91話 堕天使
アイとウルシャと俺は、ただその光景を見ていた。
夜空を彩る稲光のような天使同士の戦い。
航空戦とか実際に見るとこんな風に見えるのかなぁとぼんやり思っていた。
そんなイメージもないアイとウルシャは、形容し難い天使同士の戦いを、ただ驚愕しているに違いない。
しばらくして変化があった。
数回の強い閃光の後、その光に映し出されたのが数体の落ちていく天使の姿だった。
見るからにケアニスとは違う、大柄の天使たちだった。
そして、キラッと光ったかと思うと、轟音を立ててこっちに向かってくる影が1つ。
それが翼の生えた人の姿であり、輝く鎧と炎の剣で武装した天使だった。
「イセっ!! アイ様をお守りしろっ!!」
「鬼よ!!!」
出せる限りの全ての鬼をハイエースから呼び出し、俺たちの前へと並べる。
そこに迫る武装した天使は、鬼もろともハイエースまで、薙ぎ払えるほどの巨大な炎の剣を、振ってきた。
迫る圧力に、目をつぶりそうになるが、必死に開けて鬼たちを前へと出す。
アイを背に剣で受けようとするウルシャ。
いきなり訪れた危機に対して全力でぶつかろうとする俺たち。
だがその前に、瞬間移動してきたかのように現れたケアニス。
巨大な炎の剣を、光で作られた盾のようなもので防いだ。
ぶつかりあった瞬間弾けたて霧散した盾と炎の剣。
その武装を持っていたふたり。
ひとりは地上に立って睨むように見上げ、ひとりは空中にいて睨むように見下げている。
俺たちを守ったケアニスの格好は会った時のまま。
騎士らの正装を子供向けに仕立てたような格好のまま。
だが、空中にいる天使は、初めて会った時と違い、黄金の鎧で武装していた。
あの有名な女神の闘士みたいだ。
「ケアニス」
「キルケさん、退いてください。彼女たちは私たちの希望です」
「ケアニス。お前はそんなところで何をしている? 天使の役目を、『神器』の役目を果たせ」
「役目を全う中です、キルケさん」
「ならば後ろの者たちを殺せ」
あの時は退いた天使キルケによる宣戦布告を、こんなところで聞いてしまった。
「我々の役目を見失っているのはあなたです、キルケさん。これはチャンスなんですよ」
「お前の言うチャンスは、ただのピンチだ。これ以上の勝手は皆が許しても私が許さん。天界から追放処分とする」
「…………」
ケアニスは一瞬黙る。
仲間から追放と言われることは、相当堪えるはずだ。
ケアニスは俺たちの方を振り返る。
そしてニコリと笑った。
俺たちを安心させるための笑顔だ。
それにしてもこの状況で俺たちを気づかえるのか?
「いいですよ。追放処分受けましょう。真力の概念はすでに得ています。私の『神器』として、天使としての活動に支障はありません」
「……ほう」
「キルケさんたちの邪魔立てくらい防いで見せます」
「ほざいたなケアニス。ではこれから天使と名乗らず、悪魔でも堕天使でも好きに名乗るがいい」
「では堕天使の私から忠告しましょう。これ以上地上に仇なすのなら天界は地上から手を引くべきだ」
「仇なすだと。貴様、どこまで傲慢なのだ」
「次、攻めてくるのなら、その時こそ私が本気で相手になります。覚悟してください」
「っ!?」
それはケアニスが、ついさっきの戦いですら加減をしていたという宣言だった。
気付いたキルケは、見るからに焦る。
「……いいだろう。その傲慢、天界の総力をあげてへし折ってやる。覚悟をするのはお前だ、ケアニス」
言いながら、そして攻撃されるのを警戒しながら、ケアニスは俺たちの方を向きながら飛んでいく。
空の雲の中へ入っていくので、天界というのは本当に空中にあるのだろうと思った。
しばらく飛んでいく先を睨んで警戒していたケアニスだが、ふと力を抜いて地面にペタリと座り込んだ。
「ふぅ、助かりました。キルケさんならここまで言えば退いてくれると思ってましたよ」
まるでいたずらでも成功したかのような、笑顔だった。
「全力だったか?」
「はい。もう少し粘られたらアウトでした」
「それであの啖呵か」
アイの驚きは、俺もウルシャも同じだった。
力もあれば心も強い、天使……いや堕天使ケアニス。
こんなに頼もしい仲間ができるとは思わなかった。
かなりいい方の誤算だ。
「ふふ、これで私も引くに引けなくなりました。アイさん、イセさん、ウルシャさん、一蓮托生です」
そこまで言うケアニスは心強い。
が、なんというか……
古巣を裏切ってまで、女の子になりたいの?




