12:スイングしなけりゃ意味がありません
ラファイルさんの学校の仕事は週3日、王宮での仕事も週3日、うち一日は、学校に行って王宮に行くという忙しい日々だった。
私はまだ王宮に行く準備が(気持ち的にも)整っていなかったので、学校の方だけお供をすることになった。
三月先には王宮の記念式典とパレードがある予定で、来月からラファイルさんはそれの監督で忙しくなるそうだ。
まだ時間の余裕がある今のうちに、私から得られるだけ得たいといって、仕事から帰った後と週末は私はラファイルさんにつきっきりとなる。
引き続き、ジャズを教えている。
ラファイルさんのジャズの音づかいは神業級なのだが、私は今ひとつスイング感というものが引っかかっていた。
なんかこう。
クラシックの人がジャズやってみました感がもうひとつ、存在しているのだ。
素人如きがこの天才にご意見することは非常に、非常に畏れ多いのだが、ラファイルさんにはもっと泥臭いと評されるジャズの引っ張り具合ーーテンポより後ろに聞こえるリズム感ーーを再現していただきたいと思った。
なんちゃってスイングの私でどこまで近づけさせられるか分からないが、私だって一応、地元のジャズバーで地元プロとグループとして演奏したことだってあるのだ。
ご指導いただきながら、大学卒業頃にはそれなりに、には認めていただいた。一応。
「あのですね、単に付点音符を使えばジャズになるわけじゃないんです。
大事なのは八分音符の後ろ(♫の、後ろの方)にアクセントをつけることです。
あと全ての音符をテヌートのつもりでやります」
私が偉そうに説明するのをプロの音楽家が真面目にふんふんと聞いているのは絶対におかしいと思う。
でもついでしゃばってしまったのだ。
とはいえ地元プロに教えてもらったことだからデタラメではないはずだ。
「なんだこれは。気持ち悪いテンポ感だな……」
「最初はそんなもんです。
でも、拍を遅らせちゃダメですよ」
慣れないと、テンポより遅れているような錯覚に陥るので、引きずられてテンポまで遅くなってしまったりする。私も始めた頃は戸惑った。
でもそういうものなのだ。
馴染むと、テンポはキープしつつも後ろに引っ張られている感じが心地よくなるから、面白いのだ。
メトロノームはあるので、それでしっかりテンポは保ちつつ、レイドバックする(後ろに引っ張る)感じをやって見せた。
「普通はドラムがいるので、ドラムの……」
言いかけて、ここにはドラムセットがないのを思い出した。
「ドラム?」
「シンバルと小太鼓と大太鼓を一人で演奏します」
「どうやって」
「右手はシンバル、左手が小太鼓、右足で大太鼓、左足で、シンバルを……足で踏んでシンバルを二枚合わせる装置があるんです」
うーん、言葉ではハイハット(=シンバル二枚をセットしたもの。足で踏んで開閉する)の説明が難しい……
ドラムセット自体も想像がつかないだろう。ラファイルさんが意味が分からなそうな顔をしている。
「両手両足使うのか!?」
「そうですよ」
「……あんたのとこは相当音楽が進んでるみたいだ」
「見た感じ、ここは私の世界より4、5世紀は前に見えますから。時代通りなら、私の時代の方が進んでることになりますね」
もっとも、ランプがあるのに騎士団とか剣とか、時代が入り混じっている気がすごくするのだが。
「そのドラムってやつをやりたい。間に合わせでここの太鼓でなんとかならないか?」
「ええぇ……はい」
ラファイルさんの申し出に驚いた。
この人は、新しいものを取り入れるのに全く抵抗がないようなのだ。
ジャズだってものすごい食いついたし。
ここの打楽器を好きに触っていいとおっしゃるので、どうしたらいいかちょっと考えた。
シンバルは二枚一組のしかないから、右手用とハイハット両方は今は無理だ。
とりあえず、その一組のシンバルを使ってハイハットの説明をした。
ジャズでは一般的に、2拍目と4拍目にハイハットを踏んで音を出す。
そしてビート(レガートという)を右手のシンバルで叩くのだが、シンバルスタンドがないと使えないので、見本として、ラファイルさんにシンバルの持ち手を持って吊り下げてもらい、それを叩いてみせた。
右手でビートを叩きながら小太鼓ーードラムセットでいうところのスネアドラムーーを間に入れると、多少ジャズっぽいものができたと思う。
ラファイルさんの腕がしんどくならないうちにストップして、ラファイルさんも興味深々だったのでやってみていただいた。
ーー聞いたままほぼ再現できるのにはまた驚かされた。
リズムとしてはぎこちないが、右手の叩き方もスネア(=小太鼓)の入れ方も、テンポは正確だし形になっている。
ただ、何回か聞いて気づいたが、左のスネアは同じことを繰り返している。
私が見本で見せたそのままだ。
それをすぐ覚えて繰り返しているのだ。
いや、左手は完全にアドリブでですね、どこにどう入れるはフィーリングです……!
