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color:midnight blue 「二人の隠れ家」

 ジェードは書き置きを残して家を出ました。密かな仕返しとして彼は、その紙を父親の机の引き出しの中に忍ばせました。それを義母が先に目にしないことを願うばかりです。虐待されていることをおそらく父親は知りません。知った所で何かが変わる保証もありません。それどころか自分の立場が悪くなる可能性だってあります。なぜならあんなに狂暴な義母も、父親にとっては愛する妻だからです。血の繋がった息子だからといって、必ずしも味方に付いてくれるとは限りませんし、ジェードの話を信じてくれないかもしれません。それも覚悟の上でした。



 エクリュは最初ジェードと行動を共にする予定でしたが、ジェードと話し合い、長期戦になるかもしれないことも想定して、しばらくは食料を届けて様子を見ることにしました。夕方近く食料などを持ってこっそり家を抜け出すと、ジェードとある場所で落ち合うことにします。二人ともランタンを持参しました。その灯りを使って合図もできます。彼はある建物の前までやって来ました。この前二人で探索したあの廃墟です。そこは二人の隠れ家に最適でした。誰もまさかそこにジェードが隠れているなんて思いもしないでしょう。見付かるまでに時間が稼げそうです。



「ジェード~、いる?」とエクリュが声を潜めて中に話しかけます。空はまだ暗色に染まる前の暖色系の階調ですが、昼間とは違う静けさが漂っていました。影が濃くなって、同じ建物も見え方が異なります。暮れなずむ空の下にその建物はどこか寂しげに見えました。やがてその奥から灯りをちらつかせてそーっと誰かが出てきます。

「……」

 ジェードでした。

「出てくるの遅いよ。いないのかと思った」とエクリュが少しふてくされます。

「ごめん」といたずら小僧のように無邪気に笑うジェード。

「食べ物とか持ってきたよ」

 肩に掛けた布製の袋の口を広げるエクリュ。中には缶詰やらパンやら蝋燭やら、いろんな物がぎっしりと詰め込んでありました。

「わあ、すごい。ありがとう!?」

 ジェードが感激してくれて、エクリュは思わず笑顔になりました。自分が役に立てたことが嬉しかったのです。



 ジェードが先導して廃墟の中に入ります。二人で荷物を整理すると、おそらく昔そこで暮らしていた住人が置き去りにした家具に、腰を下ろして一息吐きました。


「丁度いいね、このソファー」と凭れた直後、埃でむせ返るエクリュ。廃墟なので誰も掃除する者はおらず、いたる所に埃が溜まっています。

「大丈夫? 掃除したほうがいいかもね」と言うジェードの意見に、エクリュは涙目になりながら「うんうん」と激しく頭を振って同意しました。

 とりあえず手でささっと埃を払いのけ、その手に付いた埃をパンパンと叩いてから、もう一度ソファーに二人で座り直します。ぼんやりとしたランタンの灯りが照らす部屋は、温もりを感じさせました。やさしさに包まれているようです。


「このままずっとここに居たい」


 暗闇とぼんやりした灯りが同居した部屋の中で、ジェードは幸せそうに目を細めて微笑みました。

「エクリュ、もっとこっち寄って」と手を閃かせます。

「何?」

 エクリュが疑問の表情で尻を滑らせ、ジェードのほうに身を寄せると――


「っ!?」

 ジェードが横から腕を伸ばしてエクリュを抱き締めました。

「ありがとう……」と言うジェードの吐息がうなじにかかります。間近にジェードの息遣いと体温を感じて、エクリュはくすぐったくて恥ずかしくて、体中が熱くなるのを感じました。そして自らも腕を伸ばし、ジェードの体に巻き付けます。ジェードが続きの言葉を紡ぎます。

「――僕のためにいろいろしてくれて」

「そんな、僕大したことしてないし……」

 そうは言っても本当はうれしかったエクリュは、照れ笑いを零しました。喜びを示すように、抱き締めているジェードに頬擦りします。ジェードは頭を擦り寄せて、お返ししました。顔を上げエクリュの目を見詰めてこう言います。

「そんなことないよ、エクリュ。君がいてくれたから、僕は学校に行くのが楽しくなった。“おかあさん”のことも、エクリュには怖い目に遭わせちゃったけど、家を交換して楽しかったし、一日だけど怖くないふつうの家族と過ごせてすごくうれしかった。今日だってこうして僕のために食べ物とか持ってきてくれたし」

