7話 護衛の誇り
「わかった。ではその『力』とやらを私に向けてみるがいい」
俺の言葉にウルシャは即答し、細身の剣をシャシャとフェンシングみたいに振り回して構える。
とても様になっていてかっこいいし、非常に強そう。
俺は鬼たちの方を見て、アイコンタクト的に「勝てる?」と伺ってみるが、返事っぽい反応はない。戦意を見せるウルシャに対して構えるわけでもなく、そこに立っている。
頼もしいけど、本当に大丈夫だろうか。というかこっちは鬼がやられても痛くも痒くもないが、ウルシャの方を怪我させたら……どうなんだ? 彼女、アイの護衛だよな?
そう思っていたら、焦った顔でアイがパタパタと前に出てきた。
「待て待てーっ! イセ、ちょっと待て。ウルシャも待った!」
剣士と鬼たちがぶつかるであろう間に、アイが出てきた。
「やめとけウルシャ。こいつらは魔法の鬼たちだ。傷つけてもまた呼び出せる。そうだな?」
聞かれた俺は、鬼たちの方を見て「どう?」と聞いてみるが、返答はこないので、ジェスチャーでわからないとだけ返事をしておく。確かに、壊れたらどうなるんだろう?
「こいつらを傷つけたら、イセの身に何か問題が起こるかもしれないし、おぬしが傷ついたらアイを守る者がいなくなる。だから止めてくれ」
アイの訴えは結構深刻な気がする。
護衛ってひょっとしてウルシャしかいない? だとしたらここで簡単に争うのは良くないか。
「戦うのは問題か……なら引っ込めておこうか……」
「いや。やろう」
「待て待て。ウルシャ、もういいだろ」
「よくはありません。アイ様の呼び出したイセとやらの『力』は見ておかないと、護衛としてどこまで信じていいのかわかりません」
なるほど、それは一理ある。
「そもそも、この本体であるイセがアイ様と殴り合って勝てる可能性も低い存在となれば、どんな『力』を持っているかによっては、切り捨てる時の目安になります」
ちょっと待て、切り捨てること前提か!?
言外に驚いていると、アイが「切り捨てないよ!」って目をこっちに向けた後、ウルシャに抱きつく。
「ウルシャ、そういうのやめろって。ホントは優しいのに敵をつくるぞ」
「アイ様。これは護衛としてひけません。召喚された者の『力』の価値はしっかり測らないといけません」
ウルシャの態度は、こっちに対する敵意みたいなものだけど、はっきりしている分、好感が持てる。
仕事のできる人って感じがする。
「わかった。ウルシャさんの挑戦を受けよう」
「違う。これは元々はお前が言い出したことだ」
「ごもっとも。訂正します。この『力』がどんなもんか見てください」
「わかった。では見せてもらおう」
「だから待てーっ。怪我したらダメーっ。そういうの無しの方向で!!」
無しの方向というと……なんだろう? 腕相撲とか。
「アイ様、心配してくださるのはわかります。しかし、いざとなった時、命を賭けてアイ様を守り通すのが私の使命です。怪我するからやらない、では護衛は務まりません」
「そういうのは、そういう時でいい。今はそういう時じゃないだろっ」
「アイ様はお優し過ぎます。だから心配なのです。こんな捨てられた犬みたいな輩が、ちょっと『力』があるから信用したとかだったら、私はもうどうしたらいいか」
捨てられた犬とか言われた。
「大丈夫だって。犬は大好きだから」
犬扱いは変わらないのか。
「困りましたね……」
ウルシャが苦笑して、愛しいものでも見るかのように抱きついているアイの頭を撫でる。
なんだかいいもの見せていただいてる俺。
こういう時は俺から提案してみればいいのかな。
「ならこうしよう。1対1で」
「イセ! 1対10でやるとかないから!」
「1匹だけで、私に勝てるとでも?」
アイとウルシャから、全然違う方向性で不満が出てきた。
「なら、ウルシャは剣を使ってもいいから、鬼から逃げ続ける。鬼はウルシャを捕まえたら勝ち。鬼ごっこルールで」
「鬼ごっこ?」
「そういう遊びがあるんだ」
「遊びか。ならいいかな」
「そんなんで『力』が示せるのか?」
「鬼がどんだけの能力があるのか見られると思うけど、どう?」
「ふむ」
ウルシャは考え込みながら、鬼たちの前へ出る。
体の大きさは鬼たちが圧倒的だ。2mは越えないくらいの高さに、横幅というか体の厚みが全然違う。
体格差は、ボディビルダーや力士と、美人モデルくらいか。
「迎え打ってもいいのだな?」
「もちろん。傷つけてもいい」
「いいのか?」
「大丈夫」
……多分、大丈夫だろう。
あんなワラワラと、車内に入りきらないところから出てきた鬼たちだ。
魔法の力で、ああいう形に生み出されたもののはずだから、傷ついてもきっと大丈夫。
「よし。それで試合としよう」
ウルシャが認めたことで決まった。
アイもこれ以上は口を出してもと思ったのか、気をつけてくれよと俺たちに言うだけにとどまった。
鬼の中で一番強そうに見えたやつを前へ。
その前にウルシャが立つ。
間合いは、2歩くらいで剣が届くくらいの距離間。
「スタートは、アイ様お願いします」
「お、おう……では……」
ウルシャは剣をフェンシングのように構える。
油断はしていない。
逆に鬼は、構えもせずにボーッとしている。
俺は鬼に「アイが始めと言ったら、ウルシャを捕まえるんだ。捕まえるだけだぞ」と伝えてある。
あとは、どうなるかは……ウルシャ次第?
