第39話 狂い咲きの季節 20
最悪だ。
最悪だ、最悪だ、最悪だ。
ウイッグと帽子をとられて、トイレの便器に突っ込まれた。おまけに、もめている時に貸しロッカーの鍵を落としてしまった。
いまのあたしは、本来の黒髪をさらして金色のカラコンをつけたジャージ女で、学校の連中が見れば、海野美月だとばれる。ウイッグや帽子、化粧で武装して、ジャージ姿の時だけは朝比奈恵でいられたのに。圭一と会って話せるケイでいられたのに。
這いつくばって鍵を探すあたしを、世間の連中は面白がって見ているだけだった。
鍵が見つからないのなら、早く駅を離れないと。知り合いに見られないようにしないと。
駅を出て歩き出したあたしの頭に、ぽつぽつ、やがて、ざぁざぁと雨が。化粧を洗い流されて、あたしは、海野美月でもなく朝比奈恵でもない、中途半端な変なジャージ女と化した。
最悪だ。
星占いは当たるし、干支占いも当たる。靴紐が切れるのは不吉だし、黒猫がよぎるのも、鴉が鳴いて睨んでくるのも不吉だ。
このまま、溶けて消えてしまいたい。
化粧のように、雪だるまのように。溶けて流れてしまえば、どんなに楽だろう。最悪なのは、あたしだ。
帰りたくない。どこにも居たくない。
あたしは、ぬれて重い足を引きずり、人の目が届かない場所へ、暗い方へ、暗い方へ。ミミズかモグラか、光をさけて歩いた。
このまま、さまよい続けたい。
オランダ人だか、ジャックだかのように、どこにもたどりつかないで生きていくことはできないのかな。ジャンプしても着地せず、走り続けても止まらず、どこまでも、どこまでも。
もちろん、現実にはそうは行かず。必ず、どこかへたどりつく。
その日、あたしがたどりついたのは、ビルとビルの狭間で少し雨をしのげる場所。ぐじゅぐじゅの足元に、すえたような変な匂い。通りからは見えないし、通路として歩く人もいない。建物のシルエットに挟まれ、細い筋のような空が、暗く沈んでいった。




