25:イケメン金髪騎士さんですが
私はメインとなる写譜の仕事の他に、団員さんたちのスケジュール調整をヴァシリーさんと一緒にすることになった。
というのは、王宮主催の催しで団員が動員されるのはもちろんなのだが、
貴族各家が私的に開く夜会やら演奏会やらの催しを、王宮の楽団に依頼してくるのだ。
王立楽団員というのはネームバリューが最高位で、
王立楽団員を呼べるということは、芸術の価値を分かっているという評価になり、またそれだけの財力を誇示できるわけであり、招待した人々に誇れることになるらしい。
逆に名もなき演奏家を使うと、主催者がケチったとか、芸術方面は疎いだとか、そんな評価をされてしまうそうだ。
なんだかこの国は見かけと地位にかなり価値を置いているようだ、日本の学歴社会みたいなもんか。
もちろん王立楽団員は狭き門で、実力はトップクラスばかりだが、だからといって楽団員でなくても実力のある人もいるだろうに。
ラファイルさんに聞いたら、そういう人は演奏家よりも、貴族の家のお抱え演奏家や音楽教師になる人が多いとか。十分な実力があれば、そうした非団員と王立楽団員との合同演奏になる場合もあるようだ。
ちなみに元楽団員というのもステータスになるそう。人気のある楽団員などは独立することもあり、そういう人たちがバックに現役団員を置いて自分のコンサートをすることなどもあるらしい。いわゆるソロアーティストだ。
そういった依頼に沿って、楽団員を手配するのもこの事務所での仕事だった。
依頼主や団員に交渉するのはヴァシリーさんだが、随所にミスがあるので、ラファイルさんが適宜カバーしていたらしい、そのミスを見つけるのが私の役目となる。
ヴァシリーさんほんとに書類を読んで把握するの苦手なんだなぁ……
口頭で伝えたことは特にミスもしないのに……
だから楽譜追うのも苦手なのか。
バイオリン二人ビオラ二人とか書いているのにどっちかが一人になっていたり、
楽器が五種類あれば一種類は抜ける。
そして確認というものをしない。
ラファイルさんが散々言っても、すぐに確認作業をするということが抜け落ちるらしい。
でも交渉はバッチリで人当たりはよく、難しい依頼も何度も解決してきているし、
楽団員をリラックスさせる存在だから、楽団員からは好かれている。
ぶっきらぼうなラファイルさんと楽団員との橋渡しにもなったりするそうだ。
うん、適材適所。
書類系は私がやればうまく回るはず。
ただ私も今までの経験から、抜け落ちることがあるから、全責任を負うのは自信がないと、ラファイルさんに伝えた。
仕事が下手な自覚はあるからそこは分かっていてもらわないと、自分で自分の首を絞めることになる。
私のミスでラファイルさんが怒られるなんて嫌だから、ミスが起こらない工夫をしながらやっていかないと。
今まで仕事が嫌いとうだうだしていたのが嘘のように、私は気合を入れて仕事のメモを取るのだった。
***
「マーニャちゃん、おはよー!」
「ノンナさん。おはようございます」
「あれノーナ、いつそんな仲良くなっちゃったの?」
「おとといラーファ支部でマーニャちゃんに会ってきたんだよ」
「えー何それ!?聞いてない!なんでオレ誘ってくんなかったの!?ひどいラーファ!」
「うるせぇお前は別に用がなかっただけだよ」
「ハミとかマジひどい」
「あはははーだってヴァーシャいたら話ばっかりで進まないんだもん」
「えぇ〜オレばっかハミじゃん……」
「まーまーじゃあ今度みんなでごはん行こーよ」
目の前で賑やかな会話が繰り広げられる。
ノンナさんが出勤してきたのだ。
団員のみなさんは各自のスケジュールの把握のため、出勤してまずはここに立ち寄る。
出勤簿もここにあるから、100余人全員と顔を合わせなければならないのかと思ったが、今日は吹奏部の人がメインで来るから、そこまでではないそうだ。
でも50人くらいは来るらしい、勘弁してほしい。
始業時間が近づくにつれ、一人、二人と団員さんたちが出勤してきた。
最初の何人かは挨拶したが、ラファイルさんが、あとでまとめて紹介するからいちいち出迎えなくていいと気を遣ってくださり、私はヴァシリーさんとラファイルさんに仕事を教わっていた。
「やぁ、きみがオストロフスキー君の新しい助手?」
突然声をかけられて、驚いて振り返った。
背の高い金髪のイケメンさん。
しかも、結構いい体つきをしていて、この制服は騎士さんではないか。
なぜ騎士さんがここへ?
「俺の助手を驚かさないでくれ、ドゥナエフ殿」
咄嗟に返事のできなかった私に代わるように、ラファイルさんが騎士さんに言った。
「驚かすなんて酷いなぁ、せっかく会えるのを楽しみにしていたのに」
……はい?