「……始め!」
「っ!!!」
ウルシャは当然のように逃げず、前に出て剣が届く範囲に入ると、連続で突く。
鬼は顔を守るように腕でガードをし、剣撃に押されるように一歩下がった。
「……その程度か? 次は急所に入れるぞ?」
ウルシャは俺の方を見ながら言ってくる。
それは鬼への死刑宣告なのかもしれなかった。
確かにウルシャの剣の動きに、鬼はまったく反応できていなかった。
ただ顔を守るだけだった。
本当に大丈夫なのかわからない……俺は決断した。
「鬼よ。全力で! 本気で捕まえろ! その力を見せるんだ!!」
俺が宣言すると、すぐにわかった。
鬼から吹き上がる魔力がケタ違いにすごい。
それは俺よりも、アイの方がすぐに気づいた。
「に、逃げろウルシャーっ!!」
アイの言葉の前に、ウルシャも気づいていた。
全身に緊張感を纏いつつも、つま先立ちで鬼からどんな攻撃が来ても対応できる体勢をとっていたのが見えた。
その上で、俺は思い出した。
「……あ、やばい」
こいつらって……『ハイエースする』んだっけ……
「っ!!!」
ウルシャの前で、鬼は消えたように見えた。
鬼はただ間合いを詰めただけだった(0.1秒)
詰めた後、剣を持った彼女の手を握って無力化し、もう片手で両腕ごと体を脇に抱え込んだ(0.3秒)
鬼はハイエースへと走るが、人ひとり運んでいるとは思えないほどのスピードだった(0.2秒)
そのハイエースの扉はすでに開け放たれていて、扉を開けているのは一匹の鬼。
その鬼にウルシャを渡す時には、長剣は外に投げ捨てられていた(0.1秒)
ウルシャの体を渡された鬼は、そのまま車内へと入り、中で待っていた鬼と一緒にウルシャを抑え込んだ(0.2秒)
ウルシャを運んだ鬼は、後部座席の扉を閉めた後、運転席の方へ走り出す(0.1秒)
「待った!!!!!」
俺の制止に、鬼はピタリと止まった。
アイが逃げろと言い放って、ウルシャが鬼の気配に警戒をした直後の1秒間。
熟練の『ハイエース』を見た。見事としか言いようがなかった。
もし俺が鬼たちの行動に警戒していなければ、2秒以上の自由を与えてしまっていただろう。
「ウルシャ!!」
アイの悲痛な叫びと共に、俺とアイはハイエースへ駆け寄る。
後部座席の扉を開けると、鬼2匹がウルシャの防具をはずそうとする直前だった。
「ひけ。ひいてくれ」
鬼たちにそう命じると、鬼2匹はやれやれといった感じでハイエースから出ていく。
残ったのは、仰向けに倒れて動かず呆然としているウルシャ。
「ウルシャ! 大丈夫か!!」
アイが涙目でウルシャの体をゆする。
その瞬間、彼女の端正な眉が歪み、顔を真っ赤にして悔しそうな顔をした。
「くっ、屈辱……殺してくれ……」
「あ、言った」
見事な「くっ殺」だった。