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24:王宮に初出勤です

本日2話目です。


「昨日……疲れてたのか?」


学校へ出勤する馬車の中でラファイルさんに聞かれた。


「いや……あんた人見知りなのに結構付き合わせたから。

ちゃんと休んでもらえばよかった」


聞けばどうやら昨日私を置いて一方的に出て行ったことを気にしているらしい。

疲れてた、わけじゃないんだけどね。


「まぁ、いろいろ……

大丈夫です」

「疲れてるなら、ちゃんと言ってくれよ。

俺のペースに引きずり込むなってみんなから注意されてんだけどさ……いつの間にかそれ忘れちゃってるから。

言ってくれたら思い出すから、そこ遠慮するなよな」


みんなから注意されてるって。

なんか私みなさんに心配されてるんだろうか。


「俺そういう気遣いよりつい自分のこと優先しちまうからさ。

ごめん。気をつけても忘れるんだ」


いやいや私如きを気にしてくださるなんて畏れ多い。

どうぞ忘れてください。逆に私の存在のせいでこの天才の手を止めたら申し訳ない。


「いいんですよ、分かってますから。

ラファイルさんこそ、私のことは気になさらずに、思い通りにやってください。

私が無理ならそのときは言いますから」


「ん。

ありがとな」


ラファイルさんにお礼を言われると、妙に嬉しさが増す。

そういえばこの人が謝るっていうのは滅多にない気がする。それを表明してくれたのも、密かに嬉しい。


「でもさすがだな、あの後一人で練習してただろ」

「えっ、ご存知だったんですか」

「ちょっと部屋を出たらシンバルの音がしたから。俺が出て行ったらまた時間を忘れると思って行かなかったんだけど」

「あー、他にやることもなくて落ち着かなくて。

無為に過ごすよりレガートの練習だけでもと」


ふふっ、とラファイルさんが笑った。


彼が楽しそうに笑うのも、あまり見かけないから、そんな彼を笑わせられたと思うと嬉しくなった。


ラファイルさんは窓側にもたれ、いつもするように仮眠に入ったようだ。


ラファイルさんに気にかけてもらっていること。私の存在を認識してくれているということが、すごく嬉しい。

ファンとしては当然の心理だろう。

昨日のもやもやは、まだ解決したわけではないが、昨日よりはずっと少なくなっている。

ファンとしてなら頑張れそうだ。


***


翌日はいよいよ、王宮へ初出勤の日だった。

とにかく緊張と不安しかない。

いつもはお見送りしていたラファイルさんと、今日は一緒に出て行く。


先日一度、短時間だけ、王宮に入る手続きのために王宮に参上はしたのだが、端の方の部屋で職員さんと話をしただけだった。

ラファイルさんも一緒だったしそこまで不安はなかったのだが。


今日は大勢の楽団員に初めて会うことになる。

楽しみなんてとんでもない、人見知り引きこもり好きの私には恐怖である。



縮こまりながらラファイルさんの後ろについて、王宮に足を踏み入れた。


あまりキョロキョロするなと言われているので、いろいろ目には入るがラファイルさんの背中だけ見て進むように努める。

だが多分黒髪の女性など私くらいだろう、すれ違う人たちの視線を感じる。

顔だって明らかに外国人というか異邦人だし、そっか、ドレスじゃないのも目をひくのか。


メイドさんらしき女性たち、使用人らしき男性たち、装飾のついた服を着ている人たちは文官、武器を持っているのは当然騎士。


うわぁぁなんかヨーロッパっていうか、これはファンタジーの世界だぁぁ。


ほんとに騎士なんて初めて見た。当たり前だけど。


王宮の建物は、外から見るとイメージで言えばハプスブルク宮殿だった。

ロシア系かと思ったけど玉ねぎ型の屋根はこの国にはないし、騎士の時代って石造りの重々しい城のイメージだったけど、それこそロココ調と言うのか、近代くらいの感じだった。


ただ贅を尽くしたというほどでもなく、私たちの歩いている回廊は装飾がゴテゴテしていなくて小綺麗だった。中央部は分からないけど。



少し歩いて、ラファイルさんは一室に入っていく。


「あ、おはよーマーニャちゃん!初出勤だね〜めっちゃ緊張してるじゃん大丈夫?」

「え、ヴァシリーさん?」


執務室みたいな部屋で、なんとヴァシリーさんがいらっしゃった。

びっくりしたが同時に安心した。多少なりとも見知った人がいればほっとするものだ。


「朝からうるせぇんだよ」

ラファイルさんがいつものように文句を言っている。

いつも通りでちょっと笑えた。


「ヴァーシャは王宮の仕事も兼任してるんだ。あんたも一部一緒にやってもらう」

「はい」

「あんたの机はこっち。今まで家でやってもらってた写譜なんかはここですればいいから」


語学の勉強も、仕事にも必要になるから並行してここでやっていいと言ってくださった。今まで家でしていたことをここでするだけだから、出勤日が増えることで私の負担が増えるわけではないのだ。

