6話 配られたカード
「さっき本人から説明があった通り、アイの護衛のウルシャだ」
アイは、俺とウルシャの仲を仲介するかのように入ってきて、彼女の紹介をした。
ども、と会釈をすると、ウルシャも戸惑うように会釈をする。こういう日本っぽい文化があることを知って、少しホッとした。
「そしてこの者は、転生者イセだ。アイが『神器』として召喚した」
「え……まさか……。え?」
めっちゃ驚いてこっちを見て、アイを見て、また俺を見てをウルシャがしている。
なんで驚いているのかと疑問に思ったが、すぐに御本人が説明してくれた。
「異世界から強大な『力』を持ったモノを召喚するという話でしたが……まさか、彼がですか? それほどの『力』を持っているようには見えません」
はっきり言われると、少しカチンと来ると同時に、やっぱりそう? と共感しそうにもなる。
実際に元の世界では、ただの大学生だったから。
「そんなことはない! イセはすごいんだぞ!」
そんな俺の納得を否定するかのように、アイは言い切った。
まるで自慢するかのように言われて嬉しくなる。
「本当ですか? アイ様がそこまで言うほどには……」
じっと、俺の全身をチェックするように見るウルシャ。
「……おい、この剣を持ってみろ」
ウルシャはあの重かった錆びた剣を片手で軽々と持ち上げ、俺に渡すので受け取って持つ。
「構え」
命令されるように言われ、構えてみる。
高校の必修科目で剣道があって、その時の構えの姿勢をうっすらとした記憶の中から探り出して、それっぽく構えてみる。
「…………」
「……う」
じっと見つめる、というよりやはり敵意がある。
手にした細身の剣で、いつでも切りかかってきそうな、突いてきそうな雰囲気がウルシャにはあった。
「ではいくぞ」
「え、ちょっと待っ――」
俺が止める間もなく、鋭い剣撃が跳びかかってきて、反射的に錆びた剣で受け止めようとした。
錆びた剣は、細身の剣に突かれ砕け、そのまま切っ先は俺の首筋へ吸い込まれるように近づいてきて、寸前で止まった。
黙ってにらみつけるウルシャの目は、まだ戦意を保ったままで、このまま数センチ前へ押し出しただけで、俺の首から血が吹き出すだろう。
「ま、まいった」
「……アイ様」
「うむ……イセ、剣の腕はからっきしだな。武器の類は使えないのか?」
「使えません」
「護身術も何も?」
うなずく俺に、アイの顔はあからさまに焦っている感じだが……あれ?
「……あれ? あれ? マジでか?」
マジか? と聞かれたので、うんうんと2回頷いた。
「おかしい……アイの今の魔力で可能な限り最高の『力』を、召喚術に込めて……それ?」
「と言われても……」
「てっきり、おぬしは見た目に反してそこそこ腕が立つものとばかり……はぁ」
見るからにガッカリされた!? 今までの俺への推しは何!?
アイの様子に動揺する俺だが、姿勢は崩せない。
何故なら、まだ細身の剣の切っ先は俺の間近にあったからだ。
「あの……そろそろひいてくれませんか……?」
「アイ様、この者をどうするつもりですか」
俺のことは軽く無視された。
「うむ……予定は少し狂ったが……自動車と鬼が……」
「戻されてはいかがか? 契約を解除し、また召喚のし直しを提案します」
「え? 戻れるの?」
意外な事実を聞いて驚いた。
「可能だが……おぬし、死ぬぞ? 向こうの世界で何かあっただろう?」
そうだった……俺は交通事故にあって死んだんだっけか?
そんな俺のがっかりは脇に置かれたまま、目の前の女性2人の話は続く。
「ならばどうするのですか。こんな『力』でアイ様は『神になれる』とでも?」
「え? 神?」
また、意外な話が出てきた。
神って……あの新世界の神になる的な話ではなく、すごいことやってそれが神業だから神と言われるようなものではなく……やっぱりファンタジーな異世界だし、マジモンの神?
そんな大それた話だったのか?
「神にはなる」
きっぱりと宣言するアイは、自信たっぷり……なのだが、ハイエースで?
