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音楽バカの初恋 後


講義四日目の終了後、私はクルィシャエフ先生に呼ばれた。


そこで、オストロフスキー先生と奥様にまつわる出来事について聞かされた、そして私がどこまで知っているのか、確認されたのだ。


「……何でですか?

先生は何もご存じないのに。どういうことなんですか」


きみが無関係ならいいんだよ、とクルィシャエフ先生は前置きして、奥様が学生の間で悪く言われているらしいこと、私と先生が婚約予定になっているという話の本当のところを教えてくださった。


高等学校の学生でない姉の友人が紛れていて、奥様の悪口を広げていたこと。

ヴィタリー兄様までもが、奥様に対して失礼な言葉を投げつけていたこと。


それに対して先生は、ここの学生が奥様に反発するのなら来年以降講義を引き受けないことも厭わないと言われていること。


「私が知りたいです、どうしてみんなが奥様を悪く言って、私を先生に押し付けようとするのか」


王宮にもつながりをもつクルィシャエフ先生が教えてくれたのは、プロトニコフ家が社交界にもそれとなく根回しして、オストロフスキー先生を我が国に取り込もうとしている、ということだった。


将来の伯爵位と、プロトニコフ家を後ろ盾とした先生のコンサートの開催と売り込み、そういったことを見返りに、我が国の音楽家より優れたオストロフスキー先生を囲い込みたいというものだ。


私の、先生に憧れる気持ちを利用して。


我が国の音楽界なら間違いなく頂点に立てる、その先生の家族として、プロトニコフ家は我が国で一層の力を持てることになる、それを狙ったのだ。


意図的に先生と私の婚約の予定の話を広め、今回先生がいらした際には、周りから囲んで追い詰めるとでも言えそうな、私との婚約にこぎつける計画だったという。

先生が結婚されたと判明して、呆気なく崩れたけれど。

それで姉は、どう考えても無駄と思える励ましをしてきたのか。


あまりに一方的で、それにずさんだ。


我が家の力のために、先生を利用して、私の気持ちまで利用した。


なんで音楽の関係ないところで、こんなつまらないことをやっているのだ。


「プロトニコフ家のきみの前で言いたくはないが……

きみの家は、前からそんな感じで、上の者に取り入って力をつけてきているのだよ。

イラリヤさん、きみがその色に全く染まっていないのは、大いなる救いだと私は思う。オストロフスキー先生と奥様には、きみは本当に何も関係ないと、私が保証してあげよう」


私が一番嫌だったのは、先生にご迷惑をかけてしまうこと。

奥様を悪く言われるというのは、しかも新婚で、嫌に決まっている。

とにかく先生に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


先生が結婚したという衝撃よりも、我が家がそんな風に先生も私も利用したという衝撃の方がずっと大きくて、私の心は完全にかき乱されていた、明日は大事な選抜の発表なのに。


「大きい声では言えないが、イラリヤさん、16歳を越したら、ムズィカンスクへ留学するかね?

私も協力しよう。

きみの素晴らしい才能が、ここの社交界で歪められでもしたらと思うと、耐え難いものがある。

すぐにとは言わないが、考えてみてもいいのではと思う」


ムズィカンスクでは、先生は金髪をかぶらないだけで、人前で演奏できない。

ここタニエツクでは、人前で演奏できたとしても、貴族の後ろ盾などしがらみが発生する。

先生が何の制限もなく活躍できるところは、できるのだろうか。


私の出る幕なんてないのだろうけど、なにか、先生のために力になりたい、と思う。

かといって、何ができるのかも思いつかない。


ともかく留学はしたいから、改めてご相談します、と言って、私は帰途についた。



ーー廊下を歩いていると、帰る方向から人の話し声がした。


ヴィタリー兄様の声。


何で、兄様まで、そんなふうに言うの?


