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5話 異世界の常識

古城の元謁見の間の大きなスペースにある扉が壊され、ハイエースが通れるくらいの穴が開いた。


アイは助手席に、俺は運転席に座り、ゆっくりとブレーキペダルをあげながら前進させる。


壊れたブロックを踏み、ガタガタ言わせながら進み、謁見の間を出る。


それから外からの光が漏れる大きな入り口へ、少しだけアクセルを踏んで進む。


陽光に満たされたそこへ出ると、目の前には朽ちているが美しい庭園と、その先に見える大きな湖、そして連なる山々が見えた。


「おおぉ……」


「おおぉぉ……」


ふたりして、感嘆の声が漏れる。


「すごい! 大自然だ! 絶景だ!!」


「すごい! 走った! こいつ走った!」


幼女と手を繋ぎ、ぶんぶんと振って喜びを露わにするが、喜んでいるところが違う。


「すごい景色だな! 古城と相まってファンタジーって感じだ!」


「すごい馬車だな! ハイエース、最高じゃないか!」


「何言ってんだ。景色の方がすごいだろ! インスタやってないけど、これがインスタ映えだよ!」


「わけわからんぞ。そんなことより、この自動車だ! 馬もなしでこんなに動くなんて、画期的すぎるぞ!!」


この程度で画期的とか、どこの田舎ものだよ! と思ったが、言わなかった。


そうだ、そうだった、ここは異世界で、アイは異世界人だ。


自動車は知っているようだが、実物を見たのは初めてみたいだし、驚くのも無理はない。


「こんな自動車を操れるなんてすごいな、イセは」


「あ、ああ……そうだな……」


気づくと、穴を掘ってくれた鬼たちが歩いて近くまでやってきていた。


喜ぶアイに合わせてか、俺に合わせてか、10匹で拍手してくれる。


古城の前で、鬼たちの喝采を受ける俺とハイエース。


不思議と嫌な気分はなかった。


しばらく拍手を浴びた後、手をあげて止める。


「鬼たち、ありがとう。空けた穴は直せないが、壊したブロックは片付けておいてくれ。その穴のところにでも積み重ねておいておけばいいから」


鬼たちは、了解と言う感じで古城の中へ戻っていった。


リーダーっぽい鬼が指示を出して、片付け始めている。


「本当に素直に言うこと聞くんだな」


「みたい」


「こんな『力』、初めて見たぞ」


「俺も……鬼たちを操れるとは……」


「そっちは……実は初めてってわけでもない。珍しいがな」


そう言いながら、鬼たちを見つめるアイ。


「魔法によって、魔物や動物……人も操ることが一応可能だ。アイは連絡手段に野鳥を操っている」


連絡をすると言って、そういえば葉っぱを咥えて鳥が飛んでいったのを思い出した。


「大昔の大魔導師たちは、丘のように巨大な魔物や、石像を操ったらしい」


「……なるほど」


今では操れないのか……せっかくのファンタジー世界なのに残念だ。見たかったな。


「それでも、こういう馬や牛を使わずに戦車のようなものを動かすという話は聞いたことがない」


本当に感心するように、アイは車体をペタペタと触る。


「自動車……異世界人は変なことを考えるな」


またしても不思議な気分というより違和感がある。


確かに車があるとないとではあった方がいい。


だが、都内で暮らしていた身としては、電車で動ける範囲は多く、深夜にでもならなければ車なしでも不便はしない。


つまり車のあるなしは、ただの大学生だった自分としてはその程度のものだった。


「……ほんと、ただの車なんだよな。鬼たちは『力』って感じだけど、こいつはワゴン車だ。あの鬼たちを運ぶためのもの。まあそう考えると確かにすごい『力』だな」


言うと、アイが不思議そうな顔をしている。


俺もアイに言われて不思議に思った時は、こういう顔でもしていたのかもしれない。


「がっかり、してるのか?」


「まあ、ちょっとな」


「おぬしのいた世界では、自動車ってごく普通にあったものなんだよな」


「そうだな。持っている家族はそれなりにいた」


都市部を外れると、一家に数台ってところもあったよな。


「鋼鉄に囲われた移動要塞とは、ちょっと言い過ぎだけどなぁ」


車体に傷はすぐつくし、ちょっとぶつかっただけですぐ凹むだろうし。


レンタルする時に傷のチェックして確認したくらいだ。それだけすぐ傷だらけになるってことだし。


「ほんとに、異世界っていうのは常識が違うんだな」


アイはほんの少し呆れ気味に言いながら、下をきょろきょろ見ながら歩き出す。


