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どんな敵もその場で手をギュッと握るとぼんっと潰せますが面倒なのでイケメン勇者に押し付けて田舎で気ままに暮らしたい

別の投稿作品の筆が進まず、気分転換に。

「ようこそおいでくださいました、勇者様方。……あれ? 」


突然の暗転。視界が開ける。


彼、マキノ シュンは少し周りに目をやると、同じ高校の制服を着た男女が三人が立っており、挙動不審な様子で周りをキョロキョロと見ていた。


映画に出てくる中世のお城の玉座のような広い部屋で、周りには中世のような洋服を着た多くの男女が立っておりこちらを見定めるように見ているのが伺えた。


ふと前を見ると映画の中から出てきたような、豪華な服を着た女の子が、その両脇を中世のような鎧を来たで男女に挟まれ立っていた。


そして、とまどうこちらを気にすることもなく、澄んだ声色で冒頭の言葉をかけられたのだった。



◇◇◇



時間は彼らが異世界に喚ばれるより少し前に遡る。


帰宅部のマキノシュンは毎日通い馴れた通学路を一人で彼は鼻唄交じりに歩きながら家へと帰っていた。


彼は特に背が高くもなく容姿も人並み、この人物の役割について百人に聞けば百人が口を揃えてモブと答えてくれるそんな男の子だった。


その後ろ、少し離れた位置を制服姿の女の子が二人並んで喋りながら歩いていた。


片方のサナダ マナは茶色の髪を肩まで伸ばした先を少しカールさせた少しギャル系の女の子で、もう片方のカリノ リカは肩まである黒髪をゆるふわパーマにした女の子で、二人はタイプは異なるものの美少女と呼べる容姿をしていた。