「決意だけでは無理だからこそ、『力』を求めたのでは?」
「ウルシャ。魔法の類は、確実性のないものだ。アイは皆より少しだけ魔法の理を知っているに過ぎない。だから魔法が使える」
「……はい」
「アイに召喚術が使えるのは、覚悟があるからだ。わかるか? 確実性のない魔法の結果を受け入れる覚悟だ。『神器』に選ばれた者は、配られたカードで戦うんだ」
「しかし……」
「くどいぞ、ウルシャ」
「……申し訳ございません」
悔しそうにするウルシャは、剣をひいて鞘に収め、アイの前で跪いて頭を垂れた。謝罪の姿勢みたいだ。
ウルシャの悔しそうな顔は、自分の主張が通らなかったことではなく、アイが無謀な戦いを挑むことを止められないことに対してなのかもしれない……
「それにだ。ウルシャはまだイセの本当の『力』を見ていない」
と言いながら、アイはハイエースの前へ行き、小さな手でコンコンと車体を叩いた。
「それは……?」
ウルシャが近づいて、俺を見た時のように観察する。
「鉄の馬車……いや、戦車か? 攻城兵器ですかね? しかし、鎚に該当するものがないな……」
「こいつは自動車といってな。イセの世界にあったものだ。一緒に召喚して、彼の『力』になったようだ」
「これが『力』……」
少し興味津々なようだ。
アイがこっちを見る。今だ、おぬしの力を見せろ、と言っているような感じなので、俺は……
「それじゃ動かしてみましょう」
「どう動かすのだ」
「こうやって」
そう言って、運転席に座ってエンジンをかけて、ゆっくりと走らせ始めた。
「わわっ! アイも乗りたいっ」
「いけません」
「えー」
アイがウルシャに捕まったので、俺だけ乗って走らせる。
オフロードなでこぼこっぷりを発揮する古城の庭園で、タイヤを溝にはめたりしないか心配だったが、思った以上にスムーズに走り続けた。
これなら行けると、直進は今までよりもずっとスピードを出してみたりして。
ウルシャに見せることが目的であることを、少し忘れそうになるくらい、庭園の草を踏み潰しながら走らせる……かなりすっきりした。
『力』を否定されていたから、余計にすっきりした。
しばらく走らせた後、じっと見ているアイとウルシャのそばで止まる。
「うおおぉ! すごい! アイも乗りたい!!」
アイはぴょんぴょん跳ねそうなくらいきゃっきゃと喜んでいる。幼女はちょろい。
だがウルシャはアイと違って、じっとまた観察するかのようにハイエースを見ていて、アイが乗ろうとしたところで口を開いた。
「お待ちくださいアイ様。……おい、イセだったか。こいつはこれだけか? ただ走るだけか?」
言いながら、アイを助手席から下ろす。あからさまに嫌がっているが、ウルシャは片手で抑える。
本当に子猫を守る親猫みたいな強引さだ。
「確かにここまで自在に動く馬車……馬車もどきは初めて見た」
「自動車」
「自動車か。その自動車は、ただ走るだけか? それだけでアイ様の『力』になれるのか」
「…………」
アイの『力』になる。と決めたわけではない。
だが、アイがすごい力と言った手前、これだけと言われるのは、不満だった。
「これだけじゃない……あ、丁度帰ってきた」
俺は、ほんとにいいタイミングで片付けを終えて戻ってきた鬼たちを指差す。
振り向いたウルシャは、細身の剣の柄に手をかけた。
「これはっ!?」
ぞろそろとやってくる10匹の人喰い鬼たち。
それが俺の方へとやってきて、並んだ。
「これも……おまえの『力』か?」
「そうだ。この伊勢誠と、ハイエースと、人喰い鬼たちが、アイに配られたカードだ」
俺はアイの言葉を引用して少し挑発気味に言うと、ウルシャの目が細められた。
彼女は俺に剣の腕という力を示した。まったく叶わなかった。
俺もウルシャが叶わない『力』を示してやる必要がある。
「この『力』の……相手をしてもらおうか?」




