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14:お宝(楽器)がまだあります


少しずつ、今の環境に慣れてきていると思う。

週3の仕事は楽しくて、先生方や学生さんと顔見知りになりつつある。


ここがどういう世界なのか。

まだ全貌もよくわからないのだけど、ラファイルさんのおかげで私はとても住みやすい。


この間ラファイルさんと合わせた時に感動のあまり泣いてしまい、ラファイルさんは故郷を思い出して悲しくなったのかと心配してくれた。

……すいません、元の世界のことなんか頭になくて。

後でそう説明したところ、苦笑された、筋金入りの音楽バカじゃね?と。

そしてラファイルさんも、私と合わせたのがすごく、よかったと言ってくださった。

技術的に釣り合わないだろうに、何かが合うんだと言われ、恐縮とともにものすごい歓喜が溢れてきて、また泣きそうだった。


それからラファイルさんは、ご自分の練習はもちろん長時間されるが、私と合わせる時間を十分にとってくださるようになった。

いろんな曲を、いろんな楽器の組み合わせでやるのにハマったようだ。

私も、もちろん楽しかった。

曲でなくても、一つとか二つのコードでアドリブをし続けることだってできるのだ。


シンバルスタンドができるまでの間、間に合わせで、庭師のサーニャさん(アーリャさんのご主人だった)がコートラックを改造してシンバルをはめられるようにしてくださって、右手用のシンバルが使えるようになった。

これでビートが刻める。

シンバルとスネアだけでもなんとかそれっぽくはなるものである。


ラファイルさんにドラムをやっていただいて、私がピアノで、

思いっきりレイドバックするというのも見せられた。


くそぉ後ろに引っ張られる!と文句を言うラファイルさんに、

テンポキープしてください!と偉そうに申し上げてやった。

こちらはテンポキープした上で、わざと音の入りを遅くしているのだ。その呼吸を分かってもらいたかった。


ラファイルさんに再現してみせやすくなったのもあったのか、ラファイルさんはスイング感を何となく身につけてきているような気がする。

私なんか一年やそこらじゃまだまだ初心者スイングだったのに、ラファイルさんは凡人の10倍くらい習得が早いんじゃなかろうか。


ヴァシリーさんに教えたいことがあると声をかけていたものの、ラファイルさんは一向に家に呼んでいない。

まだ自分の中でやり切っていないかららしい。

後一週間くらいで、ラファイルさんはパレードの仕事で忙しくなるから、その前に自分の練習を満足いくまでやりたくて、人を呼ぶどころではないそうだ。


私はいつでもここでどの楽器も練習していいと言われているから、私は少しずつベースやギターの練習もしていた。

ジャズギターのコードは知らないが、ロックのコードを少しくらいはできたし、簡単なフレーズなら一応弾ける。


そういうわけで、ジャズの簡単な曲なら、ラファイルさんとセッションできるくらい、ベースは弾けるようになったのだ。


ベースはレイドバックとは逆に、アンサンブルの先頭にたって進んでいかないといけない。

リズム=ドラムと思いがちだが、実はベースがリズムを作り出していっているのだ。


ベースが早いとラファイルさんがおっしゃるので、早いのではなく気持ち前に音を入れていることを説明した。


「ベースは早く、ピアノは遅く……あぁ、訳がわからん」

「そういうものなんです。

でも、テンポはみんな一緒ですから」

「奥が深いな……」

「でもそれがジャズの醍醐味っていうか、面白いところですね」

「うん、それはなんか、分かる気がする」

「管楽器があったら、もっと引っ張る感じがしますよ」

「管楽器といえば」


おや。

ラファイルさんの興味スイッチが入ったようだ。


弦楽器の隣の棚ーー鍵をかけているーーを開けると、そこには楽器店よろしくずらりと展示された管楽器の数々。


ヤバいぃ、テンション上がる……!


私はわなわなと震え出し、美しく光を反射する管楽器たちを眺めた。


「ふぁぁぁ……トランペットにトロンボーン、えぇ〜サックス、アルトもテナーも揃ってるんですかぁ!?

フルートもクラリネットも……ちょっフリューゲルホルンもあるじゃないですか!

