第24話 空き部屋(ダンジョン)の鍵貸します?
深まる秋、軒下に吊るされた干し柿とキノコたちが風に
揺れている。
その風には、ほんの少し冬の気配を忍ばせていた。
納屋の脇に高く積まれた薪を、暖炉や竈に使いやすく
するために、
俺は薪割りに勤しんでいた。
(ターブランってさ、冬は冬眠はするのか?)
俺は頭の上に乗る友人に声をかける。
(そうだな、そろそろ準備をしなければ成らないだろう)
俺より少しだけ年上の凛とした少年の声で答える。
(何か準備してほしい事とかあるか?)
(心配には及ばんよ、元居た所に戻るだけだ)
(ああ、あの岩山の所ね)
俺は納屋の隣に有る、母屋の向こうに有る岩山を見た。
ほんの数ヶ月前に彼処で『元・森の賢者』であるデッチ
と死闘を繰り広げ、今は俺の頭に鎮座する友人の亀さん
『四聖序列四位・玄武ターブラン』と出会った場所だ。
真っ白なツルツルの甲羅に同じく、白い小さな手足
小さくて黒いクリクリの瞳が可愛い『ラスボス』さん
で有る。
この亀さんは永い時を生きているようで、大福餅みたい
な体に大量の知識が詰まっている。
俺の全てを知る相談役、妹マーシャの大切な友達。
(ただ、マクートの好意に甘えるならばアレを貰い受け
ても良いか?)
(アレって?)
(私のベッドだよ)
ああ、アレね。
マーシャは大切なモノは枕元に置いて寝るクセがある。
それはそれで可愛いらしいのだが、この所冷える朝は
友人が堪えるらしく、小さな木箱におが屑を敷き詰めた
ターブラン専用ベッドを俺が拵えたのだ。
(それは構わないが、そうか・・来年の春までお別れか)
マーシャに何と言って説得しよう?
パパンの協力・・『使えないブロディ』に期待するだけ
無駄ってモンだなぁ。
ママンに協力して貰うのが1番妥当だろうな。
しかし、コレで『マーシャに豊かな情操教育を』作戦も
一時中断してしまうな、デッチを使うか?
禿げたスマトラオランウータンが友達?ナイナイ!
あのお猿に期待するのは食糧確保のみである。
因みに、デッチの存在は家族に公表済みである。
初対面でマーシャは泣き叫びながらママンの後ろに
隠れ、ママンはマーシャを庇いながらデッチを睨む。
パパンは戦闘に備えて体勢を構えて、体から緊張感と共に『移〇の歌』も流れて来た。
アンタの体はどうなっているのだね?
そんな緊張感が有るんだか、無いんだか?良く判らん
空気の中で俺は「あのお猿さんがくれたのぉ」
と、無邪気に渋柿を家族に見せた。
「こうして食べると美味しく成るんだって!」
と、事前に造り置きした干し柿を家族に食べさせて見た
『甘味で家族の胃袋掴み大作戦』が実行された瞬間で
有る。
こうして、アイツには悪意は在りませんよ?
見た目がハゲのスマトラオランウータンですよ?
顔は怖いがハゲてるだけ、怖くないよ?
と、説得して俺の側に居ても大丈夫なように工作した。
「お前は変な奴等に懐かれる体質なんだな」
と、パパンに言われたが。
「その変な奴等筆頭がオメェだよ」は飲み込んだ。
俺は出来た息子である。
一時、『魔法』の先生を俺とマーシャにお願いしようと
考えたが、俺以外にデッチと意思の疎通は出来ないので
却下した案である。
しかも自分よりも大きなスマトラオランウータンの見た
目で有る。
マーシャが泣くのは目に見えている。
(んーどうしたもんかなぁ)
(どうした?マクート、マーシャの事で悩み事か?)
流石、『ラスボス、四聖序列第四位』俺の考え事は
お見通しである。
俺は素直に相談してみた『報連相』ってホント大事よ!
(それならば、以前知り合いから預かったモノがある
其れを譲ろう)
ターブランの知り合い?この世界の頂点にいる存在の
知り合いってなんだ?
(ターブランの知り合いって、大丈夫か?)
