02 エリッヒが語る所によると
――本日は、アデャータ紳士院で、学期末のパーティーがありました。
お嬢様も先日、淑女院の方で開かれたパーティーに行ってらっしゃいましたよね? 僕は淑女院のパーティーには行った事がございませんのでハッキリとは分かりませんが、紳士院のパーティーは淑女院のちゃんとした社交パーティーとは違い、紳士として正しく振舞う前半と、無礼講になる後半で全く別の二つの顔を持っています。
あ、あ! この事は広めてはいけませんよ、紳士院の皆の秘密なのです!
え、えと。
ともかく後半に入りますと、皆お酒を飲んだりする事もありますし、学年やクラスや爵位などの垣根を越えてガヤガヤするのです。え? わきあいあい? いえ、あれはそんなものではありません。ガヤガヤドンガラガッシャンです。普段は厳しい先生方も、多少のおいたは目を瞑ります。あっ、本当に、他で話しちゃだめですからね! 栄えある紳士院が普段からそうだと思われたら大変です。いつもはちゃんと紳士らしく皆過ごしてるんです。……ほんとですよ? ほんとですって!
う、はい。ちゃんと続きを話します……。
それでそのパーティーの後半の最中だったのですが、突然、今年卒業の先輩が檀上に上がりました。完全に酔ってました。顔真っ赤でした。お名前ですか? えーと。言っていいのかな……うっ、わ、分かってます! お嬢様に嘘なんてつきません! ちゃんと真実を、全て言います! 言いますからアンさん、熱々の紅茶入れないでくださいいいい! こぼれて、あち、アチッ!
……はい、えっと、最初に檀上に上がった先輩の話からでしたよね。
名前はヨアヒム・フォン・ミュッケ様です。はい、ミュッケ伯爵家の嫡男の。僕は普段縁がありませんので詳しくは存じ上げませんが。お嬢様はお知り合いですか? ……そうですか、婚約者のクリスティーネ様とご友人なのですね。う、い、今から言うのは僕の言葉ではないので、怒らないでください。
えっとどこまで言いましたっけ。そうです。檀上に上がって、そしたらミュッケ先輩は突然、大声で言ったのです。
「わたくしは真実の愛を見つけた! よって、クリスティーネ・ウェーバーとの婚約を破棄し、愛しきクリスティーネと結婚する!」
って。
へ? 声真似? はい! 似てますか? 僕のクラスで最近声真似が流行ってるんですけど、僕上手だっていつも褒められるんです! 先生の声真似も出来ますよ。「フンガー! 陶磁器やガラスを持つな! 次割ったら今度こそニュスライン卿に請求するからな!」あ、いえ、割ってません、ほんとです、本当に割ってませんから!
……話を戻しますね。
それで、最初は冗談かなぁって思ったんです。だって、クリスティーネ様との婚約を破棄してクリスティーネ様と結婚するって言うんですもん。皆も冗談だと思ってて囃し立ててたんですけど、仲良しでいいなぁとか。そしたらミュッケ先輩怒っちゃって。違うって言うんですね。クリスティーネ・ウェーバー様との婚約を破棄して、平民のクリスティーネと結婚するんだって。最初は酔っ払いの戯言だと思われてたんですけど、何度も繰り返すので段々皆冷静になってきて、えっ、えっ……て空気が固まっていって。
当然、それを聞いたらクリスティーネ様側の人が黙ってる訳ありませんよね。
はい、お嬢様の言う通り、紳士院にはクリスティーネ様のお兄様が通われていらっしゃいます。
ウェーバー先輩が檀上に上がってミュッケ先輩と言い争いを始めちゃって、大騒ぎになって、結局双方の友人になんとか檀上から引き下ろされて別室に連れて行かれました。
みんなしらけちゃって、酔ってた奴もだいぶ冷静さを取り戻してました。
僕の学年に、トマスって言う気の良い奴がいるんです。場を盛り上げるのが上手い奴で。そいつがなんとかしようって檀上に上がって空気を変えたんですけど、そしたらその場で別の奴が上がっていきました。ハンノ・ワイエンマイアーって奴です。
僕こいつ嫌いです。ウッ、分かってます。侯爵家の三男ですから、間違っても勿論本人に言ったりはしませんよ! でもお嬢様も知ってるでしょ、こいつほんとに女癖が悪いんです! あんな奴、僕は嫌いです!