チューバもオーボエもファゴットもホルンもありですかもう凄すぎる、うぁぁぁヤバいぃぃ……!!」


やっぱりここは宝物庫だ。

テンションが振り切れて挙動不審になっていたと気づいたのはもっと後のことだったのだが、

ラファイルさんはそんな私を変な目で見ることなく、得意そうな顔で、満足そうに楽器たちを眺めていた。


「よく知ってるな」

「よほどマイナーな楽器じゃなければ、一通りは」

「フリューゲルはオーケストラでは使わないのに知ってたのか」

「そうなんですか?ジャズでときどきトランペットと持ち替えで吹く人がいるから」

「そうか……ブラスバンド以外でも使うんだな」

「へぇーブラスバンドでは使うんですね」


私は管楽器は残念ながらあまり筋が良くないようで、特に金管のマウスピースはなかなか音が出なかったので、力を入れて取り組んではいなかった。

それでも楽器を見るとワクワクしてしまうし、ついやってみたくなってしまうので、トランペットとトロンボーンとサックスーージャズで主に使われる管楽器ーーは部室の備品楽器でやってみた。

ちなみに吹奏楽やオーケストラはやったことがない。


「ラファイルさん、これもしかして全部できるんですか……?」


この人のことだから、できてもおかしくないと思って聞いてみた。

すると彼は、珍しくいい笑顔を向けて、言ったのだ、


「ああ。ひと通りはな」

「……予想を裏切らない答えでした」

「あんたは?あんたもそこそこ、できるんじゃね?」

「い、いや、サックスとかトランペット、少しは触ったことあるんですけど……

私は金管がうまく出来なくて。サックスは音は何とか出るようになりましたけど、ほんとに簡単なことしかできないですね」

「つまり一応できるのか」

「ええと……できると言っていいかどうかもわかりません」

「あんたもさすがだな」

「ラファイルさんの足元にも及びませんよ」

「いや……ほんとに、俺以外でこんなにいろんな楽器に親しむ人には会ったことがない。

楽しいよ、あんた」


うわーやめてくださいそんなに褒めないで。

テンション上がっちゃうじゃないですか。

ラファイルさんにとって特別だとか勘違いしちゃうじゃないですか。


一介の素人ミュージシャンがこんな天才のお側に置いていただいていることすら、過ぎたる待遇なのだ。

私を認識してくださっているということすら、私は常日頃から、身分不相応だからそれ以上期待するなと自戒している。

いや、期待または勘違いしてしまうのは仕方がない、お側にいれば私は特別だという気持ちにもなる。

だがラファイルさんは私を特別に思ってなどいなくて当たり前だ、ということは、絶対に忘れないでいる。見返りがなくても、それが当たり前だ、と。



ラファイルさんは、尚も楽しそうに聞いてきた、


「サックスも、ジャズで使うか?」

「サックス、トランペット、トロンボーンがメインですが、たまにフルートやクラリネットもあります。

あ、クラシックとは出す音が結構変わりますよ。割れたような音とか出します」

「やろう」

「はっ?」


ラファイルさんが楽器棚の端の引き出しを開けると、そこにはずらりとリードやらマウスピースやらが揃っていた。


「俺ので悪いがサックスのマウスピース。

あとリードは新品だから」


はい、と手渡されてしまった。


え。


はい……?


これを、どうしろと?


「管楽器はちょっと久しぶりだな。来月から忙しいし、今のうちに勘を取り戻しとくか」


ラファイルさんは、何でもないようにトランペットのマウスピースを取り出し、ウォーミングアップを始めた。


え。


待って。


あなたのマウスピースを使えと。


いやまぁ間接キスとか狼狽えるほどうら若き女の子ではありませんが。


そういうんじゃなくて畏れ多すぎるよ!!


「ん」


ずいっと目の前にアルトサックスを持ち出され、私は慌ててサックスを受け取るしかなかった。


「ほんっとに、私がこれこのまま使って、気にされませんか?」


一回で受け取れとこの前言われたのは覚えているが、それでも、これは再確認させていただきたい。

私はいいのよ直接じゃないんだし使い中じゃあるまいし。

よほど生理的に受け付けない相手じゃなければ、そんなに気にしないし、間接キスとかいって騒がないよ。使用後はちゃんと洗ってくるし!


「ちゃんと洗ってしまってる、嫌なら洗ってくればいい」

「そんな心配してません、ラファイルさんがほんとに大丈夫なのかどうか」

「俺は別に。それより準備」

「……わかりました」


この人も気にしないようだ。

というかそんなことより音楽の方がよっぽど気になる人だった。

使用後はきっちり洗おう。私が神器を汚した気がしてしまう。


早くも音出しを始めるラファイルさんの横で、私はマウスピースにリードを取り付け、準備をした。


ベースは前にというのは元プロから聞いた言葉。確かにベテランベーシストとやったら、いつも音が前にいました。


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