「あっ、あれは……。」


片方の茶髪の女の子マナはふと前を見て、歩くシュンを見つけるともう片方の女の子と話すのを止めた後、小さく声を発した。


もう片方の黒髪の女の子リカも彼女の目線を追って前を見る。


「どうしたの、マナ? ……えーっと、あれ誰だっけ……。ああ、そうだ同じクラスのマキタ……じゃなくて、マ、マ、マ、……マキノだったっけ。」


彼女は何とか絞り出すようにして、クラスメイトの名前を思い出す。


「マナ、えーと、あいつのこと知ってるの?」


「ひどいなー、リカは。同じクラスでしょ。名前ぐらい覚えてあげないと。 」


マナは苦笑してリカの方に顔をむける。


「えー、なんで親しくもないやつの名前なんて覚えないといけないの。記憶容量のムダよ、ムダ。あっ、でも顔は覚えてたわよ、変わってるもんあいつ。」


「あはは、ひどいなー、リカ。でも変わってるって何が?」


「なんか、時々、教室で窓の方を見ながら一人で 、くくく、俺の目が疼くとか言って、片目を押さえてたりするし。ちゅう何とかって言うらしいわよ。」


彼女は彼の真似であろう片目を押さえたポーズをして教えてくれる。


「あははは……。」


マナは苦笑いをして返答に困っていた。


「で、マナ、あいつ知ってるの?」


「覚えてたかー。」


「そりゃあ、覚えているわよ。マナが珍しく男を見て声を出すんだもの。早く教えなさいよ。」


「まあ、知ってると言うか……。幼馴染みなんだよ、マキノシュンくんとは。……とは言っても高校生になってからは疎遠だけどね。」


マナは前を見て、少しはにかむ様な笑顔をした。


「え? あの変人とマナが? 信じられないわ。」


シュンをいつの間にか変人へとランクダウンさせたリカは大きく開いた口に手を当て驚きの顔を見せる。


「変人ってひどいなー、リカは。少しだけ、ほんの少しだけ変わっているだけだよ、シュンくんは。それにけっこう頼りになるんだから。」


そう答えるマナに、リカは疑いの眼差しを向ける。


「えー、本当に? にわかには信じられないんだけど……。騙されてるんじゃないの、マナ。」


「本当よ。」


「ふーん。まあ、マナがそこまで言うなら信じてあげなくもない……こともないわ。」


「あははははは。リカはそれでいいと思うよ。」


「それより、あんな変人なんか置いといて、あっちよあっち。」


もう興味を失ったのかリカはシュンから目を離して、後ろの方を歩く男の子を見て、手を振りながら声をかける。


「リュウヤー、今帰りー?」


彼女に手を振られた男の子は、軽く手を上げて応えると彼女の方に向かって歩いてきた。


彼女達より頭ひとつ以上高い、いわゆるイケメンの彼、アサノ リュウヤは二人に近づくと爽やかな笑顔を見せながら声をかけてきた。


「やあ、二人とも。今帰りかい?」


リカは先ほどまでとは違った猫なで声を出して、リュウヤにすり寄る。


「そうなのよー。リュウヤもー帰りなのー?」


「ああ、今日は珍しく早く帰れたんでね。」


彼はサッカー部のエースを務めており、普段、この時間は部活に励んでいる。


彼の言うようにこの時間に帰ることは珍しいことではあった。


「そうなんだー。……あ、そうだ! それならこれからどこかに遊びに行かない?」


「え? 遊びにかい? うーん……。」


悩む素振りをみせる彼にリカは近づいて彼の手をとる。


「えー、行きましょうよー。めったにないんだし。」


「うーん、そうだなー。…あ、マナは行くの?」


彼は白い歯を見せた爽やかな笑顔でマナの方を見て問いかける。


それまで、他人事のようにぼーっと二人を見ていたマナは、声をかけられたことに気がつくと、慌てて彼の方を見る。


「……へ? わっ、わたし? えーと、どうしようかな……、あはは。」


「行きましょうよー、マナー。」


迫ってくるような圧力を二人から感じたマナは後ずさりしながら苦笑いを浮かべた。


彼女は違和感を感じて何気に足下を見たとき、彼女たちを囲むように地面には薄く光る輪が描かれていた。


「え? 何これ?」


マナの声で下に目を向けた二人も驚く。


「「え?」」


光は瞬く間に強くなっていく。


「え? え? い、 いや、だれか助けて。」


大きくなる光に、直感的にゾッとしたいやな寒気に襲われたマナはその場で動くこともできずに思わず声を上げる。


その時、遠くから走ってくる音が聞こえた。


「おおっと、こっちから俺を喚ぶ声が聞こえる。……ってあれは?」


「あ、シュ、シュンくん、助けて!」


「……えーと、マナちゃん、じゃなくてサナダさん、と……あと二人、何やってるの?」


シュンは三人を覆う光の外から声をかけた。


「お願い、外に連れ出して。」


光が大きくなる中、マナはシュンの方に手を伸ばす。


「えーと、連れ出せばいいの?」


「お願い!早く!」


「わかった。」


シュンはマナの手を掴んだ。

その瞬間、三人は姿を消していた。

そして、マナの手をつかんだシュンもいっしょに。


本来であれば、三人しか喚ばれなかった異世界の歴史に、よばれてもいない異物が混入し、異なる道筋を進み始めた瞬間だった。



◇◇◇



時間は冒頭に戻る。


「ようこそおいでくださいました、勇者様方。 」


前にいた豪華な服を着た女の子はこちらの四人を何度か見返すと小さな声で呟く。


(おかしいわねー。喚んだのは三人のはずなんだけど……。まあ、いいわ、後で考えましょう。)


