22:金髪美女さん
ラファイルさんの合図で、みんなそれぞれやっていた練習をとめた。
10分くらいしかしていないのに、もう合わせるという。
ジャンルの違うしかもこの世界になかった音楽を初見で、雰囲気のみの楽譜と一回だけのデモ演奏でもう合わせって。
ラファイルさんちょっと鬼じゃないですか。
そしていざ合わせてみると。
あまりの美しさに、私はピアノを弾きながら鳥肌がたった。
頭の中にある原曲がそのままここで演奏されているような。
もちろん、原曲とは使う楽器も違うし、コードとメロディーくらいしか正確には譜面に再現できていない、
それなのに。
その曲がもつ世界観というか広がりというか、雰囲気といったものが、このプロたちの手によって作り上げられているのだ。
みなさん「こんな感じの曲かなーって思って」とおっしゃっていたが、その感覚で作った音が、私しか聴いたことのなかった音楽と一致するなんて。
天才たちが織りなす奇跡だ。
こんなもの、生で聴かされて、平常心でいられるわけがない。
また私は感動のあまり涙してしまっていた。
ノンナさんが寄ってきて、大丈夫だから、とハグしてくださり、
その温かさにも涙してしまってしばらく止まらなかった。
みなさんの演奏の手を止めてしまって申し訳なかったので、まだ泣いたまま、隣の控え室に行ったのだが、ノンナさんはついてきくださった。
大丈夫なので練習に戻ってください、と言ったのだが、ノンナさんはいいから気にしないで、と言い、一緒にソファーに座ってずっと肩を抱いてくれていた。
日本人同士ならしないと思うけど、国民性なんだろうか。
やばいなー私、特に泣き虫じゃなかったのに。
むしろ年に一回泣くかどうかっていうくらい滅多に泣かないのに。
女の涙とか無理なタイプだし!
絶対ヴァシリーさんの方が私より泣く頻度多いはずだ。
しばらくしてようやく落ち着いてきた私に、ノンナさんが控え室にあるティーセットで紅茶を入れてくださった。
きっとお貴族さまだろうに、面倒見がよくて気が利く方だなぁ、と泣き疲れてぼんやりした頭で思っていた。
「すみません、お手を煩わせてしまって……」
「いーのいーの、そんなこと気にしないで。
故郷のことでも、思い出しちゃった?」
「いえ、そういうわけじゃないんです。ほんとに、さっきのアンサンブルが美しすぎて、感情が揺さぶられたみたいです。
ほんとにみなさんすごかったです、私が聴いてたのと同じ世界観があったっていうか、みなさん元の曲知らないのに、まるで元の曲みたいに演奏してくださったから」
「そっかぁ、マーニャちゃんほんとにその曲好きなんだね。あたしも弾いてて、すっごいいい曲で嬉しかったよ。マーニャちゃんいい音楽知ってるんだね」
「あの曲を作った人は、素晴らしいギタリストなんです、元いた世界での、天才。ギターのどこかを弾けば自動で他のいろんな楽器を演奏するっていう機械まで作ったんですよ」
「えっ……なにそれ。
やば。超ヤバい人じゃん。てかラーファに言ったらやりそう」
ノンナさん、ドン引きする顔まで美しい。それもヤバい。
「異邦人っていう人にあたし初めて会ったんだけど、すごいこと知ってるんだね。ラーファが驚いてたよ、プロじゃないっていうのに、楽器もよく知ってるし、いろんな音楽知ってるって。
ラーファは他人に興味ないから、気遣いとかしてくれないと思うけど、
マーニャちゃんここに一人で寂しくない?」
「それは、大丈夫なんですよ。
偶然ですけどこんな音楽に囲まれた生活ができて、むしろ前より楽しいし、仕事もやりがいがあります。
このお屋敷のみなさん優しくしてくださるし。
ほんとは独り立ちしないといけないんでしょうけど、ラファイルさんが居ていいって言ってくださってるのに甘えちゃってます」
ラファイルさん、いろいろ気は遣ってくれてると思うけど。
傍から見たらそんな感じなのかな。
「あぁ、あいつがいいって言うんならいいんだよ。
意外だったなぁ、他人が生活に入り込んでくるのを許すなんて、普段のあいつじゃ考えられない。きっとマーニャちゃんがよっぽど気に入ったんだね」
「え?いや、私なんかとりたててできることもない、しがないアマチュアです、
ラファイルさんの知らない音楽を知ってるから、興味を惹かれたんですよ。毎晩仕事から帰って、すっごい没頭してますもん」
「それはあいつらしいね……ほんと音楽になると目がないからねぇ。
あたしも没頭タイプだから人のことは言えないけど、でもラーファのは規格外だよ。
休みの日は一日こもって練習してるんでしょ?あたしでもちょっと買い物に出たりとか友達とお茶に行ったりとか気分転換するのに。変人だよ変人」
そう言ってあはははと笑い声を上げる。
あらぁ変人でしたかラファイルさん。
あれ私それに結構な時間付き合ってるなぁ。
