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69話 石版のシガース

 この世界には車を止める信号は存在しないので、休みなくハイエースをかっ飛ばし、サミュエル自治領の町の近くまできた。


 道はエジン公爵領城下町から、目に見える範囲ではほぼ一直線。

 どうして道を作る人たちは、道を直進に作りたがるのだろうか。

 自動車社会でなくてもそうなのだから、人間にはそう作りたい気持ちが当たり前に備わっているのかもしれない。


 そして、ハイエースが人目につかないように森で降りて、サミュエル自治領の町を遠くから伺う。

 エジン公爵領城下町と同じか、それ以上の高い城壁に囲まれている。

 そして、城下町よりもずっと広そうだ。


 それもそのはずで、昔の帝国の帝都や、教皇庁のある教皇領と比べても遜色ない大都市とのこと。

 流通の中心で商業都市なのだから、当然といえば当然か。


 遠くから見て、夜遅くにも関わらずちらほら街道を行き交う人の明かりの火が見える。

 開いていない大きな門扉の下には、町に入るのを待っている人たちもいた。


 それをのんびり眺めている間に、アイは魔法で連絡をとっていた。

 連絡用の鳥は、飛び立っていった後、予想よりも速く戻ってきた。


「イセ。ここで待っててくれって。向こうからくるそうだ」


「ここに?」


「うん。しばらく移動せずにだって」


「では、自動車をここに隠しましょう」


 俺とウルシャは、荷台から大きな布を取り出し、ハイエースの上からかぶせる。

 木々の間に潜ませて、緑と茶色の布が覆いかぶされると、注意してみなければそれが何なのかわからないだろう。


「鬼はこの状態でも呼び出せますか?」


 試しに1匹召喚してみたが、問題なく出てこられた。

 布も邪魔にすらなってなかった。


「いざとなったらお願いします」


「サミュエル卿が、俺たちを襲ってくる可能性もある?」


「わかりません。ただ相手は『神器』の使者です。警戒を」


 ウルシャの警戒は、天使キルケが示した俺への排除のことだろう。

 アイ以外の『神器』が、俺を警戒しないわけがないと考えているのかもしれない。


「わかった。警戒しよう」


 ただのんびりと待つわけにいかなくなり、少し緊張しつつ待つことになった。


「師匠と話した後、町の散策したいなぁ。ここに自動車をおいて、行けるかな?」


「安全ならいいんじゃないか? 俺も行きたい」


 俺とアイが、ウルシャの方を見ると苦笑された。


「サミュエル卿と、シガース様が我々の安全の保障をしていただければ、ですかね」


「わかった。イセ、必ず友好的で有意義な会談にするぞ」


 それで安全の保障がされるのかどうかわからないが、アイがやる気になっているのでとりあえずうなずいておいた。

 それからサミュエル自治領の町情報をちらほらと聞いていると、町の方からこちらに歩いている数人の人影をウルシャが見つけた。


 近づいてくるその者たちのひとりが、手を振ってきた。

 声が届く範囲になった時、ウルシャが聞く。


「サミュエル卿の使者ですか?」


「いえ、シガース様の使者です」


 言いながら、顔を隠すようにかぶっていたフードを外した。

 小奇麗にしている中年おじさんの顔をさらされ、それを見たアイとウルシャが驚いた。


「「サミュエル卿!?」」


「お久しぶりです。アイ様、ウルシャさん」


 口元に指をあて、お静かにというポーズをとったサミュエル卿は、にこりと微笑む。


「まさか……サミュエル卿自ら来ていただけるとは……」


「『神器』アイ様に、ここまでご足労頂いたのです。こちらも相応の対応となると私めしかおりませんゆえ」


 それを聞いたアイは、苦笑する。


「師匠が、ワガママ言ったんですね」


「ははは、ご明察で」


 アイとサミュエル卿は、朗らかに話をしている。

 これはきっとサミュエル卿の人柄なんだろう。


 それかすでに彼の交渉術が始まっているのかも。


 ウルシャと、サミュエル卿に従う数名の護衛は、警戒を解いていない。

 こちらが周囲に間者を配置している可能性も考慮に入れている様子だ。


 そんな周囲がピリピリする中でも、無邪気なアイと人の良さそうなサミュエル卿は、温和に話を進める。


「それでここまで1日で来ることができたという魔法の馬車というのは……目には見えないものですか?」


 きょろきょろと見回すサミュエル卿。

 アイは連絡の魔法で、魔法の馬車という説明をしたようだ。


 アイがこっちを見て、うなずく。

 見せても大丈夫、という合図と踏み、案内する。


 数分とかからない位置にあるハイエースのカバーをとって、その姿を見せた。

 サミュエル卿と、護衛の者たちは、始めてみるハイエースに驚く。


「本当に馬のない馬車のようですね。動かせるのですか?」


「はい。では……」


 と俺が答えて動かそうとすると、アイが止めた。


「その前に、これを師匠に見せると聞いているのだが、どうやって運ぶのだ? 町までこれを運んだら、騒ぎが起こりそうだぞ」


「そうですね。もし運びこむとしたら山車や神輿にして、人手や馬無しで動くところを見せないようにするのがいいでしょうね」


 なるほど、その手があったか、とアイと一緒に手をポンとついた。


「ですが、今回はそれは止めましょう。『神器』アイ様を公式にお迎えする時に、その手はとっておきましょうか」


「ではどうするんだ? 師匠はこいつを見たいってワガママ言ってたから、サミュエル卿がわざわざ来たのでは?」


「ええ、そうです」


 はっきりと肯定し、サミュエル卿が肩から下げていたカバンを開けて、袋に入った板状のものを取り出した。


「ん? それってまさか……師匠? 師匠持ってきちゃったのか?」


 師匠って、魔法のアイテムになったっていう?

 となると、サミュエル卿がもっているものがそのアイテム?


「はい」


「町から出られないという制約は、まさか解除できたのか?」


「シガース様が持ち運んでも大丈夫な方法を編み出しまして。町から1キロ以内なら問題なくなりました」


「おおぉ、流石師匠だ」


「では、直接お話ください」


 そう言って、サミュエル卿が袋から出したのは……


「え!?」


 見てすぐわかった。

 サミュエル卿は、慣れた手付きでスリープモードを解除する。

 すると、チャット用アプリが立ち上がる。

 どうやらリモートコントロールしているみたいで、サミュエル卿がいじらなくても動いている。


「お、ようやくか。アイ、そこにいるか?」


 スピーカーから声が聞こえた。


「師匠久しぶり――」


「ちょっと待て!」


 俺はアイとシガースが話し出す前に、身を乗り出した。


「それ! タブレットじゃん!!」


 どっからどう見ても、元いた世界のタブレットだった。


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