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11:助手のお兄さん


もう一人の助手を紹介すると言うことで、その人の部屋にやってきて。

ドアを開けると、研究室の机についていたのは、綺麗な栗色の髪の、体格のいいお兄さん。


「なっ、なに、その子!

お前いつ彼女できたんだよ!」

「違うわボケ!」


いきなり応酬が始まったので内容は二の次で驚いてしまった。


「いやっ、だって、お前女の子と一緒にいることまずないじゃん」

「とりあえずその話題から離れろ」

「いやーお兄さんは嬉しいぞ!でもちょっと若すぎない?」

「だから黙れボケ!

俺の新しい助手だ!お前より優秀なんだからな、うかうかしてるとクビにしてやるからせいぜい頑張って仕事すんだな!」

「えっ……助手……オレ、クビ?」


お兄さんの顔がみるみる蒼白になった。


「うわぁぁぁ!師匠、それだけはご勘弁をっ!

師匠に捨てられたら生きてけねぇよぉ!!真面目に仕事するからそれだけは!!」


西洋文化圏に土下座なんてないよね……?

知らないけど……


お兄さんはゆったり座っていた椅子から飛び上がって、ラファイルさんの前にガチで土下座をし始めたのだ。

なんだなんだこの人は!?


「だったら最初から真面目に仕事しろ、いつも凡ミスばかりやりやがって!

…………


……はぁ……おい。


おい聞け。

お前に向いてないのは分かってたよ。無理を頼みすぎた。

お前にはもっと外に出る仕事を割り振るから、お前の苦手な作業系の仕事は彼女にやってもらう。

あと、お前に教えることができたから、近々うちに呼んでやる」


「えっ……


……マジか師匠……」


お兄さんはマジ泣きしていた。頬が濡れている。

感情表現が豊かなのにも程がある。

社会人としてどうなんだと、社会人をちゃんとできていない私が思ってしまった。


「クビじゃ、ない……?」

「ねーよ」

「いやマジ心臓にわりーよ……脅かさないでくれよぉ〜……はぁ〜ホッとした」

「いちいち大袈裟すぎんだよ、いつもいつも、ったく」

「ところで彼女、名前は?」

「マリーナだ」

「マーニャちゃんて呼んでいい?」

「ダメだバカが!俺が呼んでねぇのに何でお前があだ名で呼ぶんだよ!」

「ラーファも呼べばいいじゃん」

「うるせぇマリーナ嬢かマリーナさんと呼べ」

「えー何、その他人行儀な呼び方」


会話のテンポが速すぎて、私は口一つ挟めないまま、ラファイルさんの後ろで突っ立っていた。


ところで何で私マリナ(マリーナ)のあだ名がマーニャになるんだろう。


「マリーナ、こいつが俺のもう一人の助手、ヴァシリーだ。

ご覧の通り雑な奴だが人当たりはいい、あんたもまぁ馴染めるだろ。

ときどき会うことにはなると思うからよろしく」


ラファイルさんが不意に私を振り返って紹介してくれた。私はようやく言葉を発する。


「マリナ・オーヤと申します。この度オストロフスキー教授の助手をさせていただくこととなりました。よろしくご指導の程、お願いいたします」


日本式に礼をして挨拶をした。


「え、と……すいません、なんか騒いじゃって。ヴァシリー・ミトロファノフです、

えぇ〜めっちゃ礼儀正しいじゃん……オーヤってこの辺の貴族にいたっけな?」

「いねーよ、彼女はたまにここで見つかる異邦人ってやつらしい。たまたま俺が発見したんだが、音楽で多才だったから助手にピッタリなんだ」

「マーニャちゃん、コイツに無理難題言われたらオレがやってあげるから言ってね」

「だからそれで呼ぶな!馴れ馴れしい。お前より彼女の方がはるかに無理難題もこなせるっつーの!用は済んだ、帰るぞマリーナ」

「あ、はい、では失礼します、ヴァシリーさん」

「ええ〜もう行っちゃうのー?