「私はイシュリセーナ=リンスロード。この王国、リンスロードの第一王女になります。」


そう名乗った彼女は一呼吸おいて、三人と一人を見渡したあとに続けた。


「まずはお名前を教えていただけますか、勇者様方。お名前を伺った後に皆さんがお知りになりたい今の状況をご説明致します。」


そう続けたのだった。



◇◇◇



四人の中で最初に名前を紹介しようと話出したのはリュウヤだった。さっきまでの挙動不審な様子はなくなり、イシュリセーナの方を見て笑顔を見せる。


「それじゃあ、俺から紹介しよう。俺の名前はリュウヤ、アサノ リュウヤ。リュウヤって呼んでくれ。」


その堂々とした様に周囲も、ほうっと感嘆の声を挙げる。


「ありがとうございます、リュウヤ様。それでは、私のことはセーナとお呼びください。それから。」


そう言うと彼女は、他の三人に目を向ける。

マナとリカは彼女と目が合うと、その場でビクッと身を震わせた。


リュウヤはその様子を見て一つ頷くと、彼女達に向きながら落ち着いたようすで話し始めた。


「彼女達も混乱しているだろうから、俺から紹介しよう。彼女はマナ、サナダ マナだ。もう一方の彼女はリカ、カリノ リカだ。」


彼に紹介された二人はそれぞれ会釈する。


「ありがとうございます、リュウヤ様。それから、マナ様、リカ様、よろしくお願いいたします。」


そして、セーナは最後の一人に目を向けて、リュウヤの紹介を待った。


「……。」


「……。」


「……。」


話し始めないリュウヤにしびれを切らしたセーナが名前を言うように促す。


「……ええと、リュウヤ様、もう一人のあの方のお名前は?」


「え?」


リュウヤはシュンの方を見ると、初めて彼に気づいた様で驚いた。

そして、その時、シュンは目を閉じて手を顎に当てて、ひとり呟き、自分の世界に浸っていた。


「これは異世界召喚と言うやつか。くくく、とうとう俺の秘められた力を解放するときが来たようだな。くっ、俺の左手に封印されし悪魔がー。」


こんなことを言いながら。


「ええと、あの方は何を仰っているのでしょうか……。」


セーナは唖然としていた。

マナは慌ててシュンに近づくと、彼の両肩を手で掴み揺さぶる。


「シュンくん、しっかりして! ね、ほら、名前、名前を言わないと。」


「へ? マナちゃん? じゃなくて、サナダさん、どうしたの?」


まったく聞いていない彼の様子を見て、マナは自身の頭に手を当てて左右に振る。


彼女は気を取り直したように顔を上げると、セーナを見た。


「彼はシュンくん、マキノ シュンです。」


なんのことか未だに分かっていないシュンはマナとセーナを交互に見た。


「へ? へ?」


その様子を気にしないことにしたのかセーナは話を続けることにしたのだった。

彼女は横にいた騎士から占い師がもつ水晶のような丸い玉を受けとる。


「それでは状況をご説明する前に、皆様にはこの水晶に手を当てて頂きたいと思います。」


リュウヤが訝しげにして顔を傾ける。


「水晶に?」


「はい。それで状況の一部は自ずと分かるようになります。それでは……、まずはリュウヤ様。」


セーナはリュウヤに近づくと水晶を両手で持ったまま彼の方に出した。


リュウヤは促されるがまま水晶に手を当てる。

すると頭に女性のような声が響く。


(称号は、…………勇者 聖剣の使い手。)


「え?」


彼は驚いた顔して、声を発した。


それまで少し離れた位置で様子を伺っていたリカが慌てて彼のところに駆け寄った。


「どうしたの? リュウヤ?」


「声が聞こえて……。」


それを聞いた周りの人々はどよめいた。

セーナは周囲の様子を気にした風もなくにっこりと微笑む。


「それで声はなんと言っていましたか?」


「ええっと、勇者、それに聖剣の使い手と。」


リュウヤは聞こえてきた言葉をそのまま彼女に伝える。

周囲のどよめきは感嘆と歓声に変わった。


セーナは深く頷くと、隣にいたリカの方にも水晶を向けた。


リカは少し躊躇した後に、手を水晶に当てる。


(称号は、…………勇者 聖女 聖騎士。すごいわね、この子。)


「声が聞こえたわ。」


「それでなんと言われましたか?」


「ええっと、勇者、それに聖女と聖騎士。」


周囲は先ほどよりも大きくなどよめいた。


「称号が三つだと!」

「いや、それより驚くべきは勇者と聖女を同時にもっていることだ。」

「しかし、聖女はまずいのではないか、教国がなんと言ってくるか。」


そんな声が聞こえてきた。


「え? え?」


リカは理由が分からずに周りをキョロキョロと見る。


「静まりなさい。」


セーナの声とともに周囲は静まり返る。


「リカ様、気にすることはありません。予想以上の素晴らしいものだったもので、皆さん興奮してしまったのです。」


「え? あ、はい。」


セーナの言葉で少し落ち着きを取り戻したリカはなんとか返事をした。


「それでは、次にマナ様、お願いします。」


「あ、はい。」


マナの頭に女性のような声が響く。


(称号は、…………勇者 賢者。)