逆に家では練習だけすればいいから、むしろオンオフの区別がつきやすそうだ。


団員の出勤時間はお昼前。

クラシック部は貴族のお屋敷の夜会の仕事がある人が多く、朝はゆっくりにしてあるそうだ。

ただ、個人練習のために早い時間から王宮に来ている人もいたりする。

団員たちはほぼ貴族だから、多くは自分の屋敷で練習ができるが、家での練習が難しい人は、王宮の練習室を使うのだそうだ。


ラファイルさんは、仕事前に、楽団の使う場所をひと通り案内してくださった。

練習室から合奏用のホール、楽屋、私たちの仕事場となる事務室と隣の休憩室。

100余人を抱える集団だから、十分な広さが確保されている。

同時に、待遇もいいことから、楽団の地位もきちんと保障されているのだろう。

この国は、芸術・文化に重点を置いているようだ。音楽好きとしてはありがたい環境だ。


「王宮は広いしそれこそありとあらゆる部署がある。安全とも言い難いから、一人で出歩くなよ」

「分かりました」

「万が一あんたに用があるからとか言われても、俺を通さずに他部署からの連絡は来ない。あんたじゃなくて俺が出るものだから、必ず俺を通してくれ、どんな小さい用事でも」

「?はい、分かりました」


なんかそんなこと言われるとちょっと怖くなるんですけど。

とりあえず全部ラファイルさんにお任せでいいということですね。

確かに日本と同じ感覚じゃいけないよね。日本人は危機管理意識低いっていうし。

私もひと月ここで暮らしながら、ほぼ学校へしか外に出ていないのだ。あとは全て家にいるから。

まさに引きこもりの世間知らずである。

近代以前なら女性の人権とか身分とかそれほど尊重されていないかもしれない。


今まで会った人がほぼいい人ばかりだったから、そうやって言われないと危機感を忘れてしまう。(例の元学部長だって感じ悪いだけで危害を加えるような人ではなかった)


それに私は平民で、どうあっても逆らってはいけない上の身分というものがここにはある。

ラファイルさんのお屋敷では、私はむしろラファイルさんと同様に扱われているから、うっかりすると自分が平民という認識も忘れてしまいそうだ、注意しないといけない。

しかし王宮なのに安全じゃないってどうなの……



事務室に戻る途中で通った庭の一部は、手入れされていてとても美しかった。

さすが王宮。

そういえばラファイルさんのお屋敷の庭も、庭師のサーニャさんが手入れしてくださっているからきれいだが、美しいという意味ではなくとにかくシンプル、悪く言えば殺風景である。

なんかこう植込みとか花の咲く植物とか植えていればと思わないこともない。


ラファイルさんに、植木とかしないんですかと聞いてみたが、私がほしいならやってもらったらいいと返事をされた。

ラファイルさんはあんまり興味がないのだろう。というか私はやってもいいのか。

サーニャさんに相談してみよう。

私もお花が好きとかいうレディなんかでは全然ないが、やっぱり緑があると落ち着くから。


…………

…………


事務所に戻り、午前中はラファイルさんとヴァシリーさんから仕事を教わる。


私はメモと鉛筆(があった!)を手に、説明されたことを片っ端から書き留めた。

社会人というかバイトでも基本のことだし、私は言われたことをすぐ忘れる欠点があるからメモは必須だ。


だがこれはラファイルさんにもヴァシリーさんにも驚かれた。

めちゃくちゃ仕事ができると思われたらしい。


「いやっ、私すぐ忘れちゃうからこうしないとだめなんです」

「忘れたら聞けばいいじゃん」


そんな緩くていいの!?

逆にびっくりした。


「ヴァーシャなんか2年いるのにいまだに俺に聞いてくるぞ。

お前もマリーナを見習え」

「オレ字読むの苦手だもん」


……なるほど。


緩さの元凶(嘘)がここにいた。


ヴァシリーさんの開き直りっぷり、すごい。

これは日本社会でやったら一発アウトだろう。

でもラファイルさんは、そんなヴァシリーさんの仕事ぶりでも許可しているということだ。


「だからさマーニャちゃん。そんなに最初から全部できる必要ないって。

覚えれる量から覚えていけばいいじゃん」

「ほんと、お前とマリーナ、足して2で割りてぇよ。お前は大雑把すぎるしマリーナは細かすぎる。

マリーナ、あんたもちょっとヴァーシャの手抜き加減見習え」


それはアリなんですか……

ここの世界は、これでいいのか。

苦手なことを苦手と言っても、多少手を抜いても。


なら、私も、ここでなら仕事やっていけるかも。


一度教えたことはできて当たり前という雰囲気が怖くて、先輩に分からないことが聞きにくかったし、本当に分からなくて困って必死の思いで聞くのはしんどくて辛かった。

教えてもらっても、実際にやってみたら分からなくなることが私はよくあったから、私は仕事ができない人間だし使えない人間だし、向いていないと思っていた。


でもここでは仕事のハードルがかなり低いのを感じて、気が楽になった。だからこそ逆に、ラファイルさんやヴァシリーさん、みなさんのためになれるよう頑張ろう、と初めて思えたのだった。


こんな緩い職場があったらいいな〜。

ビビリでヘタレな作者は緩い方が自分のペースで頑張れるしミスも減り効率もよくなる。

人にも一発で覚えろなんて言いません。自分ができないから。

日本人頑張りすぎだよー。

一方でプロ意識も大事だと思うけどそれは別の機会に。

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