヴァーシャはそういうところ、よく気付いてカバーしてくれてるんだ。それで楽団はいいように回ってるの。ほんとに、いいコンビだよ」


ラファイルさんはヴァシリーさんの仕事の苦手なところをカバーしているから、本当に支え合ってるんだな、と感じた。

もしかすると、私が入り込んでいっては、いけないところなのかもしれない。


……そうだよ。

もともと私が異物みたいなものなんだから。


ラファイルさんや、ヴァシリーさんの邪魔になるようなことをしていちゃいけない。

でもせっかく必要としてくださるのなら、それには応えたい。

私はここで、どのように振る舞い、行動すればいいだろう。


正直空気を読むのが苦手な私には、難題だ。

ううん、心がけるところから始めよう。


***


その日、ラファイルさんはずっと押し黙ったままでいた。

話しかけにくい……

どうしよう。仕事がやりにくい。


「マーニャちゃん。楽譜庫の探し方を教えるよ。来て」

「はい」


気まずい中からヴァシリーさんが連れ出してくれた。

楽譜の探し方を教わり、きっと何百曲もあるだろう楽譜たちに圧倒された。

こういう探し物は大学の研究でもやっていたから、苦にならないしむしろ得意な方だ。

ヴァシリーさんの指示に従って、楽譜の片付けと探す作業をしばらくする。


作業が終わって倉庫を出る前、ヴァシリーさんが立ち止まって私を振り返った。


「マーニャちゃん、ラーファってあんなんだけどさ。このまま、一緒にいられそう?」

「えっと……ラファイルさんさえ問題なければ、私は大丈夫ですが」

「そっか。よかった。あいつのこと、よろしく頼むね」

「……?」


えっと?私によろしく頼むって何をですか……?


ヴァシリーさんの意図がよく分からないが、ヴァシリーさんは楽譜庫を出ると、机で作業中のラファイルさんの背中をバーンと叩いて、マーニャちゃんが困るだろ、ムスッとしない!と何やら喝を入れて?いる。


うるせーよとラファイルさんが文句を言うが、でも怒っている感じもしなくて、なんだか微笑ましく思えた。


「ラファイルさん、楽譜探してきました」

「ん……うん、ありがとう。

すげぇな、一発で楽譜が全部揃うなんて初めてだ」


ああ。ヴァシリーさんだと見落としがあるんですね。ていうか初めてって……

さっきまで難しい顔だったラファイルさんに笑顔が戻って、私はホッとした。


ヴァシリーさんの本当の仕事は、ムードメーカーなのかもしれない。

ラファイルさんはそれをわかって、大雑把とか言いながらも助手にしているのだ、きっと。


「やっぱマーニャちゃんいてくれてよかったなー。多分これからラーファに欠かせなくなるよ」

「お前がしっかりしてねーからだろ。

でもまぁ、確かに頼もしいな、マリーナの仕事ぶりは。これで仕事が下手なんて言われたら、この王宮の文官たちがこぞって泣くぜ」

「だねー」


そうなんですか……?

仕事が嫌いだったけど、日本で仕事をしていたことが活かせるのなら、嬉しいことだ。

それに、私がここにいていいと思わせてくれて、居心地のよさも感じた。


でもまだ初日で、本当に私が仕事ができるかどうかはこれから見られていく。

ここで頑張ろう。

私は初めて、嫌々でなく、そう決心した。


楽譜庫内での会話。オチもなくあまり意味はありません。


「あの……凡ミスってなんだったんですか……?」

「ああ、マーニャちゃんの誕生日掴み損ねてたこと」

「?それがミスなんですか?」

「うん、えーと……まあ、助手にするくらい信頼してる人の誕生日なら、祝いたいもんでしょ?」

「別にミスってほどでも、私、誕生日とかあまり気にしない人なんで」

「ああ、ね……いやこっちの話。マーニャちゃんがそう言うならミスじゃなかったね、うん、問題なし」

「……?(よくわかんないけどまぁいっか)」


マリーナは根掘り葉掘り効かない人。


次の更新まで数日開きます。ちょっと休憩ー。

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