表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/11

クラスタ論。なろうクラスタにおいて、類は友を呼ぶか?

 やあ、樋口諭吉だ。


 俺のことを知ってもらおうと初めたこのエッセイだが、その必要性を感じなくなったので、このエッセイは本稿を持って完結としたい。


 このエッセイの締めくくりは、クラスタ論だ。

 すなわち、クラスタにおいて『類は友を呼ぶ』は成立するか?


 君たちはどう思う? なろうのクラスタを見回して、『類は友を呼んでいる』と思うか否か。


 階層論的な考え方を取るとしても、距離空間論的な考え方を取るにしても俺の答えは、クラスタにおいて『類は友を呼ぶは成立する』だ。


 活性の高い中心人物と同じような属性を持っていること。思想的に近い階層に属していること。それらがクラスタを形成するのだ。


 であるならば、今の俺の現状は、俺の考え方に類する人間が少ないということで、それは逆に幸福であることに気がついた。


 クラスタの成り立ちを考えるなら、クラスタには必ず同調圧力が存在する。


 中心人物を褒め称えないといけない空気。違う意見を排除しようとする空気。中心人物は似たような肯定コメントに返信しているうちに摩耗する。俺はそんなシーンをいくつも見てきた。クラスタ民が『その意見には同調できない』と言おうものなら、他のクラスタ民や承認欲求の強い中心人物から爪弾きにされる。


 そんなヨイショ楽園は俺には必要ない。そこから『得るものはなにもない』からだ。


 俺はコメントが欲しくて作品を書いているが、同調圧力による肯定を求めているわけではない。


 承認欲求は普段承認している側の俺には正直どうでもいいし、友の言葉を借りるなら『1円にもならない』。


 俺は、自分の頭で考えず、虚飾にばかり熱心で中身のない奴が嫌いだ。


 そして、そういう奴がなろうには多すぎる。俺はそいつらと交流する必要を感じないし、もう今感想をくれている人たちに向けてだけ、これからはエッセイを書いていこうと思う。


 そんなわけで今、このエッセイを終わらせる。


 このエッセイにコメントをくれた皆さん、どうもありがとうございました。

 皆さんのコメントのおかげで、ここまでエッセイを書くことができました。


 本エッセイはこれで終わります。本エッセイ読者の方で、『引き続きコメントしてやってもいいぞ』という人がいらっしゃいましたら、ゆるーいエッセイの方もよろしくお願いいたします。


 また会う日まで、さようなら。


 -完-

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点]  完結おめでとうございます。  やっぱこの手のエッセイって落としどころ分かんないですよね。  人気が無いのを嘆いて書いた連載エッセイなのに、最終回が人気獲得に対する向き合い方で終わるのがい…
[良い点] エッセイ全体→理論的に書かれていて読みやすかったです。なので、(同調圧力関係なく)樋口様の代表作? と思しき『いたもん』読んでみたいなと感じました(ブクマ済) クラスタ→言われてみれば同…
[一言] 先ずは完結お疲れ様です。  今現在のなろうでは、どうだか分かりませんが、かつての「純文学」や「ヒューマンドラマ」では切磋琢磨を良しとする、寧ろあって当然と言う空気のクラスタはありましたね〜…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