「僕は王宮第二騎士団所属の、ニカノール。マーチングバンドの鼓手長ーー指揮者を兼任してる、よろしくね。きみの名前は?」
「マリナ・オーヤと申します、お世話になります」
礼をしたのだが、このニカノール・ドゥナエフさんという方が握手のため手を差し出してきたので、断るわけにもいかず握手をしようとした。
なんか、なんとなく、第一印象で引いてしまったのだ。
「はいはーい、ドゥナエフ君、ラーファからの紹介もまだなのに抜け駆けはやめよーねぇ」
私とドゥナエフさんの間に入ってきたのは、ヴァシリーさんだった。
正直ほっとしてしまった。ヴァシリーさんの背中に向かってありがとうと思った。
「ミトロファノフ君、どうしてだい、早くご挨拶をしたかっただけだよ?」
「きみの美貌は王宮上りたてのお嬢さんにはちょーっと刺激的すぎるからねぇ。マーニャちゃんびっくりしてるじゃん、それはわかってあげないとさぁ」
「なら紹介してくれたまえよ、オストロフスキー君」
「気が早いって、ドゥナエフ君は。もう集合時間来るよ、ホールに行きなよ。
ラーファ、後はオレが教えとくから、お前も行ってこいよ」
「……頼んだ」
ラファイルさんは私と目を合わせてから、横を通ってドゥナエフさんを連れて出て行った。
だがドゥナエフさんが去り際に振り返って、私にウィンクしたように見えた……
気のせい?気のせいじゃないよね?何あれ?
「……あいつホントにいつも通りだねー」
まだ事務所に残っていたノンナさんが言ったが、明らかに呆れている。
「マーニャちゃん、あの男は相手にしないに限るよ。
イケメンだからってあちこちのご令嬢と付き合ってるっていうし、マーニャちゃんに目ぇつけてた」
「すいません無理ですあの方」
ウィンクがちょっと無理でした。
中高生だったら目がハートになっただろうが、あいにく今の私は金髪だから惚れるということもなくなった。
「ヴァシリーさん、庇ってくださってありがとうございました。
私ちょっとぐいぐい来る方苦手で」
「んー、だと思ったよ。びっくりしたよねぇ」
ヴァシリーさんは最初から人柄に安心できたが、それはラファイルさんから紹介してもらったからだろう。
ノンナさんにしてもエリクさんにしても。
それにあの人が私に目をつけるとしたら、大方珍しい顔つきだからちょっと毛並みの違うのと遊んでみようかなーというところだろう。
私は美人じゃないんだから、そういう目で見られるだろうことは想像に難くない。
「よかった、マーニャちゃん引っかかるような子じゃなくて。
困ったらあたしに言ってくれていいからね。実家の権力でなんとかしてあげる」
……実家の権力って何ですか。
「うち一応王家と姻戚関係にあるからね。あいつとは格が違うのさ!
仮に上官のエドゥアルド殿が出てきても平気だよ、あ、エドゥアルド殿ってラーファのお兄様ね」
「ノーナ、仮にも公爵令嬢がその言葉遣いはちょっと弾けすぎてないかい?」
マジですかノンナさん公爵令嬢ですかちょっと。
ぜんっぜんそんな雰囲気ないんですけど……いや品はあるか。
「えーだって堅苦しいじゃん……
あたしは上辺の見かけだけでつまらない張り合いする貴族社会がほんとムリ。
マジ時間の無駄だよ」
バッサバッサと斬って捨てるのがカッコよすぎる。
うんでもそういう性格だから、ラファイルさんとはきっと気が合うよね。
私はおとといの、ノンナさんとラファイルさんの距離を思い出して、ちょっと曇ってしまった。
「マリーナ。ちょっとだけ、挨拶に来てくれ」
ラファイルさんが戻ってきて、私を呼んだ。
ヴァシリーさんも一緒に、マーチングバンドのメンバーが集合しているホールに向かう。
嫌だぁぁ緊張するよぅ。
ひきつりながらホールに足を踏み入れて、ラファイルさんについてみなさんの前に立った。
「ヴァシリーと共に俺の助手をしてくれている、マリーナ・オーヤ嬢です。
主に写譜を彼女に頼んでいますが、彼女に直接依頼をすることのないよう、必要なことは全て俺を通していただくよう、お願いします。
マリーナ、ひと言」
なんかここでも私に便宜を図ってくれているようで、ありがたい。
ものすごく緊張しているが、挨拶はちゃんとしなければ。
「オストロフスキー先生の助手をさせていただいております、マリナ・オーヤと申します。
プロの演奏家ではありませんが、音楽と楽器は大好きです、精一杯務めますので、よろしくお願いいたします」
日本式に深く礼をする。
団員さんたちから拍手が起こり、ひとまず、認識してもらえたような気はする。
「じゃ、引き続き、事務所の方で仕事しててくれ」
あっさりとラファイルさんに促されて、私はヴァシリーさんと事務所に戻った。
よかったすぐに解放してくれて。
こんな公爵令嬢いるかというツッコミはスルーさせていただきます。笑
ちなみに既に述べましたが、ヴァシリーさんもこんなですが公爵令息なんです。