そして、目的のものを見つけたのか拾い上げた。


両手で、うんしょと力を入れて、それでも引きずるくらいのもので、見るからに錆びた剣だった。


「古城だからな。こういうのも落ちてる。ちょっと持ってくれ」


「ああ……お、意外と見た目より重い」


「この世界の戦士たちは、これを振り回して戦うんだ」


そう聞くと、もっと重く感じた。


「熟練者が使えば、鬼たちともこれで戦える。さすがに錆びてる剣は使わないだろうけどな」


「なるほど、まさに剣と魔法のファンタジーだ。この剣に魔法の力を込めて戦ったりするのか」


「そういう大昔の技は失われている」


「あ、そうなんだ」


俺を召喚したくらいだから、それくらい余裕であるのかと思ってた。


「ああ。だから剣を使ってあの鬼たちと戦って、生き残れるのはごくわずか……倒せるのはさらに少ないだろう」


「へぇ。ならその鬼を10匹も操れる俺はすごいってことか」


アイはそこでにやりと笑った。


「自動車の方がすごいぞ」


「…………」


戸惑う俺に、アイは何故か得意げだ。


「本当にわからないんだな……おもしろい。この自動車は、どれくらいの速さが出るんだ?」


100キロは余裕……いや、アスファルトがないからもっと遅いか。


「アイやおぬしが全力で走るより遅いか?」


「まさか」


「あの鬼たちより遅いと思うか?」


古城の中で真面目にブロックを片付ける鬼たちを見て、首を横に振る。


「馬より速いだろう」


「ならおぬしは、この剣で……錆びてない作られたばかりの剣で、走って向かってくるこいつと戦えるか?」


アイは、答えはわかりきっているだろ? と言いたげに俺に向かって言った。


確かにわかりきっている。


「無理だ。自殺行為だよ」


「そうだ。鋼鉄の移動要塞。まさにその名の通りだ」


アイが何故、すごい『力』だと言うのかがわかった。


この異世界において、ただの自動車がどれだけの力となるのか、アイは見抜いていたのだ。


「あの鬼たちが重武装で挑んで、なんとか止められるくらいじゃないか、この車は」


そう言われると、ハイエースに自信が出てきた。


あの鬼たちよりも、すごい『力』だと思えてきた。


「アイは、おぬしがアイの力になってくれてよかったと思っている」


言いながら、再び手を差し伸べてきた。


「よろしく頼むぞ……イセ」


力になる……と言ってはいない。


だがきっと、この幼女は俺とハイエースと鬼たちを使って悪いことはしないだろうと思った。


むしろ、いいことに使ってくれるんじゃないかと思った。


彼女の手を取りながら……ふと疑問に思う。


「そういえば、アイって……何者?」


「ようやく聞いたか。アイは最後の魔術師にして『神器』だ」


「……シンキ?」


「あうぅ、そうだった。この世界の常識はまったくわからないんだよな」


苦笑してみせるアイは、俺が知らないということに対して、やけに楽しそうだった。


「よし、説明してやろう。『神器』とはな――」


と言いかけたところで、すごい勢いで走ってくる者がいる。


古城の庭園から外部へ続いている道の向こうから、まさに全速力という感じで走ってくる女性の人影だ。


「アイ様!!」


叫びながら無理して走ってくるそいつは……


「おお、ウルシャ。相変わらず早いなっ、ってわっ!?」


アイを持ち上げて自分の背中に回し、そして細身の剣を抜いて切っ先を俺に向けた。


「貴様っ! アイ様に何をっ!?」


すっごい、憎々しいものを見るかのような目でこちらを睨む。


そしてアイをかばう姿は、子猫を守る親猫のように慈愛に満ちた勇ましさがある。


「う、ウルシャ……あのな、こやつは……」


「アイ様は下がってくださいっ。こいつをすぐに武装解除させ、無力化してみせますっ」


「あ……」


俺はすぐに錆びた剣を落として、手をあげた。


それでもウルシャと呼ばれた女性は、手にした剣を下げない。


「私は『神器』アイ様の護衛、ウルシャ。貴様は何者だっ!!」


後ろで見ているアイも、若干困った顔を向けている。


なんて答えると、いきなり剣で切りつけられずに済むんだろう……


と考えつつも、もうひとつ思っていた。


この人、なんとなく女騎士っぽい感じがするけど……うちの鬼たち、いきなり襲いかかったりしない、かな?


「……くっころだ」


「クッコロ? 名前か?」


「いえ、違います」


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