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9:何だか楽しい毎日です


音楽室にカンヅメの三日間を終え、

翌日からラファイルさんは仕事に出かけて行った。


この数日は、出張後の休暇だったということで、学校の仕事やら楽団でのリハーサルやら、仕事は山積みらしい。


私はというと、ラファイルさんに宿題を言いつけられていて、それをこなしてすごした。


まずは、私が弾いた曲の譜面起こし。

クラシックも、ジャズも。


そして、この国の語学の勉強。


あと、ピアノは自由に使っていいからと、音楽室の奥にある個別練習室を案内してくれた。

ここにもグランドピアノ。3台目。もうどういうこと。


私も楽器に触れるのが数ヶ月ぶりだったから、かなり勘が鈍っている。

好きなだけ弾いてと言ってくださった。



どれも楽しいものばかりで、私はいそいそと作業に取り組んでいた。


アーリャさんや執事さんたちが心配して様子を見に来てくれたらしいが、私はそれにも気づかず練習室に自らカンヅメになって取り組んでいたのだった。


ただ私は、飽きっぽくて興味が移ろいやすい癖がある。

だからメリハリのため、区切りのいいところで作業の種類を変えた。


譜面起こしに疲れたらピアノを弾いて、で午前中を過ごし、

お昼をいただいてからは語学の勉強に取り掛かる。

ティータイムをとって、夕方からはまたピアノで、好きにいろんな曲を弾く。


夕方にはラファイルさんが帰宅して、私の音楽を伝える時間が始まる。


ラファイルさんはそこから延々とご自分の練習タイムに入り、

私は遅めの夕食を済ませ、お風呂に入って寝るというリズムが出来上がった。



楽しい。


なんて楽しい日々なんだ。


私はあまり表立って感情を出さない人間だが、心の中では盛大に感動し、喜んでいた。


だってこんな楽しい日々があるだろうか。


一人で延々と作業をこなすのが好きだし、音楽に関わっているとなると尚更楽しい。


毎日ピアノが弾けるだけで嬉しいし、ピアノを弾くという時間が自分に許されているのも嬉しい。


仕事のように他人の顔色を伺うこともなく過ごせるのもストレスフリーだった。



その週末には、譜面起こしが数曲終わったのでラファイルさんに渡すことができた。


「ありがとう」


こんな天才にお礼を言われて嬉しくないわけがない。

私は機嫌よくニコニコと、お役に立てて何よりです、と返事をした。


だがラファイルさんは、思いもよらないことを私に告げてきた。


「あんた、音楽知識も結構あるし、譜面の仕事も丁寧だ。

俺の助手になってくれ」


……はぁ。


「来週から学校に連れて行くからよろしく」


え。

決定なんですか。

いやまぁ、断る理由はありませんけども……


「……いいんですか?」

「何が?」

「こんな、身元不明の人間ですが……」

「俺が雇うんだから問題ない。

近々戸籍も作るから、安心していい」

「戸籍……いいんですか……」

「今根回ししてるから、ちょっと待ってくれ」

「はぁ」

「あと王宮に行くように仕立てる必要もあるな」

「えっ、王宮にも行くんですか」

「当たり前だ。俺の仕事の半分は王宮だ。

あんた、男装平気だよな?最初ここに来た時も男装だったし」


男装じゃないんですけども。パンツスーツってそういう印象なんですね。


「ああいう服装のほうが動きやすいし、慣れてます」

「ならいい。ああいう感じの服を用意するから、それができたら王宮の仕事にもついてきてもらう」

「王宮ですか……平民が入って行っていいんですか」


王宮なんて日本の一般人の私には遠い世界だ。

日本で言うと皇居に足を踏み入れるのと同じではないか。

怖い。怖すぎる。


「それも手を回しているところだ。あんたは何一つ心配しなくていいようにする。

ひとまずは、学校で仕事をしてもらうから」


「あっ、あのっ、ちょっと待ってください」