「ええっと、勇者、それと賢者です。」


「マナ様も素晴らしいです。それでは最後にシュン様、お願いします。」


シュンはうむっと、仰々しく頷くと、周囲の注目を一身に集めながらゆっくりと歩いてきた。


セーナの前に立ったシュンは再度頷くと、手を水晶に当てた。


ワクワクして待ちきれないシュンの頭に声が響いてきた。


(称号は、…………。なに? この子。なんかよくわからないものが付いてるんだけどー。うーん、まあ、いいや。あんたはなんか宿屋やってそうだから宿屋ね、わかった?)


(え? 宿屋ですか?)


(そうよ、宿屋よ。)


(闇の帝王とか、封じられし魔神とか、堕ちた堕天使とかじゃなくてですか?)


(……何言ってるの、あんた。ていうか、堕ちた堕天使って何? 言葉がダブってるし頭悪そうだわ。)


(あ、はい、すいません。)


これまでシュンの周りにいた人々は彼を無視するか生暖かく見守るのみだった。

面と向かって言われたことのない、豆腐のごときメンタルを持つ彼に、彼女? のストレートな言葉は突き刺さる。

彼は、思わず、ぐふっとその場で崩れそうになっていた。


シュンはなんとか水晶を支えに持ちこたえる。


(他のも何? 強いのか強くないのか分からない微妙な名前だし、それにバカっぽいわ。そもそもあんた、見た目はモブっぽいし、身の程を弁えなさい。)


(……。)


(ていうか、あんた何でこっちに話しかけられるの? 聖女でもこんなにはっきり聞こえないわよ。……まあ、いいわ、それじゃよろしくー。)


(……あ、はい、分かりました。)


言いたい放題の彼女? であったが、言い返す気力もなく、既に彼の心はぼろぼろだった。


彼の沈痛な表情へと変化した様相を見て何かしら感じ取ったのか、セーナが緊張した面持ちで彼に声をかける。


「……あ、あの、分かりましたか?」


(ていうか、途中から水晶がすごく重たくなったんだけど……、体重がのし掛かっているみたいに。)


まさしく体重がのっていた。崩れ落ちそうになっていたシュンの体重が。


「……。」


「あの、それで……。」


シュンは最後の力を振り絞って言葉を口に出した、あの女性? の言葉を。


「……宿屋だそうです。」


「へ?」


「宿屋だそうです!」


「宿屋ですか?」


「……はい。」


さきほどまでとは違った様子で周囲がざわめく。


「やどやってなんだ?」

「いや、分からん。」

「……夜弩矢。とんでもない弓使いじゃないのか?」

「バカじゃないの普通に宿屋でしょ、宿屋。セーナ、さっさと終わらせなさいよ。」

「いやいや姫様、神からの御告げを賜る水晶ですぞ。神様が宿屋なんてお告げをくださるわけが。」

「私も姫様と同じで宿屋だと思いまーす。」


そんな言葉が聞こえてきた。

見かねたマナが近寄ってシュンの肩をぽんぽんと叩く。


「あ、あのシュンくん。気にすることないからね。シュンくんがスゴいのは私が分かっているから。」


シュンは堪えきれずにマナに泣きついた。


「ううぅ。……マナちゃん、酷いんだ! あの水晶が俺のことをバカっぽいとか頭悪そうだとか。」


「はいはい。」


シュンの肩をぽんぽんと叩き続けて慰めるマナだったが、心の中は別のことを思っていた。


(うふふ、シュンくん、昔とちっとも変わらないわね。ていうか、呼び方が昔に戻ってるし。)


