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新婚旅行編 7


講義三日目が始まる前、ラファイルさんは私と一緒に、クルィシャエフ教授に相談した。


教授は難しい顔で、だが真剣に聞いて下さった。


先生方の間では私は歓迎されていたから、一部の学生さんの間でいろいろ言われているということになる。

ひとまず先生方に共有して、それぞれの担当学生さんに注意喚起してくれることにはなった。


「プロトニコヴァさんにも私から事情を聞いてみよう。彼女がこのことをどこまで知っているのか、彼女自身が引き起こしていることなのか、そうではないのか、出どころは確認しておいたほうがいい」

「では、その辺りはおまかせしてよろしいですか」

「きみにはこれからも教えてもらいたいからね、オストロフスキー先生。

きみにもマリーナさんにも、快適でいてもらうべきところを、そうでなくて申し訳ない」

「いいえ、ご面倒をおかけします」


私が先に頭を下げた。


「マルーシャが謝ることじゃないだろ」

「うん、まぁ、私も上手な振る舞い方じゃなかったかもしれないし」

「愛想を振りまく必要はない、ていうかあんたは俺だけ見てて」

「はいはい、分かりましたよ」


クルィシャエフ教授は、そんな私たちの様子を見て、柔らかな笑顔を浮かべていた、


「ははは、オストロフスキー先生、授業で見せる顔と全然違うんだねぇ、マリーナさん、先生はいつもこんなぶっきらぼうな感じで話してたの?」

「そうですよ、普段はこんなのです、最初会ったときからこうでしたね、怖かったですよ」

「そうだったか……こちらでは、お若いのにとても落ち着いておられて、学生の指導も丁寧で的確だし、とても評判でいらっしゃるんだが、評判がおかしな方向へ一人歩きしていたのかもしれないね。

こうして見ると、学生と同じお歳だったことを思い出すよ」

「指導の評判はありがたくお受けしますが、家に帰ればただの音楽バカですよ」

「いろいろとクセ強いですしね、先生?」

「妻の言う通りです、教授。ここでの講義以外では、学生やその家との付き合いは一切お断りしていますし、それはムズィカンスクでも同じです。仕事時間以外は基本他人には関わりたくない人間でしてね。

これでも妻と出会ってから、随分丸くなったと国では言われているんですよ。

今の私が在るのは妻の存在によるところのものが大きいですから、学生に妻が受け入れられないのであれば妻を優先するまでです、その覚悟はしておりますよ」


ラファイルさんの使った覚悟、という言葉に、私は体を硬くした。


仕事よりも私を優先してくれるということで、もし不利益が生じたとしてもそれを受け入れると言っているのだ。

仮にここでの仕事がなくなったとしても、ラファイルさんは仕事を引き留めるために私を犠牲にはしないというわけで、以前いくらでも稼ぐ道はあるからと言ってその内情をちょっと見せられたことがあったから本当に大丈夫なのだろうが、それでも私を尊重してくれるその思いが心から嬉しい。


クルィシャエフ教授もその辺り、よく分かってくださって、私たちは気を取り直して仕事に取り掛かることにした。


ただし、今日は私は前の方の席でラファイルさんの視界に常に入る辺りにいるよう指定された。

私に危ないことが起こらないよう、目を離したくないらしい。


プローシャお姉様から仕事の話を聞く中で、貴族令嬢の間で気に入らない相手に嫌がらせを仕掛けたとかいう話もあったから、権力者という存在が目に見えやすいこの世界では本当に漫画の中の話と思っていたことも起こり得るんだなと認識させられた。

私だけでなく、万が一ラファイルさんに何か起こってもすぐ対処できるよう、私は護衛兵のような気持ちでその日の講義を聞いた。


***


クルィシャエフ教授は、早速午前中のうちにいろいろ駆け回って情報を集めてくださった。


お昼時にその内容を聞いたところ。


去年、飛び級してこの音楽学校への入学が決まっていたイラリヤ嬢は、特待生ということで入学前にラファイルさんのこの講義に出席していた。

そこでラファイルさんの演奏と指導にすっかり夢中になったらしい。

入学前ということでついてきていたお姉さんがその様子を見ていて、お似合いだとかそんなことを口にしていたとか。

才能ある娘が教授に夢中と知ったプロトニコフ家は、ラファイルさんを娘婿にと考えたらしく、来年は婚約させるという話を周囲に広めていた。

タニエツクの社交界でも中心の方にあるプロトニコフ家の言うことであるから、国内の貴族の間でまことしやかに広まっており、打診する予定という話のはずが、尾鰭がついていつの間にか婚約するという話にまで至っていたという……


