18:みんなと同じはつまらない
黒い髪は、人前に立つ装いとしてふさわしくないーー
私がこの国のそんな価値観をどうこう言ったところで何も変わらない。
私なんてそれじゃ、ほんとに不細工の部類に入るんじゃなかろうか。
金髪美人の要素がひとっつも入ってない顔だから。
元の世界でも、不細工とまではいわれないけど、さりとて美人でも可愛くもないという、私はそんな顔である。
見下されそう。
ラファイルさんは、それでも私を使ってくださるくらいだから、私の顔が嫌なのではないだろう、ありがたいことに。
「……最初あんたが俺の顔、綺麗って言ったよな。
そういうわけで、びっくりしたんだよ。黒髪と黒髭、黒目、俺は悪人顔だから。
物語の悪者は揃いも揃って黒髪と黒髭と黒目だ」
「金髪の方は確かに綺麗だと思いますけど、でもそれで黒髪が綺麗じゃないことにはならないですよ。
どっちも綺麗だし、ラファイルさんには黒髪、よくお似合いです」
ラファイルさんは、珍しく嬉しそうに笑った。
あまり笑う顔を見せることがないから、特別なものを見た気がして、嬉しくなる。
「でも、それなら私なんか連れてて大丈夫なんですか……?」
私も黒髪に黒目、ラファイルさんの言う悪人顔ということになる。
それで今まで何か言われたことはないが、ラファイルさんのご迷惑になりたくはない。
「気になるならカツラ使うか?」
「いえ私は別に、この顔で金髪似合わないと思いますし、
ラファイルさんの評判の邪魔にならないのならやりません」
日本ならば、金髪にすれば目立つし、個性の強調になるが、
ここで金髪にわざわざしても、それは[スーツにメガネのサラリーマン]になるのと同じことだ。
「ちなみに異邦人は黒髪でもあんまり違和感がないから、公の場でも黒髪でいいとされてるぞ」
「えぇ何ですかその基準?意味が分かりません」
「俺が知るか。俺に文句言うな」
「文句じゃないですけど。ここの人なら黒髪で違和感があるってことになりますよね?それが意味分かりません」
「俺だって分かんねーよ」
「おかしいっていう人はいないんですか?」
「ないな、少なくとも俺の知る範囲では。茶色や赤毛でも、金髪にしたがる連中もいるし」
「どんだけ金髪至上主義なんですか……」
「金髪が一番モテるからじゃね」
「あぁそういう動機ですか」
「選ばれようと思ったら何かと金髪の方が印象がいいからな、働くのでも結婚でも。
見かけを上回って実力で選ばれる場合もないわけじゃないが、やっぱりいい印象に見せたいんだろ、みんな。
それ言ったら眼の色まで気にしなきゃいけなくなるってのに」
「やっぱり一番は金髪碧眼なんですか」
「だな」
日本人は金髪碧眼に憧れる人が結構いると思うけれど、ヨーロッパぽいこの国でもそうだとは……
白人至上主義を掲げた某独裁者を思い出してしまう。
ここでは、迫害みたいなことはなさそうだけど。
「でもみんな同じ姿同じ顔ってつまんなくないですか?」
「だろ?
それなんだよ俺の言いたいことは」
「ですよね!」
ラファイルさんの顔が、明るくなっている。
この人は無表情がデフォルトだから、これも珍しい。
多分、ここの意見が合う人は、絶対とは言わないがほぼいないと思う。
ラファイルさんとそこが一致したのは、密かに嬉しい。
それにしても、強い人だな、と思う。
自分の信念を貫きつつも、職を確保して才能を遺憾なく発揮する姿に。
それだけの実力を持ってるから、こんなに堂々と振る舞えるのかもしれない。
表舞台に立たないことについても、思い切りがよくて本当に清々しい。
自分の選択に責任を持つって、こんな感じを言うのかな。
レールに乗っかることしかしていなかった私とは、天と地の差だ。
私はそこまでやりたいと思うことがなかったから、何となくレールを走っていただけだったように思う。
そのくせ、みんなやること、大学を出て就職して仕事をする、という社会の「当たり前」にもどこか反発していたのかもしれない。
みんなと同じなんてつまんない、と。
ただ、みんなと違う道を行ける特別な能力も行動力も何もなかったから、気持ちだけがくすぶって、人生がつまらないと愚痴っていたのだ、多分ーー
ラファイルさんの前に、そんなモラトリアムの心情がとても恥ずかしくなってしまった。
私も、ラファイルさんみたいに生きたいな。
実力はないけれど、その生き方だけでも真似したい。
…………
…………
ところで、私に文句言ってきたあの人は、誰だったんだろう。ラファイルさんに聞いてみた。
「ああ、あの人は、もう引退したが前の学部長だ、まだ授業受け持っててたまに来るんだよ。
頭のお堅い頑固な人だ。
俺の黒髪を目の敵にしてるが、全く、気にするな」
「ええぇ気にしますそれ……!