仕事をやれと言われれば、しなければならない。それは当然お受けするつもりだ。

居候の身なんだから。

でも、確認しておきたいことはあった。


「私、ほんと、仕事が下手くそな人間なんです……

あの、頑張るんですけど、ラファイルさんの思い通りには仕事ができない人間だと思います。

できることはもちろん頑張りますから、そこだけ、気に留めていていただけたら、とても助かります」


そう、私は仕事となると何かしら鈍臭いのだ。

相手の意図が読み取れないとか、指示されたことをうまく理解しきれないとか。

仕事は遅いしミスが多かった。

気をつけているつもりなのにミスがなくならず、仕事能力の低さもまた自己嫌悪の一因だった。

それも、仕事での苦しさを増幅させた。


ラファイルさんに、自分の失敗で迷惑をかけたくない。

苦手なことを克服するのは社会人として必須なのだろうが、苦手なことに引っ張られて、ラファイルさんにいただいた仕事が嫌になるのも、嫌だった。


仕事がきちんとできるのか。ラファイルさんのご迷惑にはならないか。

それがとにかく不安だった。


「こんだけ丁寧に譜面が書けるなら申し分ない。

あんたも人付き合いより没頭する作業のほうが得意なんだろ?

俺がやり切れない仕事がいろいろあるから、あんたになら任せられそうだと思ってな。


もう一人助手がいるんだが、そいつは仕事が粗くてな……

じっと机に座ってるのが苦手な奴なんだ。

人相手は奴に任せて、細かい仕事をあんたに頼みたい。

休みもちゃんとやるし給金も払う。だから頼んだ」


「は、い、

……頑張ります……」


そこまで分かって頼んでくださるのならやるしかない。

だが、就職の時に感じた、社会に出て人生が閉じる、という感覚はなかった。

むしろ、ラファイルさんのお役に立てるのなら、とやる気が溢れ気持ちが高揚するのを感じた。


***


ラファイルさんは、週末は基本的に外の仕事を入れていないそうだ。

週末はいつも、音楽室に一日中こもって練習と、作曲などの依頼があればそれをこなしているという。


ときどきは音楽仲間が集まってここでアンサンブルの練習をしたりもするらしいが、この週末は訪問者はなく、ラファイルさんは私をずっと音楽室に置いていた。


一口にジャズといってもいろいろな種類がある。


私も完璧に把握しているわけではないのだが、ベースの動き方によって、4ビート、2ビートとリズムを変えたり、

ボサノバ、サンバ、ラテン、といったリズムもジャズの現場ではよく演奏される。


ピアノでベースパートも何となくはできるのだが、ベースとやる感じの説明に限界があり、私はベースの弾き方やドラムの叩き方も説明したくなった。


ジャズではコントラバスを使うんだと説明したところ、ラファイルさんは音楽室のコントラバスをあっさり貸してくれた。

いいんですか高いでしょうに。

もちろん細心の注意を払って扱う。


バラードでは弓を使う人もいるが、ジャズでは基本コントラバスの指弾きだ。


ラファイルさんは、この弾き方に大層驚いて、なんか感動されてしまい、

そこからラファイルさんの練習タイムが始まった、のだが……


「いきなりやると弾いたところに水ぶくれできますよ!ちょっとだけにしといてください、ピアノに差し障るでしょ?」

「そうなのか」


そう、ベースの弦を調子に乗って長時間弾くと、摩擦のせいなのか、人差し指の弦の当たるところに水ぶくれができるのである……

サークルで、普段やらないのにたまに遊ぶといつもそうなったのだ。擦るように弾くからなのか。


それを思い出して慌てて注意した。

神の手に水ぶくれなんて作らせたらバチが当たる。


なら一日にちょっとずつやることにしよう、とラファイルさんは名残惜しそうにコントラバスを離した。


作者も基本こんな感じで引きこもりが好きです。

こんなスケジュールだったら最高だなぁ。

働くより勉強が好きです。

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