「へへへ……」とエクリュは照れくさそうに鼻を擦りました。


「大好きだよ、エクリュ」

 ジェードが抱擁の腕を強めました。エクリュの頭に自分の頭を埋めるように寄せてきます。エクリュも同じように頭を埋めました。

「僕も、ジェードのこと……大、好きだよ」と顔を火照らせて。



 まったりとした時間が流れていきます。ジェードが愛おしそうにエクリュの髪を撫で始め、エクリュはその心地良さに目がとろんとしてきました。やがて指先が自然と動き、ジェードの髪に触れます。エクリュよりも柔らかいその髪を愛でるようにゆっくりと撫でます。

「ジェードの髪きれいだね」と言うとジェードが吹き出しました。エクリュはポカンとします。

「なんで笑うの?」

「だってこんな暗い所で言うから」

「そうだけど」とふてくされて唇を尖らせるエクリュ。

「明るい時さんざん見てるし」と付け足します。

「はは、なるほど」とジェードはまた笑いました。窓の向こうを見てふと切り出します。

「そろそろ帰った方がいいんじゃない?」

「まだ帰りたくない……」

 甘えたような渋るような声でエクリュが答えます。ジェードは「う~ん」と難しい顔をして呻きました。

「でも君は帰らないと、親が心配するだろ?」

「うーーん……」

 間延びした声で唸って、気が進まないことを示すエクリュ。でもそういうわけにもいきません。

「ほら、行って」とジェードが背中をポンと叩くと、エクリュが重たい腰を上げました。すると彼は、上から抱えるようにジェードの頭を胸の中に抱み込みました。一瞬戸惑うジェードでしたが


「ママに抱かれてるみたい」

 そう言って瞼を伏せました。次に困惑したのはエクリュです。

「ママ?」

「エクリュが僕のママだったらな」

「僕、男だけど?」

「それはわかってる」とジェードは微笑みました。

「そういうことじゃなくて、エクリュみたいな優しい人がママだったらなって話」

「あ、そういうことか!?」

 意味を理解して、後から恥ずかしさが込み上げてくるエクリュでした。


「しっ!」


 ふいにジェードが口元に人差し指を当てました。ざわざわと数人の人の話し声が聴こえてきます。小声で話しかけようとしたエクリュを、振り返らずにジェードが「待て」というように手で制します。

 誰か来たのかな? もしかしてジェードのおかあさんが……

 エクリュの脳裡に不安が過ります。でも女の人の声じゃないような。こんな暗くなってから誰が?


 窓の向こうに誰かが立っているのが見えました。その人影が顔を近付けこちらを覗いてきます。


「っ!?」

 エクリュは狼狽えて思わずビクッと後ろに反り返りました。ソファが軋む音が小さく鳴って慌てます。やばい、頼む、気付かないで! そう願い、固く目を瞑って懇願します。気付かないで! どっか行ってどっか行ってどっか行ってどっか行ってどっか行ってーー!?


「ガチャッ」と音が響きました。嘘でしょ!?

 どうしよう!? エクリュはパニックに陥りました。その手をジェードが掴んで、別の部屋に素早く誘導します。そこに隠れられそうな場所は……? ベッドの下は一人しか入りません。テーブルの下は丸見えです。あとは……


「ここにしよう」とジェードが促したのはクローゼットでした。二人入るのか? それは賭けでしたが、なんとかドアが閉まり、二人でそこに隠れることができました。息を潜めて侵入者が去るのを待ちます。話し声と靴が床を踏みしめる音が近付いてきました。その音はエクリュたちが隠れている部屋にも侵入してきました。ガタガタと家具を退かすような音が所々で鳴り響き、何かを探しているようです。


 駄目かもしれない。もう見付かっちゃう……! 諦めと恐怖で震えるエクリュの手をジェードが守るように握り締めます。荒くなる呼吸も震えも、エクリュには抑えることができませんでした。次の瞬間――


「?」

「いたぞ!」


 クローゼットのドアが開けられ、二人の警官と中に隠れていた二人の少年が対峙しました。







八話のイメージカラーはミッドナイトブルーです。黄昏時の空に迫ってきた闇を表わしています。

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