マナの心は久しぶりにふれ合う幼馴染に充足感を得ていた。


一方で、そんな様子の二人を、リュウヤは少し忌々しそうに、リカは驚いた様子で見ていた。


「リカ、あいつ、えーと、何て言ったっけ。あいつ、マナの何なんだ?」


「へ? マキノのこと? ああ、幼馴染らしいよ。信じてなかったけど、あの子の様子を見るとマジみたいね。」


「ちっ。」


シュンの言葉に頭が付いていかず、彼を唖然と見ていたセーナは周りの視線に気がつき我に帰ると、目を閉じて咳払いを一つした。


「おほん、それでは気を取り直して、先ほど途中までで止まっていた説明を続けることと致しましょう。」


セーナはリュウヤ、リカ、マナを順番に見る。

マナの胸を借りて未だぐずっているシュンはいないものとした。


「今、皆様に行っていただいたのは、皆様が持つ称号を知るため、勇者の称号を持つものを見定めるためでした。」


セーナは三人の反応を見ながら話を続けた。


「この国は今、人族の敵である魔王進攻の危機にさらされています! この国は魔王が率いる魔族の国である魔王国との最前線に位置しており、この国の敗退は人族の滅亡に繋がるでしょう。強大な魔王に立ち向かうには神から選ばれた勇者の力が必要なのです!」


セーナは一呼吸置くと、リュウヤに近づいて、その手をとった。


「リュウヤ様、あなた方のことです。我々には貴方の力が必要なのです。どうか我々をお救いください。」


そう言うとセーナは頭を下げた。

周囲の人間も一斉に頭を下げる。


「……セーナ、頭を上げてください。貴女は俺が守ります。魔王なんてこの力があればどうってことないですよ。」


セーナは顔をあげると、リュウヤに寄りかかった。


「あぁ、私の勇者様、ありがとうございます。」


彼は優しく彼女を抱きとめた。

横で見ていたリカがリュウヤに詰め寄る。


「ちょっ、ちょっとリュウヤ! そんな安請け合いするもんじゃないでしょ! それになんで私たちがやらないとダメなの?」


「リカ、さっき彼女の話を聞いていただろ。それは俺達が選ばれたものだからだ。この世界を救うために与えられたものなんだよ。」


「なっ、本気? あんた。 ……リュウヤは元の世界には帰りたくないの? ……私は帰りたい、帰りたいよ。」


「リカ……。」


「リカ様、申し訳ありませんが、一度こちらの世界に喚ぶと、すぐに送り還すことはできないのです。ただし、魔王の持つ宝玉の魔力があれば私の送還術で還ることも可能になるかもしれません。」


「リカ、まずは魔王を倒そう。セーナもこう言っているし帰る手段を探すのはそれからだ。」


「……。」


リカは俯いたまま顔を上げることもなく、ゆっくりと頷いた。


「ありがとうございます、リカ様、そして、リュウヤ様。」



一方、その頃のマナはというと、そんな話は一切耳に入っておらず、久々に味わうシュンとのふれ合いに酔いしれていた。


というか、彼女は既に美少女らしからぬ、とろけていくような顔をしていた。

よく見ると口の端にヨダレが垂れており、周囲の人々はそっと目をそらした。


(うー、ひさびさだよー。高校入ってからシュンくんに避けられていたみたいだったからなあ、異世界に来てこの状況だけでも感謝だよ。)