……で、噂が噂だったのでまともな事言いそうにないし、トマスもこの場でワイエンマイアーには会場の主導権を渡したくなかったんですけど、トマスは俺と同じで子爵の息子なので家をちらつかされたら会場の主導権を渡すしかなくって、それであいつ、すっごい上から目線で言ったんです。
「先ほどはミュッケ伯爵令息の素晴らしき勇気ある行動を見て、わたくしも気持ちを固めた。アニエルカ・クロージックとの婚約を破棄する。かの女はわたくしの愛しいアニーに嫉妬し、幾度となく命を狙った! クロージック家には後々賠償金を請求するから覚えておくように」
もう最悪でした。
クロージック家っていったら、分家の数も多くて一族の連帯感も強いじゃないですか。その、アニエルカ様がアニー? とかいうワイエンマイアーの恋人の命を狙ったのが事実かどうかは僕には分かりませんが、でもワイエンマイアーの普段の様子を思ったら、そうしたくなるもんでしょ。普段から社交界でエスコートもまともにしないようなクズですよクズ!
……で、その場で乱闘です。クロージック本家の方はその場にいませんでしたけど、僕みたいに本家で働いてる分家筋の人間は沢山いましたし、もうワイエンマイアーぼっこぼこでしたよ。
あのパーティーで宣言したのは不味かったですね。多少のおいたは見なかった事にされるので。侯爵令息とは言え、みんなしらーーーって感じでした。知らんぷりです。
で、またワイエンマイアーとクロージック一派が出ていって、トマスがそこから苦労して立て直したんですよ。
そしたら!
また出て来たんです!
あほかって感じですよね。もうここまで来たらまさかって流れが分かってるもんで、令嬢側の関係者が、アホ野郎が檀上に立って宣言してる途中で殴り込みになりました。凄かったですよ。
「僕、グスタフ・ファン・ロスナーは愛しい姉バルバラを陥れようとしてくるエルフリーデ・イスキエルドとの婚約を破棄し――」
「うちの従姉をいつも陥れようとしてきてるのはそっちの姉だあ!!!!」
「ぶへっ」
って感じで。
ロスナーは檀上に上がって一分もかからず、婚約者のエルフリーデ様の従弟殿――僕は知りませんでしたが、友人曰くこの、檀上にロスナーを殴り込みにいった従弟殿は早くに親を亡くし、イスキエルド卿に引き取られて、エルフリーデ様とは姉弟のように育ったそうです。そりゃ怒りますよね。当然です。
このペアが一番最速で退場しました。
で、トマスが疲れを見せながらも立て直そうとしたら、今度はまーーーーーった出てきたんですよ! 今度は子爵子息でトマスも同じ階級だったんで「引っ込んでろ!!」って怒鳴ってました。セーフです。パーティーの後半に入ってたのでセーフです。大声でしたし確かに怒鳴ってましたがセーフです。普段はちゃんと紳士的な奴なんですよ、トマスも。
……なんですけど、そいつはトマスの事檀上から突き落として大声で言ったんです。
「俺、ポール・マルジャンは従妹のリーザと婚約を破棄する! そして、また従妹のマリーナと結婚する! リーザはいつもいつも、マリーナを虐めていた! あんな女を嫁には出来ない!」
この場にはリーザ様とマリーナ様の近親者はいなかったんですけど、聞いただけで分かるぐらいに完全に一族内のゴタゴタじゃないですか。従妹とまた従妹ですよ、関係者。
マルジャン家と関わりの強い家の令息たちがマルジャンの事を連行していきました。「お前正気か!?」「馬鹿じゃねえのか!?」って怒鳴られてました。正気じゃないし馬鹿だと思います、僕でもそう思います。……そうですよね、正気でもないし馬鹿ですよね。
で、もうパーティーも最後の時でした。
僕は突き落とされて足を痛めたトマスを背負って、会場を退出しようとしたのです。
流石に皆、いくら酔っぱらって無礼講とはいえこんな訳の分からないカオスな事が起きて、もう騒ぐ気も起きないみたいで、解散しようぜって空気でした。
そんな中、あの男は檀上に立ちました。トマスも退いてたので誰も止める人はいませんでした。
それで、わざわざ声が通りやすいようにして、言いました。
……声真似しなくていいですか?
いややっぱします。だって僕の声で言いたくないです、こんな事。ざっくり言うと……え? 誤魔化さず、ちゃんと全部? ……分かりました。お嬢様がそれを望まれているのなら、ちゃんと一字一句、覚えておりますから。
ごほん。
「待て、エリッヒ! お前にはあの性悪に伝えてもらわなければならぬ! 俺、ジャック・ガイスラーはブリギッテ・ニュスラインとの婚約を破棄する! 理由はブリギッテが犯してきた悪事だ! あの女は涼しい顔をして裏では平民を虐げ続けていた! そのせいで数多くの平民が命を落としている! 俺はもうこれ以上、黙って見過ごせはせん! エリッヒ、お前にはこの事実をあの女に突き付ける大役をやろう。俺に入れあげているあの女の事だ、俺との婚約が破棄される事をお前が告げたりすれば怒ってお前をクビにするやもしれんが、その時は我がガイスラー家で雇ってやる。訪ねて来るが良い!」