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13:ドラムにロックに変拍子


次の週、私はラファイルさんの研究室で、教材の準備や本の片付けなどの仕事をして過ごした。

少し字も覚えてきて、指定された綴りのものなら何とか探すこともでき出したのだ。


学校の仕事がない日は2、3時間くらい語学の勉強をしているから、単語の綴りも少しずつ覚えつつある。私はもともと英語が好きだったし(ペラペラでは全くないが)、語学学習は苦にならなかった。

アーリャさんたちに、こっちの言葉の練習相手になってもらってもいた。

私自身が日本語で喋っても通じるが、私はここ本来の言語で意思の疎通をしたかったし、聞いて話した方が頭にも残りやすいからだ。

いざとなれば日本語でどうにでもなる不思議な力があるようなので、気負わず楽しんで学んでいる。


今週はラファイルさんが都庁舎に連れて行ってくれ、そこで住民登録の手続きを受けた。

なぜ一緒にヴァシリーさんが来るのかと思ったら、ラファイルさんとヴァシリーさんが身元保証人になってくださったのだ。

お二人とも名家(ラファイルさんは侯爵家、ヴァシリーさんは公爵家、マジでか!)のご子息だからなのか、というか家の力が有利に働く社会制度なのか、住民登録はサクサク終わった。

精一杯のお礼と同時に、王室に近いであろうこんな名家なら、私みたいな得体の知れない異邦人の保証人になってご迷惑にならないか聞いたのだが、二人とも家からは独立しているから、実家へのあるいは実家からの影響は何らないと言う。


