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新婚旅行編 5

注意:本作特に番外編はR 15です。何たって新婚旅行中です。

つまりそういう回です。


帰途についたのは、7時を回った頃だった。5時くらいには講義自体は終わっていたにも関わらず。


ほぼ見ているだけであっても、それなりに疲れた……

それでも帰ったら、もうひと頑張り、練習しなきゃ。


馬車に乗り込んで発車すると、ラファイルさんが私の腕を取って引っ付いてきた。

純粋に嬉しい。


でも同時に、昼間言われたことや、他の人の実力の凄さなんかを思い返してしまった。


「……ラファイルさん」

「ラーファシュカ」

「あ、ごめん……ラーファシュカ、私、もうちょっと練習する時間がほしいんだけど……

明日、ちょっと先に帰るとか、だめかな?」

「なんで?帰ってからすればいいだろ」

「うん……でも、心配で」

「講義終了からサロンまでは数日ある。そこで集中すればいい」

「ん、けど……」

「演奏は大丈夫だから。それより俺を見ててくれなきゃ……困る」

「え?」

「いや、その……あんたがいれば、万が一息が苦しくなっても大丈夫だって思うから……」


ラファイルさん、それを心配してたのか。

もうしばらく、息苦しさを訴えたことはなくて、私もそこまで心配はしていなかった。

でもラファイルさんは、いつ発作が出るか、不安をどこかで抱えているのだ。


「ごめんなさい。そこまで気づけてなくて。一緒にいるね」

「うん」


急に、自分の不安より、ラファイルさんを守らなきゃという思いで一杯になった。

そうだ、これはほかの誰もできない、私だけの役目だ。

いつもの仕事仲間がいないんだから、私が支えないと。


「夕食が済んだら、音合わせしよう」

「はい」


ラファイルさんのそんなささやきが、私はとても好きだ。


…………

…………


だが、しばらく合わせて、ラファイルさんは今日はもういい、と言った。


お風呂に入って寝よう、と。


「何で……どこがいけなかった?ならこれから練習するから」

「いけないわけじゃない。それと、練習しろって言ってんじゃない、先に休もう」


いつも延々と夜中まで練習するラファイルさんなのに。


「風呂に入っておいで。ヤーナ、マルーシャを頼む」

「かしこまりました」


ヤーナさんに預けられてしまってはもう反論できない。

私はちょっと気落ちして、ヤーナさんに案内されていった、その後ーー


ラファイルさんは、今までより時間をかけて、私を抱いた。


正直。

正直、私はそれよりも、ラファイルさんが納得いくまで音合わせの方をしたかった。

夫婦の時間が大切なのも、分かっているけど。

明日も朝から講義だし、こういうことはゆっくりできるときにすればいいのに、と。


でも、

「マルーセニカを補充したい」

と言われれば、それはそれで役に立てて嬉しくもあり。


途中で体力切れになったラファイルさんが、私を抱きしめたままじっとしていると、なんだか私は充電器になった気がしてきた。


そうか私はラファイルさんの充電器でもあるのか。

一人で妙に納得してしまって、今日一日のいろんな複雑な感情を忘れて、ラファイルさんへの愛しい気持ちだけが残っている。


私はラファイルさんの首に腕を回して、そっと抱き締めた。


「マルーセニカ……?

ごめんもうちょっと待って……」

「まだいいよ。

……ラーファシュカの実演、すごかったなぁって思い出して。

やっぱりあなたの音、すごく好き」

「……ほんと?」

「当たり前でしょ。最初からそうだし。私からしたらプロはもちろん、学生さんたちだってみんなすごいけど、ラーファシュカの音はほんとに。体の底から好きって感じがしてくる、大好き」

「……光栄だ、すごく。やべぇ、嬉しい」

「ふふ、よかった」


ラファイルさんに光栄って言われるのはむしろ畏れ多いんだけど……

でもラファイルさんがちょっと照れているのがかわいい。嬉しがってくれているのが、私も嬉しい。


マルーセニカ、とラファイルさんがささやいて、私の額や頬にキスを落としてきた。

私もラファイルさんに、そっと口付ける。

ラファイルさんは切なげに私を見つめてきて、私たちは唇を重ねた。

こうなるともう、だんだん理性は溶けてきて、お互いに求め合うだけ、余計なことを考える余地はなくなる。

結婚前みたいに自重する必要もなくなった。

明日多少眠かろうがだるかろうが、今が幸せだからそれでいい、そんな気分になっている。


私が理性を手放すと、ラファイルさんも私を感じ切ってくれた。


私たちはしばらく抱き合ったまま、互いの余韻を感じ合う。


新婚旅行と仕事を兼ねるというラファイルさんらしい日程だが、今は本当に新婚旅行らしい雰囲気に浸れている。


「マルーセニカ……練習しよう」

「え……」

「多分、そのくらい俺を感じてくれるなら大丈夫」


さっきと何が違うんだろう。

でもラファイルさんが練習しようと言い出すのは、つまり平常運転なわけで、逆に安心だ。

私たちは起き出して再び楽器に向かった。


***


さっきよりもラファイルさんの音が体で感じられる気がする。

ラファイルさんの音をよく感じて、和音を入れていく。


「そう……それだ、マルーセニカ。それでいい」

「うん」

「俺のことだけ考えて。頑張るよりも。

その方が俺が心地いい音が出てるから」

「そう、なの?」

「うん。ほかの奴の音は全て忘れて」


ピアノの椅子のすぐ後ろに椅子を置いて、私とほぼ背中合わせでチェロを弾くラファイルさんは、音が途切れる度に私を引き寄せてキスをしてきた。


はあ、ラファイルさんが甘すぎてやばい。

もうラファイルさん以外のことを考える余地なんてない、私はすっかり身も心も音も、ラファイルさんに完全に囚われている。


いつの間にか昼間すごいと思った学生さんたちの音はすっかり忘れて、ラファイルさんの音に身を委ねていた。

これ、このフレーズがすごく好き。

この音のクセがすごく好き。

かっこいいかっこいい、胸の奥が熱くなって、すごく切ない。

私も感情を目一杯込めて、音を返したくなる。


「ほら、いい音出てる。練習の量だけ増やすよりずっといい。

あんたは俺の欲しい音をくれればそれでいい。あんたしかできないことなんだから。

その意味であんたは、俺の知る限り誰よりも上手いんだぜ、だから心配するな」


ラファイルさんが安心して心地よく、満たされて幸せでいられることだけを考えてればいいんだ。

楽譜庫であり充電器であり、果ては安定剤とか睡眠剤も兼ねている気がする。


上手い人たちの音を聞いて、少しでも高みに近づかなきゃ、と思って、影響を受けていたみたいだ。

私の演奏はラファイルさん仕様であって、ラファイルさんの評価だけ聞いておけば間違いはない。



そのまま私たちは『マルーセニカ』以外にも、いろんな曲を合わせた。


そしてまた、広間のソファーで二人して抱き合って寝落ちしているところを使用人さんたちに発見されるのだった。


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