45話 運転免許
カウフタンが衛兵隊を掌握してから3日目の夜。
明日には残りの衛兵隊を率いてオフィリアを護衛し、城下町に戻るという。
アイの提案でささやかながら宴が開かれた。
衛兵隊という体育会系と、研究機関という文化系という違いからか、打ち解けるという雰囲気ではないものの、アイとカウフタンのおかげでなんとなく仲を取り持っている雰囲気。
そんな様子を眺めながら、俺はこの世界のアルコールと料理を口にする。
前々から思っていたが、どうも塩気が足りない。
やはりここは、現代知識で無双をするために、なんか作ってみようと思ったが、小麦粉からパンを作るとかそういうの全然やったことない。
コンビニ弁当や、スーパーの値引き弁当や、レトルトを温めたもの。
素材から頑張ったものなんて、安い肉買ってきてしゃぶしゃぶしただけだった。
異世界転生って、意外と夢ないな……
こんなことなら、もっと手に職を的なこと目指せばよかった。
なんで歴史なんて勉強しようと思ったんだろう。
「なあなあ、イセ」
カウフタンら衛兵たちと話していたアイが、いつの間にか近くにいた。
頬が赤く染まって、とろんとしている目で、吐息がかかるくらいの距離でいきなり話しかけてきた。
やばい、色っぽい。
「な、なに?」
「アイに自動車って運転できる?」
「え、ああ、できるんじゃないか? 18歳だっけ? なら免許とれる……って別にいらないか」
それは元いた日本の話で、ここは違う。
そもそも日本では18歳は未成年で、こいつはもっと見た目も未成年どころか幼女だからアルコールはどうなの?
「メンキョ?」
「これ」
俺は免許証を見せた。
「お。この絵、おぬしだ」
「俺のいた世界では、これをもらうために自動車教習所に通って車の運転や、交通ルールを学んで、車を運転してもいいという許可を国からもらうんだ。これがその許可をもらったって証」
「へー、よくわからん」
うむむ。この世界のことはよくわからんが、何かいい例えはないものか……あ。
「ほらこういう世界でもさ、町で商売できる許可とか町の領主とかからもらったりしない?」
「ああ、あるな」
「そういうものと思ってもられば。俺の世界でもそういう許可を出すところがあって、その証なんだ」
「これがあれば乗れるか。貸してくれ」
話、聞いてた? と思ったけど、酔っぱらいにそういうこと聞いてもしょうがないのは分かっているので、素直に渡した。
こいつも、もはや元の世界にいたっていう思い出の品レベルのものだ。
「よし、それじゃ運転してくるぞ」
「待った」
宴から席を外そうとしたアイの腕を取って止める。
「運転の仕方、教えるから」
「これがあればできるんじゃないのか?」
「やっぱり聞いてなかった。免許証はあくまで許可証だ。町で商売する許可をもらったからって、そいつだけで商売はできないだろ? 金勘定とか商品の扱いとかわからないと無理だろ?」
「おう。そうだな」
返事だけはいいが、寝ぼけ眼で言われても説得力はない。
「だから、車の運転の仕方は、こいつがあってもできるわけじゃない。だから運転の仕方を教える」
「よくわからんが、教えてくれ」
よっぱらい幼女の無邪気な笑顔は、どことなく色っぽい。
この辺は流石18歳だ。
「よしそれじゃー、これがハンドルで、これがアクセルとブレーキな。そしてこれがギアとハンドブレーキと」
その場にある宴のために用意した皿とか色々で、車内を表現する。
そこで、車の運転のポーズを取る。
ジェスチャーで動いてみせて教える。
「はっはっはっは、イセのその動き、バカっぽくて楽しい!」
「そういう見世物じゃねーよ」
と言いつつ、近くにいたウルシャら護衛も笑っている。
楽しんでくれたなら満足だ。
「よく見ろー。こっち側のがアクセルで、車を動かす方だ」
「こいつじゃないのか?」
「ハンドルは、車を操るものだ」
「ん? よくわからん」
「アクセルっていうのが、エンジンを回すためのもので、ハンドルは動く車の方向を決めるものだ。船でいえば、アクセルっていうのが船を漕いだり帆で風をうけたりするもので、ハンドルっていうのは舵だ」
この世界にあるもので説明できた、と会心の笑みを浮かべてみせた。
「船、わからん」
「だーっ!? アイは船に乗ったことないのかーっ」
「いちいち言葉で説明してわかるはずがないだろ」
と、話に乗ってきたのはカウフタンだ。
「実際に動かしてみればいい。私もひっじょーに興味がある」
少し目が据わった白い肌を赤く染めたカウフタンも、色っぽい。
元は男であったということを知らなければよかった。
「運転してみたいぞ」
「酔っぱらいは運転できん」
「「そうなのか?」」
アイとカウフタンが首をかしげる。
可愛いのがふたり、首をかしげると絵になる。
「くそ。この体じゃなけば、こんな量の酒で酔うはずがないのにっ」
「アイは酔ってないぞ」
「酔っぱらいはみんなそう言うんだ。というわけでまた今度な」
「えー」
「戦士イセ、私から提案がある。運転するところを見せてくれ」
「あっ、アイも見たいー」
アイはここしばらくずっと見てたよな。
召喚されてから、結構走りっぱなしだったし。
でも、運転しようと思って見るのと、そうでないのとでは、見方も変わってくるか。
「よしわかった。それじゃ運転しよう。俺も酔ってるから、ちょっと屋敷の庭で走らせるだけな」
「「やったー」」
アイとカウフタンが一緒に諸手をあげて喜ぶ。
俺が酔っぱらい美人ふたりを、喜ばせているっ。
モテ期到来か。
流石異世界転生。
そういえば、モテるといえば……
「カウフタン。告白されてたけど受けたの?」
「潰した」
と指さす先には、酔いつぶれて寝る大男の切り込み隊長がいる。
涙を流しながらまるまってる。
迫られてウザかったから、飲み勝負にして潰したらしい。
アルコールに弱かったことを知っていたからできたこととか。
ある意味、相手の弱点を知っているんだからチートだな。
「さあ、行こう。ほら行こう」
ふたりに手を引っ張られて、宴の席を後にする。
一緒にウルシャがついてきた。
屋敷の外に出て、ハイエースの車庫へ。
今日の月明かりは煌々としていて、照明に照らされた運動場みたいに見える。
「ほんとに少しだけだぞー」
「わかってる。楽しみだ」
わくわく顔のカウフタンと、新しもの好きっぽい無邪気なアイ。
それを微笑ましく見てるウルシャ。
夜の散歩に出てきたみたいで、ほのぼのしていていい。
なのだが、ふとウルシャが立ち止まった。
「アイ様」
ウルシャがアイを体で引き止め、周りを警戒する。
「ん?」
カウフタンも、ウルシャの不審を発見したかのような態度で、ようやくあたりへの警戒をする。
ふたりが警戒するようなもの、どこに? と思って周りを見る。
「……どうした? 何もないが?」
と言った瞬間、俺のすぐそばの地面に影が生まれた。
まず下を見て、なんだ? と跳ねた後、影が生まれるのは照明に照らされたものがあるからと気付き、上を見た。
「――なんだっ!?」
上を見ると、人とは思えぬ姿の複数の者たちが、俺たちに向かって舞い降りてくるところだった。




