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6 妖精カルテット

「ふむふむ」


 ヌーキーは満足げに何度も頷く。


「幻夢の魔女パッヘルが記憶喪失とな。それが本当ならとんでもない大スクープだね。一刻も早く全世界の妖精たちと、この情報を共有しなくては!」

「う、うわー! 待ってくださいヌーキーさん!」


 どこかへ飛び去ろうとするヌーキーの足を、アザミの指先がすんでのところでつかんだ。というよりつまんだ。


「それだけは絶対に口外しちゃいけません! もし『あいつら』にでも知られたら、大変なことになります!」

「もー、離してよ。妖精は噂話が好きな生き物なの」

「絶対に離しません! この生命に替えてでもー!」


 そのやりとりを隣で見ていたニョロロンは深い溜め息をついた。


「まったく、何やってるんだニョロん」 

「いいからニョルルンさんも手伝って下さいってば!」 

「あら? やっぱりバレちゃったのかしら?」


 また別の声がして、全員が一斉にそちらを見やった。

 そこには妖精カルテットの、残る二匹が寄ってきていた。一方はグラントに化け、もう一方は追っていったガナールに何か悪戯を施していたのだろう。

 ツインテールで緑色のドレスのほうはチャーミー。おとなしい性格なようで、いつも他の妖精の後ろでおどおどしている。

 もう片方の白衣を着たのがホワイティ。高飛車な性格で、口調もどこかのお嬢さまじみている。このカルテットのリーダー格でもあるようだ。


「ガナールはどうしたニョロん?」

「ああ、あいつなら今頃川に流されてるわ」


 ニョルルンの問いにホワイティが答えた。


「ちょっと脅かしたら派手に崖から転がり落ちていったの。もう思い出すだけで笑えちゃう。キャハハ」

「ひ、ひどいです! 今すぐ助けにいかないと」

「アザミ! ガナールならきっと大丈夫だニョロん!」


 走り出そうとする足にニョルルンが巻きついた。


「それはまあ、たしかに……」 


 あの巨人は岩の塊で殴られてもビクともしないだろう。


「やっぱり、ちょっとやり過ぎなんじゃ……」

「そんなことより聞きなさいよ!」


 ぼそぼそとしたチャーミーの言葉を、ホワイティが勢いよく遮った。その表情はこれでもかというほど輝いている。


「あの巨人からとんでもない話を聞いたのよ! なんとあのパッヘルが、記憶喪失になったらしいわ!」


 アザミとニョルルンは同時にずっこけた。


「ああ、それはぼくたちも聞いたよ。今、妖精ネットワークを使って全世界にその情報を発信しようとしていたところさ」

「あら、子猫ちゃんも随分と口が軽いのね」

「ぐぬぅ……」


 アザミはひとしきり怒りに打ち震えたあと、やがて鞘を手に刀を抜いた。


「もうこれ以上の仕打ちは耐えられません! かくなる上は!」


 刀を振り上げながら叫ぶ。


「拙者の必殺剣の中でも最強奥義――一閃の陣! この技を受けたもの、みな真っ二つぅ!」

「それはただの物理だニョロん」


 しかしながら、アザミの刀は虚しく宙を裂いた。

 華麗な身のこなしで空高く舞い上がった妖精たちは、それぞれ捨て台詞を吐きながら四方へ散っていった。


「じゃあなクソネコとクソヘビ! クソ魔女とクソジジイによろしくな」

「ほっほっほ。あなたたちの大事な秘密を全世界に広めてあげるんだから感謝なさい」

「何か面白い話があったら、また教えてねー」

「ちょ、ちょっと待ってよみんなー」


 彼女たちの姿が見えなくなるとほぼ同時に、アザミは力なく跪いた。

 頭を抱えながらかぶりを振る。


「ど、どうしましょう。恐れていたことが現実に……」

「おーい! 大変でごわす! あのグラントさまは偽物だったでごわすー!」


 川に流されていたらしいガナールも、無事に帰ってきた。とはいえ、門から飛び込んできたその姿は土やら木の枝まみれで無残なものである。


「ん? いったいどうしたでごわす?」


 放心するアザミに気がついたらしく、彼はきょとんとした顔を浮かべた。

 アザミはニョルルンとしばし見つめ合い、どちらからともなく溜息を吐いた。


「まあ、知られてしまったからには仕方ないニョロん……」

「そうですね……今後の対策を練らなければ……」

「知られて……? はっ! し、しまったでごわす!」


 事態のまずさにようやく気がついたのか、ガナールが両手を口にあてながらそう叫んだ。

 とはいえ、アザミに彼を責めることなどできようはずもない。


「で、でも、おかしいでごわす! あいつら、最初から知ってたでごわす!」

「え?」


 驚いてガナールを見つめる。


「どういうことですか? あなたが口を滑らせたわけではないと?」

「ま、まあ、それは間違いないでごわすが……おいどんは『パッヘルさまが大変なんでごわす』って言っただけでごわす。それをあの白い妖精は『ひょっとして、また記憶喪失になったとか?』って」

「また……?」


 アザミは再びニョルルンと顔を見合わせた。


「も、もしかして、パッヘルさまが記憶喪失になったのは、今回が初めてではないのですか?」

「ボ、ボクも知らないニョロん! でも、あいつらは見かけによらず長生きだから、もっと昔のことなのかもしれないニョロん。この中で一番古株なのは……」


 二人は同時にガナールを見つめた。

 ガナールは慌ててかぶりを振る。


「おいどんはもう十年ぐらいこの館で暮らしているでごわすが、そんな話は聞いたことがないでごわす」

「それじゃあ、もっと昔からいる方々に尋ねてみましょう」


 執事のシープルは三十年ほど前から従事していると聞いたことがあるし、グラントは更に古顔のはずだ。彼らなら何かを知っているかもしれない。


 ただ、少し妙ではある。


 パッヘルが過去にも記憶喪失になったことがあるという事実は、今回の記憶喪失を解決する大きな手がかりのはずだ。もし知っていたのなら、どうして彼らはそのことを教えてくれなかったのか。


 ――パッヘルさま。


 アザミはふと森に目をやった。今朝パッヘルたちが歩いていった方角だ。


 パッヘルさま。あなたはいったい……?


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