こういうのは曲とかライブとかで上手い人のをいろいろと聞いて感覚を身につけていくものである。
これでいいか?と聞かれたので、出来は素晴らしいけれど左手は適当にと教えた。
適当とは、雑にではなく、いい感じにというニュアンスだ。
…………
…………
やっぱり没頭する人なので、私がシンバルを持つ手が限界を迎えて、手を替えたいと言った時にようやく気づいてくれた。
言えばよかったのにと言われたが、こんなに集中しているところにとてもではないが声をかける勇気はなかったのだ。ヴァシリーさんならだるくなる前に投げるだろうが。
「シンバルを固定する道具がいるな。それからハイハットってやつの装置も。
楽器屋に相談してみるか」
「ちなみにシンバルは、ビート用のはもうちょっと大きくて少し厚みもあった方がいいです。
このシンバルだとアクセント用ですね、オーケストラと同じで」
「そうなのか」
「アクセントのように派手な音だとビートには向いてないんです。
もっとこう、芯のある音っていうか、拍が分かる締まった音がいるんですよ」
私の感覚ででしか話ができないので、うまく伝わっているかわからない。
ラファイルさんもちょっと考え込んでいるようだ。
「……近々楽器屋に行こう。それ用のを作ってもらうからあんたからも説明してくれ」
「分かりました……作り方まではさすがに……
店頭で並んでるのを選べはするんですけど……」
厚さをどこでどう変えるのかまではわからない、どうしよう。
職人さんならどうにかなるのか。いやそれは無茶な注文なんじゃないか。
「楽器屋の連中とは懇意にしてる。予想はつくかもしれないが俺と同類の職人ばかりだ。納得いくまでとことん付き合ってくれるさ。
ドラムセットってやつも揃えよう、彼らなら作ってくれる。あと何がいるのか教えてくれ」
私はあとバスドラムの説明と、ドラムセットならバスドラムの上に据えてあるタムや、右側に置く低い音程のフロアタムなどの説明もした。
ここに大太鼓はあるが、ペダルがいるし、響きすぎるから中に毛布などを入れてミュートするのだと教えた。
タムのような小さめの太鼓はクラシックにないような、と思ってふと思いついた、
マーチングバンドでやる太鼓の深さならタムになる!
ドラムセットというものを紙に描いてラファイルさんに見せ、雰囲気は掴んでもらった。
タムはバスドラムに固定する器具がいるが、それも覚えている限り詳細に紙に描いた。
シンバルスタンドも、できたら角度の調整ができた方がいいから元の世界のシンバルスタンドを思い出して描き、ハイハットスタンドやペダルも、ついでにツインペダルもあるという話をして紙に描いた。
週明けに早速仕事終わりに楽器店に寄ろうということにして、それからはスネア一つでストローク(奏法)の話をした。
ラファイルさんはさすが音楽バカで、太鼓もしっかりマスターしていて、テンポキープは私より断然正確な上にストロークも安定していた。王宮の式典やパレードではマーチングバンドで行われるので、マーチングの打楽器についてもよくご存知だったのだ。
だが吹奏楽もマーチングも経験がない私がよくストロークの種類を知っていると感心してくださった。
卒業後は基礎練を疎かにしていたから、私のストロークはボロボロだったが、ストロークの話で盛り上がり、話しながらいつの間にか一緒に練習していた。
テヌート→音符の長さを十分に保って演奏する。そうです。(フィーリングでやってたので言葉で解説できない)
右手でビートを叩くシンバル→ライドシンバル
アクセントを叩くシンバル→クラッシュシンバル
といいます。
ドラムセットを言葉で説明するのは大変だ。Twitterかブログで解説載せようか考え中。
※レイドバックについて追記
本来は、リラックスして、という意味合いで、後ろにという意味は入っていないようです。ただ個人的な感じ方として、後ろに引っ張るという表現をしています。一部の音を、楽譜より気持ち後ろに置く感じでやってます。