主に人類方面が。
(心配には及ばんよ、私の代わりに私が守護する地域の
目となり、遠くを見てきて貰う小さな小鳥たちだ)
おお!小鳥!いいね!小さな小鳥を指や肩に乗せて
戯れる少女!マーシャの情操教育にもピッタリだ!
話も纏まり、デッチに小鳥の卵を取りに行って貰う。
さぁ、俺は薪割りに戻ろう!
此処、シャール辺境領は自然にも鉱物にも恵まれた土地
で有る。
領都シャール・エランの北に有る街は石炭が採掘出来る
鉱山が存在し、東には良質な鉄鉱石が露天掘りで採掘
出来る土地が存在する。
水源もラッケ・スワーニュという湖もあり、塩以外なら
自給自足も可能な土地であり、非常に豊かな辺境領なの
で有る。
そんな豊かな場所が国境を2つも有してたら、国内からもそして国外からも非常に宜しくない、所謂お訪ね者が
自然と集まる場所である。
そんな場所でマーシャを家族を守る為なら遣るべき事は
率先して遣らなければ成らない。
俺が1番怖れるモノは魔物でも、闇に捕らわれた怨霊
でもない。
人間である。人間こそが好意や善意の仮面の下に悪意を
隠して、何喰わぬ顔で近づいてくる。
その悪意を忍ばせた人間からマーシャを守る為に俺は
自己鍛練を始めた。
ふんっ!
短く吐かれた息に合わせ、鉈で薪を割る。
普通は3歳児がこんな事はしないだろうが、所がドッコイ
俺は普通じゃ無いんだな、コレが。
中身はもうすぐ40になるオッサンで有るが、最近は心の
在り方が身体の方に近づいているのを感じる。
別にそれは問題ではない、俺は在るがままを受け入れる
ただ、現世の家族には一生の秘密として墓に持って
行こう、俺は今の家族が大好きだ。
お馬鹿でたまに体から『移〇の歌』を垂れ流すパパン
美人だが、メシマズで胸にコンプレックスがあるママン
愛らしく、天使の様な妹のマーシャ
皆が俺は大好きだ。
だからさ、前世のオヤジ、母ちゃん、姉ちゃん
俺はちゃんと成仏して、今を生きるよ。
先に逝ったのは悪かったけどさ、何時かさ悲しみに
慣れたら笑ってくれないか?
こんなヤツだったなぁ〜ってさ。
考え事をしながら薪割りをしていたのがいけなかった
のか?
薪が中の節に当たって止まってしまった。
強引に薪を割ると鉈の一部が欠けてしまっていた。
「あちゃーパパンには素直に謝ろう」
「どうした?マクート」
等と独り言を言っていたら、いつの間にかパパンが街
から戻って居たのか?俺の後ろに居た。
「ああ、お父さんごめんなさい鉈を壊しちゃった」
俺は欠けた鉈をパパンに見せて手渡す。
「ああ、コレは石くる節に当たったな」
「石くる節?」
「ああ、たまにな木の中に石のように硬い節が存在して
居てな、こうして刃物をキズ付けてしまうんだ」
「どれっと」
パパンはそう呟き、ポケットから小さな石を取り出した
石を鉈の欠けた所に当てて魔力を込める。
すると、小さな石が光り欠けた部分を埋めるように輝き
光が収束していく、すると鉈の欠けた部分が元通りに
成っていた。
「凄い!お父さん魔法みたいだね!」
俺は興奮してパパンに問いかけた。
もう、瞳もキランキランしてるのが自分でも判る。
俺、初めてパパンを尊敬するよ。
そんな俺の眼差しを受けてこのブロディは浮かれる。
「どうだ?父さんの魔法は凄いだろう!」
「うん!とっても凄い、凄〜い」
うん、ブロディが浮かれているのがわかるわ。
だって、鼻の穴ビッグに為っているもん。
「お父さん、僕にもこの魔法使える?」
「ああ、マクートだってコレ位直ぐに出来るさ」
パパンの大きな手で頭をグリグリ撫でられる。
こうして、平和な1日が終わろうとしていた。
のだが。
凶報はその日の夜にもたらされた。
鳥の卵を取りに行ったデッチが撃退されたのだ。
俺の家の裏で何が起こっているんだ?
ターブランは無言で何かに耐える様な表情をしていた。
干し柿の下りは魔法でデッチが何とかした。
と、お考え下さい。
魔法って便利だな。