「マーニャちゃんも今度お茶行こう?」
「え、あ、はい、ありがとうございます」
なぜか誘われた。
明るくていい感じの人だけど中身はまだ分からない。
女子同士のお茶は、気心知れた友達ならいいけど、知り合って間もないと緊張するな……
でも王宮の仕事でお世話になると思うし、付き合いもちょっとはしないと。
「ラファイルさんとは、長くお仕事されてるんですか?」
「んー、二年くらいかな。
その二年前に、飛び級で卒業してきていきなり王立楽団の顧問に就いたからね。あたしは23でまだ3年目なんだけど」
「私と同い年なんですね……すごい」
実はここに来て数日後に誕生日を迎えていたので、私は23歳。
その私よりよっぽど大人っぽく見える。なんだろうこの差は。
「えっ、マーニャちゃん23歳?もっと若いと思ってた!」
やっぱりあれか東洋人は西洋人にとって若く見えるとかなんとか。
でもノンナさんがオバサンぽく見えるとかそういう意味ではない。
お化粧はきれいにしてあるけど、肌はぷるぷるだし、もうほんとに。神の作った芸術品と言ってもいいと思う。
そうではなく、雰囲気に、大人っぽさがあるのだ。
私はその大人っぽさが身に付いていない気がすごくする。
やっぱりプロっていう人は自信と誇りがあるからそう見えるのかな。
私……社会人も大してできてなかった甘え人間だからかな。
こういう風に、自信と自分をしっかりもって生きている人が、羨ましい。
どうやったらこんな姿になれるのか、ノンナさんのことを観察しようと思った。
ほんとに誘ってくださるのならお茶して、いろいろ話聞いてみたい。
プロと本当に仲良くなれるという期待は持っていないし、あちらから声がかかったらご一緒しようと思っている。
プロは同業者同士で仲良くするというのがイメージだ。音楽的にはもちろん、人間的にも。
(プロの内情は知らないから偏見かもしれない)
ラファイルさんは、(同棲的な意味合いは一切ないが)一緒に住んでいるのもあり、そういう人間的な壁は感じにくくなってきている。
でもいつでも、そんな関係が終わるかも、という覚悟は、忘れないでいる。
アマチュアである限り、対等ではいられないのだから。
***
隣の音楽室では、私の知らない曲がずっと流れている。
ノンナさん曰く、今度の記念式典パレードと、その夜会に使われる予定の新曲と、
年末年始のコンサートに予定されている曲だそうだ。
伝統的な曲ももちろん演奏されるが、今みなさんが練習しているのは、ラファイルさんが作曲したものらしい。
ラファイルさんの曲は大体が好評で、既に各演奏会で定番になっている曲目もあるとのこと、やっぱりいろいろヤバいあの人。
「そういえば、マーニャちゃんの写してくれた譜面、すごく見やすかったよ。丁寧でハッキリ書いてあって、初見も楽々!
それまでみんなで手分けしてやってたんだけど、そういう作業が好きな人はいいけどあたしはめんどくてしょうがなくて。
ただでさえラーファの譜面は読みにくいんだから。
そういうのマーニャちゃんがこれからやってくれるなら、すっごい助かるよね」
「なら、よかったです。そういう作業は私に任せてください!」
ラファイルさんの走り書きの譜面を清書するのも私の役割になっている。
確かにあちこち流れてて、ラファイルさんの譜面はパッと見でわかりにくい。
本は活字のものがあるから、少なくともこの世界に活版印刷技術があることはわかった。
でも楽譜は難しいか。
現時点、楽譜はひたすら手で書くしかないのである。
それだけでも役割があるのは、私にはとても助かっていてありがたい。
「ノンナさん、もう私大丈夫なんで、戻りましょう?練習できないじゃないですか」
「別に大丈夫だよ、今日は単にマーニャちゃんを見に来たのと、新曲が本当に使えそうかテストするために来たから、あたし絶対いなきゃいけないわけでもないし。
あ、あたしのことはノーナでいいよ。せっかく同い年なんだし、堅苦しいじゃん、普通に喋ろうよ」
「ちょっと緊張します……少しずつにしていいですか……」
「あいつのこともラーファって呼べばいいのに、あいつ、何気取ってんだろ」
あれって気取ってるんですか。
でも変な期待をラファイルさんにしてしまわないためにも、親しい言葉遣いじゃないほうがいいと思っている。
このくらいの距離が、適切だと思う。
私たちはひとまず、音楽室に戻ることにした。
>ギターのどこかを弾けば自動で他のいろんな楽器を演奏するっていう機械まで作った
作者の好きなジャズギタリストです。実在です。その機械?でアルバムも作ってます。
*今回の曲のモデルをTwitterにて紹介しています。
https://mobile.twitter.com/tabatina68691/status/1411082253195640833