ヴィタリー君はイラリヤ嬢の従兄弟で仲もよく、当然そういう話も知っていただろう。

とはいえ結局イラリヤ嬢自身が結婚したいと明言していたわけではなさそうで、周りが勝手に話を広げてそれが大きくなっただけ、という感じだった。


そのつもりになっているこっちの人からしたら、ラファイルさんを私が横からかっさらったように見えるのかぁ……


でもさ。


知らんがな!!の一言に尽きる。

ていうか私はともかく、ラファイルさんの知らないところでそんなに話膨らませられても。

ラファイルさんに受けてもらえる自信がそこまであったのか……


まぁ言わば天才同士、最良の組み合わせと周囲が思うのは、別におかしいことではないかもしれない。

ただラファイルさんはそういう普通の人と感覚がちょっと違うから、普通の人が思うようにはいかないと思う……

ラファイルさんなんか、生徒をそういう対象で見るのは気持ち悪いってバッサリだったし。

周りから固めたかったのかもしれないけど、意向を確かめもしないで話広げるのはだめでしょ……


今日の講義終了後にイラリヤ嬢からも事情を聞いてみる、とクルィシャエフ教授が言ってくださって、私たちは午後の講義に向かった。


…………

…………


ラファイルさんの目が届くところにいたから、私も絡まれることなくこの日の講義を終えた。

ラファイルさんへの長い質問タイムが終了し、私たちは帰途に着く。


ラファイルさんと私が一つずつ仕事の鞄を持って、私はいつものようにラファイルさんの後を追って馬車に向かい、一緒に乗り込んだ。


馬車の扉を閉めた瞬間から、ラファイルさんは私に顔を寄せてすりすりしてきて、学生さんがこんな姿を見たらきっとドン引きだろうな、と私はこっそり思っている。


「お疲れ様でした、先生」

「もう先生はいい」

「切り替わり早っ」

「一日人相手してたんだぜ、もう沢山だ」

「いい顔しすぎなんじゃない?」

「うちの学校でだって講義はあんな感じだろ……単に普段より講義時間が多いんだよ、集中講義だから仕方ないけど」

「ヴァシリーさんもいないしねぇ」

「あー、それもあるかもな……学校でも王宮でも、あいつと素であれこれ言い合ってるのがよかったのかもな」

「去年は大丈夫だったの?」

「去年はもっと小規模だったんだよ。年々人が増えてる……」


ラファイルさんは私にひっつきながら、珍しく愚痴をこぼし続けた。


「今日も補充させて」

「はい」


私を補充からの音合わせの寝落ち、我が家のルーティンになるんだろうか……

ただ連日甘々に愛されているから、私も学生さんたちからの視線に耐えられているところはあると思う。

私にとってもバリヤー修復作業だわ、しっかりラファイルさんを補充させていただこう。


***


講義四日目は、オーケストラの指導だった。

ムズィカンスクのオーケストラの総監督であるラファイルさんの手腕が遺憾なく発揮され、オーケストラの音がみるみる表情豊かになってきたのがクラシックの素人耳にも分かった。


私も学生時代にプロのクリニックをサークルメンバーで受けたことがあるから、一度のプロの指導であっても貴重な財産になる感覚は知っている。


そしてオケの隅々まで細かく細かく指摘していくラファイルさんの凄さったら。

ほんと、学生さんと同年代なのに、圧倒的に力量が違って、大人の魅力とでもいうか、そんな雰囲気が背中に漂っていて私はキュンとしてしまう。


学生さんたちの視線もやっぱり熱くて、そりゃあ評判になるわ、と脳内でつぶやいた。

来年はさらに人が増えるのだろうか。



一日を無事に終え、明日は最終日五日目。


明日は、筆記試験の後、今回の講義で指導を受けた学生さんたちが演奏を披露する。

指導を受けた成果を見せるための場だ。

長かったような、短かったような。


質問タイムは今日までとラファイルさんが言ったので、今日はいつも以上に学生さんに囲まれ、すっかり真っ暗になってから私たちは馬車に向かった。


「かっこよかったですよ、先生」

「ん、そうか?」

「ラーファのオケの音も、好き」

「よかった」


ラファイルさんが私の手を握ってきて、私たちは並んで廊下を歩いていた。


「先生」


振り返ると、ヴィタリー君が。


「先生……俺納得できません。その人が先生にふさわしいのかどうか。なんでイラリヤじゃなかったのか」


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