じゃあねーマーニャちゃん」


慌ててラファイルさんの後を追った私の背中に、ヴァシリーさんの元気な声が飛んでくる。

何だあの人は。

いろいろと濃すぎる。

だが確かに人当たりがいいのはその通りだ。警戒心が薄れる。

あの人も、研究室があるということは、ここで勤めているんだろうか。


無言でさっさとラファイルさんが歩き続けるので、私もひたすら後を追った。

人に話しかけるのが苦手なのも手伝って、ラファイルさんには話しかける隙がなかなか見つからない。

ヴァシリーさんについて、この学校について、聞いてみたいことはいろいろあるのだけど。


迎えに来てくれていた馬車に乗り込んで、またラファイルさんは眠るのかな、と思っていた。


「……あいつ、あの感じでわかるかもしれないけど、型にはまるのが苦手でな」


ラファイルさんが、不意に喋り出した。


「楽譜を追うのが苦手なんだ。好き勝手に弾きたがって、作曲家の表現したいことなんかお構いなしだし、アンサンブルでも一人突飛なことやらかすし。

……でもあんたの‘ジャズ’ってやつを知って、はまるんじゃねぇかなと思ったんだ。

俺がもうちょっと自分でジャズを消化できたら、あいつに教えてやろうと思う」


「そうなんですね。いいと思います」


「技術だけはある。基礎練だけは優秀だから、学校も単位ギリギリで行けてたんだけどな。

ガタイがいいのに剣はからきし、騎士団にはとても入れなくて、筆記問題もミスばっか、唯一何とかなった音楽で俺が拾ったんだ。

仕事の交渉とかそういうのは抜群に得意だから、そっちで活躍してもらう。

貴族の子弟で騎士団も文官もダメとあっちゃあ、ほんとに将来行く先がないんだ、貴族の家に婿入りくらいしか」


クビと思ってあんなに大仰にしていたのは、そのせいか。


「彼は、学生さんなんですか?楽器は何をされるんですか」


「一応卒業はして、講師として基礎練の科目を担当をしてる。楽器はバイオリンをやってたが、ベースに移行させる」

「バイオリンでやるジャズも、ありますよ」

「どっちでもやればいい。クラシックがダメなだけで奴も一応弦のプロだ。俺よりもいい感じにベースやってくれるだろ」


うーん、やっぱりプロになるような人ってどこかこう、クセが強いのかなぁ。

元のところでは、あんまりそんな印象はなかったけど……


「でも、楽しみですね。デュオにしたらほんと、楽しいですよ」

「デュオ?トリオだろ」


ラファイルさんの言葉に、私は少し驚いた。

トリオ。三人ということだ。


「あんたも入れよ」

「いや、私、プロじゃ……」

「何で楽器が好きなのに遠慮する、ただ楽しむのにプロだなんだ、関係ねぇよ」


「……いいん、ですか」


「俺があんたの音楽性を気に入ってるだけだ。分かったら練習してレベル上げるんだな」


「……はい……

……ありがとう、ございます」


プロになれるなどと大それたことは考えていない。


でも、ラファイルさんのサポートになれるくらいには、上達したい。

それくらいの希望は持ってもいいかな、と思った。


それに、まだラファイルさんに知って欲しいことは、たくさんあるのだ。


…………

…………


「……あの、ところで、私、何で“マーニャ”って呼ばれたんですか?」

「あれか?

マリーナとかマリヤとかいう名前は、友人同士でマーニャとかマーシャとか呼ぶんだ。

あの野郎馴れ馴れしくしやがって」

「ラーファっていうのも友達同士だからですか?」

「うん、そうだ」

「そうなんですね、私の国ではそんな呼び方はなかったから、名前が違ってびっくりしました」

「あんたの友達は、なんて呼んでた?」

「普通に満里那、とかが多かったですね」


友達のことを急に思い出して、もう会うこともないんだな、と思って少し寂しさを感じる。


「……今度俺の仲間を紹介してやる」

「え?あ、ありがとうございます」


ラファイルさんがいきなり言って、顔を逸らした。

私が、寂しがっていると思ってくれたのだろうか。


この人は何だかんだで優しいというのが、もう私のイメージになってしまった。

言い方が少しキツいけれど、怒りを抱えているわけではないというのも。


ヴァシリーさんのことも、あれだけ悪態をつきながらも気にかけているし、人を大切にする人なんだと思う。


ちょっとだけ、ラーファと呼んでみたくなったのは、ラファイルさんには秘密だ。


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