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color:Dusk「代償」

 二人は警官に補導され、迎えに来た家族と自分たちの家に帰りました。発見された時、警官の姿しか見えませんでした。が、その背後からもう一人現れました。その人物は泣いているようでした。ハンカチで目元を押さえていたからです。と思ったのも束の間、“彼女”はこちらを見て目を光らせました。それは煮えたぎるような、怒りを顕す恐ろしい形相でした。ジェードの“おかあさん”です。父親はいませんでした。それは最悪の事態を連想させます。ジェードの書き置きを先に目にしたのが、父親ではなく彼女だった可能性がありました。もし父親が最初にあの書き置きを読んだのなら、彼も来ているはずです。それが来なかったということは隠蔽された可能性も有り得るでしょう。かわいい息子が書き置きをして家を出たのに、探さない親がどこにいるでしょう。大変なことになってしまったと、エクリュは恐怖と後悔に苛まれました。でもなぜ? エクリュは確かに誰にもばれずにあの廃墟まで行けたはずでした。道中見かけたのは遠くにいる知らない人でした。その人もこちらに視線を向けはせず、黙って家の中に入っていきました。つまり目撃者はいないということです。いいえ、そのはずでしたが、おそらくどこかで見ていた人がいたということでしょう。それを聞いた所でこうなってしまっては、もう手遅れです。


 エクリュは家に帰ると、両親にたっぷりお灸を据えられました。両親に叱られて、自分でも自分のしたことを責めてあまりにも落胆するあまり、エクリュはその晩まったく眠れませんでした。無力で浅はかな自分が嫌になります。エクリュは初めて親に頬を叩かれました。痛くて胸が抉られました。でもそれは自分のことを悲観したからではありません。自分の行動が招いた過ちを嘆いたからでした。「ごめんなさい! ごめんなさい!」そう叫んでエクリュは泣きました。幸いエクリュの両親は鬼ではありません。過ちを犯した息子が懺悔すると、最後は抱き締めて息子を許しました。でもエクリュ自身は後悔を拭い去ることができるはずもありませんでした。ジェード、僕のせいでごめんね! ごめんね!


 あの時見たジェードの“おかあさん”の目が脳裡に焼き付いて離れません。あれは息子を心配している母親の目とは思えませんでした。連れ戻された後、彼女に何をされるのか、考えるのも恐ろしいことでした。父親が助けてくれればいいのですが、あの母親のことです。きっとまた父親に隠れて、見えない所で息子のジェードに体罰を与えることでしょう。本当になんてことをしてしまったんだ僕は! エクリュは頭を抱えて朝を迎えました。睡眠不足で足元をふらつかせながら学校へ向かいます。



 その日ジェードは、休まず登校してきました。


「おはよう」とクラスメイトにも通常通り挨拶していました。でもやはり彼は傷付いていました。生々しい傷が見えない所に増えていたのです。彼は鞄を下ろす時、顔をぐっとしかめました。エクリュはそれでわかってしまったのです。また彼の背中が傷つけられたこと。虐待の事実があったことを。


「わあああああーーーーッッ!!」


 エクリュはその事実を理解すると耐えきれなくなって、突然精神が崩壊したように大声を上げて泣き叫びました。何が起こったのかわからないクラスメイトは彼から離れ、遠目から傍観します。ジェードが宥めようとしても収まりませんでした。やむを得ず彼が「誰か先生を呼んできて」と呼び掛けました。しばらくすると担任の先生が現れ、ジェードと二人で協力してエクリュを教室の外に連れ出し、落ち着かせるために保健室まで誘導しました。


 保険の先生がまずリラックス効果のあるアロマオイルを垂らした布の匂いを嗅がせて呼吸を整えます。それからジェードに宥められてようやく落ち着きを取り戻すと、睡眠不足だったことも相俟ってか、一旦ベッドに寝かされるとエクリュはすぐに気を失ったように眠りに就きました。


「よっぽど疲れていたみたいね」とすやすや眠るエクリュの寝息を聴いて微笑する保険の先生でしたが、その傍らで様子を見ていたジェードは複雑でした。エクリュがこんなことになった原因が昨夜のことにあり、彼がおそらく自分自身を責めているのだとわかっていました。それが申し訳なくて仕方ありませんでした。黙って彼はエクリュの手を両手で包みました。エクリュ、君にこんな思いをさせてごめんね、そう心の中で呟きながら。




 先生たちは早退することを勧めましたが、エクリュはそれを断りました。僕が具合が悪い所をジェードには見せられない。これ以上彼に心配かけたくない。そう思ったからでした。


「心配させてごめんね。僕はもう大丈夫だから」と頑張って口角を上げて、ジェードに笑顔を見せました。


「エクリュ……」


 ジェードは、彼も笑顔を返しました。瞳に哀しみを滲ませて。そしてエクリュをぎゅっと抱き締めました。


九話のイメージカラーはダスクです。一難去ってまた一難。雲行きが怪しくなってきたことを表しています。

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