ありがたすぎて本当に申し訳ない。

心の中で、一生ラファイルさんにお仕えしようとまで思ってしまった。


ただもちろん、ラファイルさんが不要とおっしゃるなら、そのときはその通りにするつもりだ。

盛大に甘えてしまっているが、与えて下さる間だけ、というのだけは決めている。

それでも図々しいのだろうが、下さるものをわざわざ拒否する理由もないと思っている。

一応、見合うかは分からないが、ラファイルさんの希望に沿って仕事をしているのだし。



別の日には、仕事帰りに楽器屋に寄った。


王都の楽器屋なら大きい店かと思ったが、ラファイルさんが懇意にしているその店は、街の外れにひっそりと佇む小さめのものだった。


「大きいとこもあるが、そっちは万人向けだ。

俺やヴァーシャみたいなクセのある奴はこっちの楽器屋の方が何かと合うんだ」


ラファイルさん、そんなクセあるのかな。

性格は確かにクセ強いけど。


演奏からはそんなクセは感じなかったから、少し疑問だった。



店にはシンバルも手がける職人さんがいて、私は可能な限り、ほしいシンバルの特徴を伝えた。

今まで両手で持って合わせるシンバルしかなかったから、職人さんも最初は戸惑ったようだったが、ラファイルさんが認めるものなら喜んで挑戦すると言ってくださったのだ。


ペダルやハイハットスタンドについても相談した。

絵に描いたから何となくは分かっていただけたとは思うが、それでもこの世界にないものを作ろうとしているのだ。職人さんたちはああでもないこうでもないと話し合っていた。


だが、ラファイルさんと同類と言うだけある、その様子はまさしく職人気質で、新しいものを作る挑戦ができるのがとても楽しそうなのだ。


試作をいろいろしてみるから、また寄ってくれと言われた。



ラファイルさんは、店で消耗品のようなものをいくつも購入していた。

ためらいなくお金を出す姿は、さすがはお貴族さまというべきか。

私にはかなり畏れ多かった。


店を出て馬車に乗り込むと、ラファイルさんは買ったものの中からおもむろに何か取り出した。


「やる。あんたのだ」


見るとそれは太鼓のスティックだった。


「えっ、これは」

「だからやる」

「いやそれはさすがに申し訳なく」

「だから受け取れ。断られる方が困る」

「……すみません。ありがとうございます」

「一度で受け取れよ……いらないものを押し付けてる気になる」

「いらなくなんかないんです、ただ、いろいろしていただきながらまだ頂くのが申し訳ないだけで」

「だからそれで上達しろ」

「……はい……」


日本人気質だからかつい一旦遠慮してしまうのだが、ラファイルさんもきっとそれだとやりにくいのだ、と感じた。

今後、下さるものは素直に頂こうと思う。


***


今週の仕事終わりはずっとジャズをやっていたのだが、週末、ラファイルさんはまた私に弾いてほしいものをリクエストした。


「正直一番気になってた」


というそれは、ちょうど私をここで発見したときに弾いていた、変拍子の曲の数々。


勝手に誰かがピアノを弾いているらしいとわかって執事さんと共にとっ捕まえようと思ったが、聞こえてくる曲の方に興味を奪われたのだそうだ。


ただ私も、変拍子の曲は通してマスターしていたわけではない、何せ難しいのだ。

超絶技巧のバンドだったから、私には聞き取れないところの方が多く、本当に曲の一部しかできない。


それに、そのジャンルはロックからメタルに属するもので、とりあえずエレキギターがないと雰囲気が出ないだろう。


ジャズ歴よりは浅いのもあり、アーティストもあまり知らないからそれほどお伝えできないのだが、

それでもラファイルさんにとって変拍子は全く初体験である、目をギラギラさせて食いついてきた。


「誰だこんなことを発見したのは、凄すぎる」

「俺なんて平凡だ」

「俺が発展させてやる」


一人でぶつぶつそんなことを(のたま)いながら、私が教えた5連符のエチュードを既に何度も繰り返している。


あのー平凡の使い方絶対間違ってます。

ラファイルさんならきっと壮大に発展させることはできることだろう。


いつもはラファイルさんの没頭をずっと眺めているだけなのだが、もう一つどうしてもお伝えしたいことがあった。


「ラファイルさん!ごめんなさい、もう一つ聞いてください」


もしかしたら私のことなど意識から追い出しているかもと思ったが、声を大きめにしたのもあったのか、ラファイルさんは顔を上げてくれた。


「フュージョン、ていう種類もあるんです、私、ジャズよりも好きだったんです。

ジャズみたいにアドリブで進行するんですけど、ビートはロック系で。

やろうと思えばいくらでも複雑にできるんですよ」


フュージョンシーンで活躍するプレイヤーたちは、大体が元はジャズの一流プレイヤーだから、フュージョンを語るにはジャズという下地が必要だったのだ。


エレキギターも入るし、エレピ(=エレクトリックピアノ)やオルガンも多用され、管楽器ももちろん主役になる。ヘヴィなものからポップなもの、クラシカルなものまで幅広い。

私はオーソドックスなジャズより実はそういう方が好きなのだ。


元の世界に未練はないけれど、そういう音源はラファイルさんにとって宝箱に違いない。

私の素人演奏ではなく、プロが生み出す音には触れてほしい、とちょっとだけ思う。


でも、ラファイルさんならきっと、そういうのを見ずとも、作り出してしまうんじゃないだろうか。きっとめちゃくちゃカッコいいのを魅せてくれるんじゃないかと勝手に期待している。


「そういえば、ラファイルさん、ギターも弾けるんですか?」

「ああ、弾ける」

「ちょっとだけ、私の好きだった曲、ギターで手伝ってくださいませんか……?」

「いいよ」


さすが音楽バカ。

ギターも弾けて当然だよねとまで思えてきてしまったほどだ。


やりたい曲は、ピアノとアコースティックギターで形になりそうなもの。


コードは二種類だけで、ずっと繰り返す。

ベースはピアノで受け持つ。


ラファイルさんにその二つのコードを教えた。音楽バカと自負する私は、ギターのコードも多少は知っている。

こういう風に弾いてほしい、というのも教えた。結構細かいカッティングだがラファイルさんはすぐにマスターした、さすがである。


テンポを確認し合い、カウントをとって、同時に入る。

ラファイルさんのギターが私のベースラインと共にリズムを刻み、私の右手の和音はそのリズムの上で動く。



ああ、心地いい……!



ラファイルさんのギターが本当に、澄んだ音色で。

リズム感が抜群に心地よくて安心していられる。


ラファイルさんと合わせるのは今が初めてだ。


今までバンドはいくつもやってきて、地元プロとだって合わせていたわけだが、


この人の音は、なんでこんなにも素敵なんだろう。


プロなんだから当たり前だと思うのだけど、ただそれだけじゃない気がして。



途中から少しだけ、右手をアドリブに変えてみた。

拙いアドリブだが、楽しくて仕方なくて。


弾きながら、感極まってしまって、いつのまにか泣いていた。


「おい……大丈夫か」


私がついに袖で顔を拭ったのに、ラファイルさんが気づいた。


「すみ、ません、嬉しくて、楽しくて」

「……紅茶でも淹れてやる」


ギターを置いて、隣の部屋に向かうラファイルさんの後を、私は涙が止まらないまま追った。


クセが強いというフレーズがクセになりました。

パロディのつもりじゃないんだけどあのネタを思い出してしまう。

でもこんなに使いやすいフレーズなかなかない。本作で今後も重宝しそうです。

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