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68話 アイの師匠

 夜のうちに移動するという話から、昼間のうちに仮眠をとった。

 それから夜、会談のために必要な備品をハイエースの後部座席に積みこむ。

 公式な席で着用する礼服も、用意してもらった。


 貴族の作法に習うため、付き人も同行という話もあったが、アイが拒否した。

 理由は、出発した直後にアイが俺に話した。


「魔法に関する秘密主義は、アイより師匠の方が手厳しい。アイが魔法で今回の非公式会談についての記憶を消してもいいが、出来る限りそういうことはしたくないからな」


 アイらしい意見だった。

 それと、アイがそう言った時、対応してくれるのがウルシャというのも大きい。


 ウルシャは基本的にアイの意向を優先する。

 その上で、アイの身の安全に尽力している。


 彼女がアイの意向を優先している限り、誰も反対はできない空気があった。


 アイは、他の『神器』と比べて立場がとても弱い。

 滅びかけの不安定な魔法を使う存在であり、その公的な地盤もエジン公爵の事実上の食客というもの。


 そんなアイを、『神器』同士の争いの中で守りきった護衛。

 人間の『神器』という立場を堅持し続けるアイへの敬意は、そのままウルシャへの敬意となっている。


 だからウルシャの意向もまた、皆に認められている。


 俺、最初にウルシャに認められて良かったみたいだ。


「ウルシャさん、運転してみます?」


「するっ」


「アイはダメだ」


「……わかってる。足届かないし」


 しょんぼり言うアイに、ウルシャが苦笑する。


「私は止めておきます。夜道は正直まだ怖いですから」


 怖いのに俺のために運転して助けにきてくれたわけだから、本当にありがたいと思った。


「それじゃ俺が最後まで運転します」


「あ、そうだ。アイがイセの膝の上に乗ってハンドルを握り、イセがアイの指示に従ってアクセルとブレーキを踏めばいいんじゃないか?」


「なにっ!?」


 俺が心底びっくりすると、アイがビクッと驚いた。


「な、なんだ?」


 な、なんて魅力的な提案。

 俺の上にアイが乗る……この膝の上に……ちょ、ちょっと男の子的な方面の事案を我慢できるかな……

 いや違う、これは我慢しない方がいいんだ。


 異世界転生と言えば、現地で出会う可愛い子とのイチャラブストーリー!

 美女美少女美幼女に囲まれ、イチャイチャするのが常識であり本道。

 であるならば、ここは退いてはいけないところ!


「ん? どうした? ダメか?」


「ダメじゃない。むしろアイがダメじゃなければいいぞ。俺の膝の上だな。さあ来るんだ」


「ダメです」


 ウルシャがピシャリと言ってきた。

 あの、誰もがその意向を尊重するウルシャが、ダメと言いだした。

 まずい。


「なんでだ?」


「イセに下心が見えます」


 はっとした顔で、アイが俺を見る。


「マジか。アイのことスケベ心で、いやらしい目で見たのか?」


「その言い方やめろ。人が聞いたら誤解するだろ」


「見たのか?」


「見ました。だから止めて下さい」


 今、魔法を使おうとしていた。

 見たことないけどわかった。

 すごい勢いで魔素(マナ)が集まってた。

 アイは、得意の洗脳魔法で俺に自白を強要しようとした!?


 あれだけ緊急事態にしか使わない洗脳魔法を、率先して躊躇なく使おうとした!?


 だが、正直に言うと魔法を使うのを止めてくれた。


「そ、そっかー、アイに下心あるのかー。ふふふ、照れちゃうなぁ」


 シートベルトで椅子に固定されながら、くねくねと体をくねらせるアイ。

 なんか見たことない反応をされた。

 嬉しそう?

 ひょっとして、下心を向けられること、喜んでる?


 ウルシャも、アイの反応が意外なのか、戸惑っている。


 なんだかこっち方面にウルシャを困らせるのは悪い気がしてきた。

 これから非公式とはいえ交渉事に向かうのに、護衛に支障が出るのは避けたい。


「え、えっと、俺の膝に乗るのは止めておこう。2人重なってシートベルトは安全性に欠ける。これから大事な会談だと言うのに、事故で怪我でもされたらかなわないからな」


「ん、そうか。ならやめておこう」


 アイは素直に言うことを聞いてくれた。

 ウルシャが、ホッとしてくれた。


 俺も落ち着かなくなった空気が、元に戻っていくのを感じてホッとした。

 そして、異世界でモテモテの難易度の高さも思い知った。

 俺、頑張らないと。


「アイ様。運転よりもイセにシガース様について知ってもらった方がいいのではないですか?」


「おお、そうだな。あまり話してなかったな」


 それからアイとウルシャから、シガースについて話を聞いた。


 元人間の魔法使いで、現在魔法付与物の『神器』。

 帝国内外の流通網を取り仕切る通商連合の副会長。


 流通網運営の実務面に弱い2代目サミュエル卿に代わって、運営している実務派のトップ。

 つまり事実上のトップといえる存在だ。


 ただ、現在人間ではないため、副会長という立場になっている。


「元魔法使いで、商売人か。なんか、ものすごく……」


「ん? ものすごく、なんだ?」


「ものすごく変人っぽい臭いがする」


「正解だ。アイでも手を焼く変人だ。師匠とはいえ、こういうことでもなければ会いたくない人、ナンバーワンだ」


「そこまでか」


「しかも魔法のアイテムになってから、変人具合がより深刻になってな。疲れを知らないからか、歯止めが利かないっぽい」


「もしかして、わけのわからない話に延々と付き合わされる?」


「わけのわからない話かどうかは人によるが、付き合わされるのは覚悟しておいた方がいい」


「むむむ、面白い話ならいいんだが……」


「アイは面白かったぞ。自動車の存在は、師匠から聞いて調べたんだ」


「あ、ひょっとしてこの世界の外の情報って、師匠から?」


「そうだぞ。ある意味、アイの持つ知識や情報の大元は師匠と言っていい」


 アイはそう言って、胸を張った。

 ウルシャが耳打ちしてくれる。


「アイ様とシガース様が話し始めると、結構止まりません。覚悟してください」


 俺はこくこくと頷いた。

 なるほど、変人と変人か。

 なんか魔法使いの師弟コンビっぽい。


 それはそれで、俺的には良かったって思える。


「そうか。アイは最後の魔法使いって言ってたけど、魔法について対等以上に話す相手がいたんだな」


「ああ。会いにくくなったし、連絡も取り辛くなったがな」


 今はもう人でないから、アイの魔法は全般的に通じにくいらしく、例の魔法による連絡もできないらしい。

 さらに師匠には師匠の事情があり、ごたついている通商連合のとりまとめもあり、しばらく連絡を取り合うこともできなかったとのこと。


 カウフタンが話を持ってきた時、食いつき良かったのは、師匠と話せるからかな?


 そんな人が、天使ケアニスについて話せることがあるかもしれない。


「それなら、ケアニスの方も上手くいきそうだな」


「そっちはどうだろうな。正直検討もつかん。『神器』の立場からから見て師匠はやっかい極まりないからな」


 安心できるかなと思ったら、一筋縄ではいかないようだ。

 アイが、前に見た時のような、年相応以上の苦労を重ねたような苦笑を浮かべたのが、それを物語っているようだった。


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