みんなして、私を苦しめるばかり。


私のためなんかじゃ、ないじゃない。


私は初めて、兄様と喧嘩した。


静かに私たちに帰宅するよう諭す先生と、それを見守るような奥様は、プロトニコフ家よりずっと立派に見える。

奥様は、夫に守られてばかりの貴族の女性とは明らかに違って見えたし、あまり喋らない方だけど、先生が側に置いて大丈夫なひとなんじゃないか、と思えた。


お互い仕事の鞄を一つずつ下げて去っていく先生と奥様は、きっとお互いとても大事に思っていらっしゃるのだ。


やっぱり少しだけ胸は痛むけれど、先生が奥様といて幸せそうなのは、嬉しくもあった。


周りはいろいろ言うけれど、私は先生と奥様を見て頑張ればいい、と腹を括った。



翌日の試験を兼ねた発表会で、私は国王陛下のサロンへの出演権を獲得した。


***


陛下のサロン開催の日。


私は国王陛下と重鎮の方々の御前で演奏する名誉を賜り、皆さまから褒めてもいただいた。

学生ながらプロに匹敵する名誉を得られたのだ。


そして我が国の演奏家と、オストロフスキー先生の共演。


至福の時間だった。


先生のいるところで音楽を学びたい。

授業ででもいいから先生の音をもっと聞きたい。

正直に言えば、ムズィカンスクの王立楽団に入団したい。


たとえ家出みたいになっても。

ううん、もはや、家出をしたいほど。

しがらみのないところで、純粋に音楽を楽しみたい。


先生のピアノを聴きながら、そんな思いを強くした。



そして演奏会が終了かと思ったところ、国王陛下が、先生が新しい曲を持ってきているとおっしゃった。


驚いたことに、なんと奥様が伴奏されるという。


先生はチェロをとって、奥様と一緒に構えて、視線を合わせて音を入れた。



ーー何?この音楽は。


初めて聞く、いやきっと誰もが初めて聞くのだ。


それに、奥様の弾く音は。


正直、私の方がずっと上手い。


でも、私はこんな音の、和音の出し方を知らない。


音が入るリズムも、初めて聞く。


そして、先生とまるで会話しているかのような、音の重ね合いや繰り返し。


しかもそれらが全て即興だったと知ったのは、随分後のことだ。


奥様が弾いた真似はできるにしても、奥様のように音を生み出せない。



ーーだから先生は奥様を選んだんだ……


先生はきっと、奥様に惚れ込んでいらっしゃる。


先生があんなに表情豊かに演奏されるのを、初めて見た。


音を楽しんで、音のタイミングを楽しんで、リズムを取るのを楽しんでおられて。


先生だけではない。奥様も、先生を時折後ろから見守るように見つめながら、音を選んでいるように見える。

奥様も、ときどき先生の音に笑っていて、二人で今ここで音楽を作り出しているというのがよく分かった。



そっかぁ……



先生は、本当に、奥様だけを見ていらっしゃるんだな。


私が入り込む隙間なんて、全然なかった……



どこかで、私は音楽という面でだけは、誰よりも先生に認められている、という自負があった。

学校という範囲では、確かにそうだった。


でも、私より技術も音の質も、正直劣る奥様の前に、私の才能は太刀打ちできなかった。



陛下の前で演奏するというところまで認められたなら、先生が少しでも私を見てくれるのではないか、と期待してきた。


だが先生にとって、私は本当に、一学生でしかなかった。


落胆と、ときどき感じていた胸の痛みの理由が分かった。



私は、先生のことが好きだったのだ。



「ーーイリ。ほら」


後ろから、突然そっとハンカチを差し出された。

音楽隊員見習い兼、私の付き人として一緒にきてくれていた、ヴィタリー兄様だ。


「大丈夫、他のご婦人方も感動して泣いてるから」


兄様には、私の気持ちがわかっていたのかもしれない。


先生や奥様に当たってしまったのはよくなかったけれど、兄様は兄様で、昔から私を可愛がってくれたために、ときどきやり過ぎてしまうことがあったから。


「教授に、謝って帰るよ」


兄様はそっと、そう言った。


ーー会のお開き後、奥様が調子を崩されたようで、先生は奥様を連れてすぐに出ていかれ、それは叶わなかったけれど。


***


私は次の春、16歳になってから、ムズィカンスクに無事留学を果たした。


先生は私の選考には加わらず、担当教官も別の先生ーーオストロフスキー先生の担当教官だったという、学部長の先生!ーーになったから、忖度は一切ない。


奥様は先生の助手として働かれていたのだが、ご懐妊されていて、私はすっかり嬉しくなった。


改めて先生と奥様にご挨拶したのだが、やっぱり奥様は穏やかで優しいお人柄、私がむしろ奥様と仲良くなりたいと思っているほど。


一方でタニエツクでの講義よりも、先生の態度がなんというか……思ったような紳士的ではなくて、どうも奥様を束縛しようとしている様子で、見てはいけない先生の本来のお姿を見てしまった気になったのは内緒だ……


百年の恋も冷めるとはこのことだ。


そんな先生をうまく操れている奥様は本当にお心が広くて、愛情深く、確かにタニエツクの国王陛下が仰った通り、聖母のような方だ。

とはいえ先生の音楽に対する尊敬の念は、変わらないけれど。


こちらに来て驚いたのだが、奥様の本業がドラムという、奥様の世界にあった楽器だった。

ご懐妊中だから控えめであったとはいえ、その可愛らしい見かけから想像もつかないような鋭く力強い、男性的な演奏をされ、本当に驚いたし感銘を受けた。


先生と奥様、ご友人でグループを作って、独自で作曲をされて、先生のご自宅でサロン形式で演奏会もされているというから、本当に驚くことばかりだ。


私はクラシックではないそうした音楽は、とても面白いし自分で好きに演奏できるというのがとても気に入って、私はこれがやりたかったんだ、とはっきり感じた。


その後、私はクラシックを捨て、全く違う音楽の道を歩むこととなり、実家のプロトニコフ家との間で問題にもなったのだが……


私はムズィカンスクで、新しい音楽で生きることを決めた。


そのためになにかと騒動の絶えない年月が続き、私の環境も随分と変わったが、あのままタニエツクの音楽界で頂点になっても、いずれ結婚させられることになっただろうし、音楽をし続けられるかどうかも分からなかった人生より絶対的に幸せだと断言できる。



先生や奥様から、私たちと同じ音楽バカだね、と言われるようになったのが、最近の一番の光栄だ。


その音楽バカたちの中に、私の人生を大きく変える人がいたのだが、それはまたどこかで。


私の音楽バカ人生は、まだ始まったばかりだ。



番外編、お付き合いいただきありがとうございましたー!

また小ネタで何か書けたらいいなと思っているので、完結にはしないまましばらく置いておこうと思います。

いつの間にかそっと更新してるかも……


ではでは、これにて一旦終了といたします。

読んでくださってありがとうございます!

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