なお、セーナはというと先ほどの合間に彼女をチラリと見て、場を乱されるのを嫌い、周囲と同様にそっと目を逸らしたのだった。


◇◇◇


少し置いて、セーナは場の雰囲気を変えるようにパンっとひとつ手を叩くと周りを見渡した。


「それでは皆様、まずはお父様にご挨拶をしましょう。」


リュウヤが疑問を口にする。


「セーナの父親というと……、 それはもしかして……。」


「はい、この国を治める国王です。」


そう言って彼女が部屋の外に向かおうとドアの方を向いた時。

窓に面した後方の壁からドーンという音と共に壁が吹き飛び破片が周囲に散らばった。


セーナの周りにいた騎士が彼女を守る。


「「きゃあ」」


マナとリカはその場にしゃがみこんだ。


突然のことに動けないものも多くいる中、砂煙の向こうから、ここにいる人々に比べて身長が倍はあろうかという大きな、そして濃い緑色の肌をした男? が歩いてきた。


「確かここだったか? 我らが魔王様に歯向かおうとする勇者とかいう輩のいる場所は……。」


そう言うと男は蛇のような眼で、回りをヌルリと睨みながら見渡す。


「ちっ、魔族! どうしてここが!」


その男を見たセーナが忌々しげに呟く。


「あ、あれが魔族……。」


リュウヤは、自分の倍以上もある身長と、腰ほどもある腕の太さ、そして男の眼光の鋭さに圧倒されて身動きできないでいた。


「それでどいつが勇者だ? たしか……、男が一人と女が二人らしいが……。」


男はマナとリカに目をやり、次にリュウヤとシュンに目をやった。


「女はそいつらか。男はどっちだ? ……まあいいか、全員やれば間違いはないだろう。」


じろりと見られたマナとリカは小さく悲鳴をあげる。


「「ひっ。」」


男の言葉を聞いたセーナは慌てて騎士達に指示を出す。


「勇者様方を守りなさい。なんとかこの場を脱するのです。」


騎士たちが三人の周りに近づこうとする。

男はセーナの方を見ると、ニヤリと嗤った。


「どうやら重鎮もいるみたいだな。その顔は見たことがある。……たしか第一王女だったか。ついでにやっておくとしようか。」


「くっ。」


睨まれたセーナがたじろぐ。

その時、リュウヤが彼女を守るように前に出た。


「か、彼女は俺が守る。」


「……へえ、威勢のいいやつだ。ではお前からやるとするか。」


男はリュウヤの方に近づいてきた。

近づくと、その大きさがいっそう際立ち、リュウヤは恐怖からくる震えを抑えきれずにいた。


「あ、あぁぁ。」


◇◇◇


「マナちゃん、じゃなくてサナダさん。あの緑の人は何言ってるの? ていうかあれってメイク?」


水晶の中のお姉さん?から受けた暴言のショックから未だに立ち直っていなかったシュンは、ようやく周囲の緊迫した様子に気がついたようで、場の流れに付いていこうと隣に座り込んでいたマナにこっそりと話しかけた。