あの……ラファイルさんにも、私に言ったのと同じこと言っておくって言われたんですけど……」
「そうなのか?
俺授業終わってからすれ違ったけど、何も言われなかったぞ」
「えっ?」
「……あのおっさん、あんただけに文句言ったのか。
いい、今度抗議してやる」
「えっと……それ大丈夫なんですか?睨まれて仕事が不利になったりしませんか……?」
「問題ない。個人の助手に難癖つける方がどうかしてる。
それにそうやって虚勢を張る人間ほど実はビクついてんだよ。だから俺には何も言ってこなかったんだろ。評判とか外面とかそういうのばっかり気にする人だ。
ま、仮に学校を追われたとしても、王宮の方もあるし、個人教師でも国外出張でも作曲でもなんでも道はある。ひとつくらいダメになってもなんともねぇよ」
すごいですねぇ、と呟くしかなかった。
この人なら、引く手数多だ、確かに心配はいらないのだろう。
「何なら仕事減らして練習時間増やしてもいいかもな」
「いいんですかそれ……」
「いいに決まってるだろ?自分のために使える時間が増えていいことしかない」
「仕事を減らすなんて言葉、意外でした」
「練習も仕事っちゃ仕事だけどな。外に出る仕事よりこもって練習する方が好きだ。
正直もう一日休日にしたい。でも王宮の方も減らせねぇし学校も目一杯授業あるし……」
そうは言っても、いつも見た感じ、嫌々仕事をしている感じもしない。
ヴァシリーさんを落第生から卒業させたことといい、指導者としても優秀で、学生さんからも慕われている。
学校としても辞められては困る逸材だろうと思う。
「あー、仕事より練習してぇ……あんたにもらった曲もいっぱいあるし……」
そう言われて、ふと私は思った、それなら私の話に付き合わせちゃダメじゃん。
「あの、じゃあ私は戻りますね、お邪魔して申し訳……」
「あ、そう言えば」
出て行こうと思ったのだが、何かに気づいたように目を向けられて、座り直した。
「あんた、怒ってたと思ってた」
「えっ?私が?いつ怒りました?」
「授業から戻ったとき。
怒ったように言われたから俺もイラってきて。
誤解してたな。悪かった」
「怒ったように……言いました?」
「なんかそう思えて」
「私がラファイルさんを怒るわけ、ないじゃないですか、そんな失礼なことしません」
「そうか?あんたの表情ってよくわかんねぇんだよな、あんた言わねぇし。
すぐ文句垂れるヴァーシャと足して2で割ったらちょうどいいのに」
「確かにヴァシリーさんはわかりやすいですね」
「まったく、口やかましい。
……あんたもさ、今日みたいな、嫌なこととかあったんなら、ちゃんと言えよ。
言ってくれなきゃ分かんない。それどころか誤解して余計あんたに嫌な思いさせることにもなる。
王宮のメイドなら口答えはしないが、うちの者たちだって俺に文句あったら垂れてくるぞ?
あんたは王宮のメイドじゃない、使用人でもないんだから、黙って耐える必要はない。
……ていうか遠慮されるとこっちがやりにくい。
いっそヴァーシャくらい不躾にしてもらったほうがいいかもな……」
いや待ってそれはさすがに畏れ多いから。
それにしてもどこをどう見たら怒ってるように見えたんだろう……めっちゃ怯えてたのに……
とりあえず、ラファイルさんに嫌われてるんじゃなくてよかった。
タッチのことを気にしなくてよくて、心底ホッとした。
話をして気分がほぐれたからか、急に睡魔が襲ってきた。
「ここで横になればいい」
既にほとんど回らなくなった頭に、ラファイルさんの静かな声が響き、それに導かれるように私はソファーに横になった。




