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第29話 狂い咲きの季節 15


 取り返しがつかないこと。


 そんなことは、世の中にそれほど多くない。毎日のように様々な人が様々な失敗をしていても、大概のことは何とかなる。


 命と言葉以外は。


 死んでしまえば、殺してしまえば、言ってしまえば、それで終わり。死者が生き返らないように、一度外へ出た言葉は無かったことにできない。


 取り繕うこと、誤魔化すこと、言い訳することはできるかもしれない。でも、人に伝えた言葉は、そこに巣食い、生き続ける。


 海野渚は、馬鹿野郎だ。


 命と言葉と、ふたつともについて取り返しのつかないポカをやった。


 まだ中学生の時、私は初々しくも幼馴染の平坂志功と付き合っていた。時々、家へ来ることもあって。と言っても、幼稚園の頃からの幼馴染おさななじみで、特別なことじゃなかった。


 志功は、あっけなく死んだ。


 時に聞く話で、家族や知り合いの運転する車にかれて。あるいは店の駐車場で、あるいは自宅車庫で、亡くなる人がいる。


 志功が、そうで。


 珍しく渚がうちへ来て、バーベキューでもしようかと。珍しく父がビールを飲み出して。珍しく志功が連絡もせずに訪ねてきて。珍しく我が家の猫が外へ出ていて。


 普段にはないことが重なって。


 渚はノンアルビールと普通のビールを間違えていくらか飲み。そのまま気付かずに、バーベキューの道具を出すためにどけてあった我が家の車を戻しに行った。

 ちょうど車庫では、外へ出ていた我が家の猫が帰ってきたところで。訪ねてきた志功が猫を追って車庫に入り、寝そべって、棚の下に潜り込んだ猫を呼んでいた。

 渚は路駐してあった車を車庫へ戻そうと車のエンジンをかけ、しかし、志功はイヤホンをつけて大音量で音楽を聴いていて、エンジン音を聞き逃した。

 迫る車に気付いた時には上着の裾が巻き込まれていて。声も出せないまま、車止めとタイヤに胸を挟まれて息ができずに。


 しばらくは生きていたのだろう。


 しかし、人知れず、そのまま志功は死んだ。志功の母親が探しに来て、みんなで辺りを探し回り、ようやく車庫の奥で死んでいる志功を見つけた。


 見つけたのは私だ。


 寝そべって何を馬鹿なことをしているのかと、そう思った。その時には、もう冷たくなっていたんだ。


 半狂乱の母親に詰め寄られた渚は、まさか人がいるとは、犬か猫か……。と余計なことを言った。犬か猫だったら良かったのに。そんな気持ちだったとしても、相手にしてみれば息子を畜生扱いかと。


 そこからだ。我が家の車で、渚には保険が適用されないこと、うっかりとは言え飲酒していたこと、気付かずにバーベキューを楽しんでいたこと。諸々のことで、遺族感情はもつれにもつれ、酒気帯び運転と合わせて、渚は逮捕の上、裁判を経て交通刑務所へ。


 その後、我が家がどうなったか。想像に難くないだろう。私と渚とは、仲の良い叔父と姪の関係には、決して戻れない。


 取り返しのつかないことは、確かにある。


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