「へ? え? シュンくん聞いてなかったの? ……あと呼び方は昔と同じで良いよ。」


シュンの様子を見て少し落ち着きを取り戻したマナはしれっと呼び方を訂正しておく。


「あんた、聞いてなかったの? どんな神経してんのよ。」


マナの隣に座り込んでいたリカもシュンの様子で少し落ち着き、話に入ってきた


「マナちゃん、えーと、カリノさんがひどいんだけど。」


「あんた、私の名前知ってんの?」


「そりゃあクラスメイトだし、名前と顔くらいは知ってるよ。」


何を当たり前なことをと、シュンは憮然とした顔でリカを見た。


「ま、まあ、そうよね。あはは。」


今日まで、クラスメートにも関わらずシュンの名前と顔が一致していなかったリカは気まずそうに目を逸らす。


「あはは。えっとね、シュンくん、簡単にいうとあいつは悪いやつで私たちを襲おうとしているの。」


「そんな生易しいもんじゃないでしょ。……ここから生きて逃げられるかも分からないのに……。」


リカが訂正する。

それを聞いたシュンは考えこむように目を閉じた。


「あんたは逃げなさい。狙いは私たちとリュウヤみたいだし、何も役に立ちそうもないあんたぐらいは逃がしてくれるでしょ。」


リカは言葉に出すと実感が再度湧いてきたのか最後はひきつった顔でシュンを見た。

シュンはそんなリカを見た後に、いつになく真面目な顔でマナの方を見る。


「マナちゃん、つまりはあいつは悪いやつで三人を殺そうとしているってことだよね。」


そう言ってマナをじっと見たあとにシュンは分かったといった風にマナに対して深く頷くと、男の方を向いた。

男はリュウヤを守るように周りにいた騎士を吹き飛ばして壁に叩きつけ、今まさに襲いかからんとしていた。


「くくく、左目の邪眼が疼く。ふっ、この眼に秘められた力を解放するときが来たようだな。」


そう言うとシュンは左手を開く。

リカは悲壮な顔でリュウヤを見て、場違いなシュンの言動に怒りを覚えた。


「あぁ、リュウヤ……。あんた、こんな時に何いってるのよ。」


男が腕を振り下ろさんとしたときシュンはぎゅっと左の手を握った。


ボンっと音がして、周囲に元は魔族の体を構成していた緑色の破片が中の液体とともに飛び散る。


リュウヤとセーナの目の前で、男の体はまるで巨大な何かに握り潰されるように突然に周囲に弾けとんだ。


「え?」


目の前で突然起きた状況に呆然とするリュウヤ。

そして、彼は緊張がとぎれたのか、そのまま崩れるようにその場にしゃがみこむ。


周囲がざわめき始める中、セーナがいち早く動き始めた。


「さすがです! リュウヤ様!そのお力、見せていただきました。皆さん、見ましたか、これが勇者様に秘められたお力です。」


「おお、勇者様。」

「これでこの国も安泰だ。」


周囲もセーナに同調し始めた。


「ねえ、マナ。あれってリュウヤの力じゃないわよね。……だって、タイミング的には。にわかには信じられないけど……。」


そう言ってリカは未だに左手をにぎにぎしているシュンに目を向ける。

彼はまだ一人で呟いていた


「くくく、なんと容易いことか、我の集めたダークマターの一割も使っていないぞ。ふっ、こんなものでは邪眼の疼きはおさまらぬ。いや、しかし、此度の件は既に終わったこと。今はただこの羽根を休めるとしようか。」


いろいろ全開だった。というか、本人も何言っているかよく分かっていない。


「ねえ、マナはあれ知っていたの?」


頭悪そうなことをつぶやき続けるシュンをリカは冷めた目で見ながらマナに聞いてみる。


「……まあ、幼馴染だしね。それに、シュンくんはあんな風に少し変わってるぐらいの方がちょうど良いんだよ。」


「……なんか誤魔化された気もするけど、まあ、いいか。確かに、真面目な顔してリアルにあんなことされたらちょっと怖いわね。」


そう言ってリカは、シュンから目を離して、周りに持ち上げられて満更でもなさそうになっているリュウヤを見て、一人呟く。


「ただ、あれもどうかと思うわ。大丈夫かしら私たち……。」


「あははは。えっと、リカ、がんばろ?」


◇◇◇


同じ部屋の一画では、周りに手を振っているリュウヤを冷めた目で見ている二人組がいた。


一人は銀髪を後ろで束ね男装をした、シュン達と同じ年くらいの女の子、もう一人はメイドの格好をした女の子だった。


「ねえ、あれどう思う?」


「え? 姫様、どうって、えーと勇者様は凄いですねー。」


「また、心にもないことを。勇者がやったとは思ってないでしょ。」


「ええ、だってどうやったか本当に分からないですもん。あの魔族、突然弾けたとしか……。」


「まあね。それにしても、……セーナも上手くやったわねー。」


「そうですねー。」


周囲の浮かれる様子を見る。突然の魔族の襲来、そして、一人とはいえいきなり城まで抜かれたのは大問題だ。もし、王の命を狙われたと思うと、ゾッとする。それにどうやったか分からないが勇者の数と性別までばれていた。


彼女はこれからの原因の究明や対策のことを思い、頭が痛くなった。


「魔族がああなった原因だけれど……、まあ、あれはないわね。」


彼女は未だに一人で何かを呟いているシュンを見て、隣のメイドに問いかける。ただ、あれの称号も問題の一つだった。


(ていうか、称号が宿屋って何? 役に立つの? まったく役に立ちそうにないこど、あの水晶の言うことだし……。もう、いい加減にしてよね!)


こんな事態を招いた自分の異母姉妹に憤りを覚える。


「はい、あれはーないですよねー。」


そんな自分の主の心うちも露知らず、メイドもシュンを見て深く頷きながら同調したのだった。

細かく人物設定したので気が向けば長編で。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「左手」を「ぎゅっ」として「ボン」という無双ぶり、「宿屋」、何故か天の声?に返事が通る事が面白かったです。
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