57話 『神器』会談 その5
何故、キルケが『神器』同士の争いを辞さない覚悟なのか。
この場では主張を異にし、いったんひいて、それからゆっくりと俺を追い詰めればいい。
なのに、この強硬姿勢を崩さない。
それは……
「キルケさんが、本当に潰したい相手は、誰ですか? そいつを俺の『力』で潰しましょう」
「…………」
俺の言葉に驚いたのは、アイとウルシャだけ。
キルケは、むしろ警戒心を強めるように、こちらを睨んだ。
少しだけ、彼の目的に近づけたかな?
このまま、話しを続けてみようか。
「これはあくまで推測ですが、キルケさんはアイとの戦いを望んでいるわけじゃない。それはあくまで過程だ。その先にあなたの本来の目的がある。違いますか?」
『神器』同士の争いを、自分ではなくアイに起こさせる。
そして『神器』同士の争い厳禁、というのをそれを望んだ者によって破棄させる。
破棄させた後、キルケは本来排除したい相手を潰しにかかる。
アイとの戦いは、そのための前哨戦だ。
本来ここまで手間取るようなものじゃなかった。
「本来の目的のために、アイや俺との戦いを前置きとしてやる……それは悪手とは思いませんか? 予想外でしたよね? 俺の『力』。この通り、今のキルケさんには敵わないほどですよ」
キルケは無言で聞いている。
この状況を打開する策でもあるのか、それを準備しているのか。
そもそも本当に俺の『力』に対抗できないのかわからない。
ただ力を借りただけのカウフマンでも、ハイエースの車体に傷をつけた。
慣れていれば、ハイエースを真っ二つにできたんじゃないだろうか。
それだけの『力』を、キルケが有していない保障はない。
それでも俺は、話を続ける。
今は俺の『力』が通用するかしないかの問題ではない。
彼の目的を引き出すのが目的だ。
「それだったら、俺の『力』をそいつにぶつけませんか? 一応、俺とそいつだったら『神器』同士の争いにはならないんじゃないですか? そして潰しあった後、どっちが勝つにしても疲弊した相手を、キルケさんは潰せばいい」
「…………」
キルケはまだ黙っている。
こちらへの警戒っぷりが、相当なものになっている。
ここで……どういう情報が引き出せるかで……今後の方針が変わるんだが……
ふと、アイを見ると、「え? え? なに話してんの?」って顔をしている。
この幼女は、ほんと腹芸できない子だなぁと、少しほっこりした。
だが、アイを守るようにして立つウルシャの方が、何かに気づいたような表情をしていた。
やはり、誰かいる。
『神器』同士の争いにかこつけて、『神器』の中に、キルケが本当に排除したい相手がいる。
今はまだ争い厳禁にしておきたいのか。
それとも、この争いをその『神器』に気づかれないようにしたいのか。
そのキルケの本来の目的を、手繰り寄せる。
「君は何者だ? この世界に何をしに来た」
キルケは、また俺に聞いた。
最初に問われた時には思いつかなかった、俺が自覚する俺について、俺は答えた。
「……アイに召喚された異世界の戦士です。アイを『神』にするために、この世界に来ました」
そうはっきりと口にする。
それが今の俺にとって、心に染み付くほどしっくりきた。
「そうか……私とは目的がまったく違うな。話し合いは終わりだ。これ以上は何もない」
キルケはそう言って、戦士たちに武器を置くように指示をする。
戦士たちは腰に下げた剣を、床に置いた。
「煮るなり焼くなり好きにしろ。だが私の身に何かあれば、天界は黙ってないぞ」
態度が頑なになった!?
ごめん、アイ、交渉決裂だ!
と思って、焦り顔でアイを見ると、今度はアイが真面目な顔になって、キルケを見ていた。
ん? 何か気づいた?
「イセ、待ってくれ。捕まえるのはストップだ」
「あ、うん」
元々、そうするつもりはなかったから、素直に答えた。
そしてアイは、決意を込めてキルケに話しかけた。
「キルケ……ケアニスか。おまえが排除したいのは?」
「ケアニス?」
「アイやキルケと同じ、『神器』のひとりで……天使だ」
「っ!?」
「天使ではない。あれは……堕天使だ」
苦々しく口にするキルケ。
キルケの目的に、なんとかたどり着けた?




