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第19話 狂い咲きの季節 10


 剣道なんて、女の子のする競技じゃない。


 そんなことを言えば、全国の剣道女子に怒られるに違いない。でも、夏場の稽古は、この世の地獄だ。掛かり稽古なんて思い出したくもない。やめ! の言葉が聞こえてくるまでの短い時間が、何十分にも何時間にも感じられる。

 それに、防具独特の匂いがきつい。風を通したり、消臭剤を使ったり、いくら手入れしても染み込んだ匂いはとれない。何度、洗濯機に放り込んで丸洗いしてやりたいと思ったことか。


 それでも、わたしは剣道を続けている。平坂志功のことを思いながら。面を着けて、蹲踞そんきょの姿勢から、すっと立ち上がる瞬間、袴の裾を握って、上目遣いに見つめてくる少女の幻。


 これは、わたし。


 どこへ行くのかと、恨めしげに無言の問いかけをする幻を置き去りに、わたしは、相手の目と、剣先までの構えに意識を集中する。


 始め!


 号令と同時に、わたしの身体は、わたしを縛り付ける全てを振り捨てて跳ねる。試合が始まって終わるまで、そのわずかな時間だけ、わたしは自由になる。


 そのためだけに。


 いつだったか、高名な先生に、君の剣は刹那せつなの剣だと言われて、どきりとしたことがある。その通りだと思った。わたしは、過去とも未来とも切り離された今という刹那を感じたくて竹刀を振るう。


 何もかも削ぎ落とされた、線のようなわたし。左足で床を蹴って鋭く踏み込む。


 一本!


 審判の旗は、相手側に上がっていた。


 これでわたしは、今日だけで、二度頭を叩き割られて死んだ。明日は胴を斬られよう。小手は、打つのも打たれるのも嫌い。


 だって死ねないじゃない?


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