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2話 至高なる鋼鉄の移動要塞

ハイエースと呼ばれる車がある。


車にまったく詳しくない俺だが、名前だけは知っているすごいワゴン車だ。


ちなみに知っている車で、すぐ思いつくのはフェラーリと、BMWと、プリウスだ。


車のメーカーの名前なのか、車の名前なのかも、微妙にわかってない記憶であることは、語るまでもないだろう。


そんな俺が、ハイエースを知ったのは、今までの20年間の生活でちらほらと耳にしているからであるが、最近web上のネットスラングで話題になって、特に印象に残っている。


曰く、男性向け二次創作媒体で、人気ヒロインがこの車で誘拐されなかったことはない、とか。


曰く、あまりにも頑丈で、国内海外問わず窃盗団による盗難が相次いでいる、とか。


そんな話を見た俺としては、とにかく使い勝手のいいワゴン車なんだな、という認識になった。


そう思ってから、通学で歩いていると、そこらでハイエースが使われているのがわかった。


主に業務車用として、後ろにたくさんの荷物を載せている感じで使用されていると。


そんな身近さと性能とが合わさって、面白おかしくやや大げさに揶揄するのが得意なネットの住人たちから、拉致する時用の車、という不名誉な印象をわざと与えるように『ハイエースする』『ハイエースされた』という隠語が生まれた。


そう俺は認識している。


そんな俺が事故った時にハイエースを運転していたのは偶然だ。


レンタカーで、1トンくらいのトラックにするか、ハイエースにするかで迷わずハイエースを選んだのは、屋根があった方がいいだろうという、引っ越しする友人への配慮以外にない。


ないったらない。


ただ、借りた時に、あの有名なハイエースだ、とはしゃいだことは、間違いない。


借りた後、友人にSNSで「今からハイエースする」と送ったら、返信に草生えていたので、とても楽しかった記憶もある。


そんな感じで、免許とった後の初運転でおっかなびっくりしつつも、ハイエースを運転しているというのは興奮していたのも事実で。


そんな少し前の記憶から、現実に戻る。


異世界転生した先に、現れたレンタカーのハイエースが俺の『力』として出現したという現実に戻る。





「『至高なる(エース・オブ)鋼鉄の移動要塞(・ハイエース)』」


「あ、ああ」


「すごいじゃないか。まさかこんなものが……まさに鋼鉄の移動要塞」


「買いかぶり過ぎだ」


「いやいや、鉄の鎧に覆われた戦車なんて、実際に見るのは始めてだ」


可愛い幼女のアイさんは、ハイエースを前に大はしゃぎだ。


少し前の俺もあんなふうだったのかもしれない。


レンタカー店の人も、俺のように生暖かい視線を送っていたに違いない。


「しかもこれ、馬がいらないんだよな? 自動で走る自動車なんだよな? いやぁ、すごい『力』だ。さすが転生者」


気持ち悪いくらい持ち上げられるが、ほんとに素直にすごいと思っているのが伝わってくるので悪い気はしない。


「ああ、いらない。エンジンをかければ動く」


「ほほう、エンジン! なんだかよくわからない単語だが、とにかくすごそうだな」


あ、これ聞いたことがある。


現代日本人の知識は、異世界にいくとチートな知識というやつ。


現代知識を披露すれば、現地の人が驚いてくれるってやつだ。


こんな感じなのか……実際に接してみると悪い気分じゃないぞ。


「じゃあ、さっそく動かしてみてくれ。これどうやって乗るんだ?」


ドアをあけてやると、アイは楽しそうに助手席へ跳び乗った。


俺も続いて乗る。車のキーは挿しっぱなしだったので回す。エンジンは1発でかかった。


エンジンの駆動で、車体が少し揺れ始める。


「おおおっ!? ぶるぶるした! ぶるぶるしたよ!」


楽しそうにはしゃぐアイさんが、めちゃくちゃ可愛い。


これが助手席に女の子を載せるという行為の楽しさか!


よし、彼女ができたら頑張って車を手に入れてドライブだ。……あ、死んでるんだったか。


「それじゃ走らせるぞー。あ、シートベルト……知らないか。これなんだけど、こうやってつけて」


「なるほど、椅子に固定させるのだな。拷問されるみたいだな」


「ドキドキさせること言うなよ!」


「え? すまん?」


「いや、ちょっと動揺しただけだ」


すでに俺の空想の中では、現代知識で異世界で無双状態だ。ってくらいドキドキしてる。


無双できるかもしれないって気分の時に、可愛い幼女を車に縛り付けて拷問とかやばいだろ!


俺、今までで一番動揺してるかもしれない!!


なんて考えていると、アイはシートベルトをつけて座ったまま足をバタバタさせた。


「さあ、動かしてくれ」


素直に楽しそうなアイの態度に、俺の怪しい心の大波は静まった。


「よし、いくぞ」


ハンドブレーキを外し、ブレーキを踏んで、ギアをPからDへ。


周囲の安全確認をした後、ブレーキペダルをゆっくりあげていくと、すーっとクリープ現象で走り出した。


「動いた! こいつ動くぞ!」


往年の名作ロボットアニメの主人公が、初めて乗ったロボットが動き出した時みたいなリアクションをしているのが気になったが、俺はもっと気になることがあってブレーキを踏んだ。


「ん? どうした?」


「いや、ここ屋内じゃない? 車走らせられるほど広くないだろ」


「広くない? ここが?」


アイがいうここは、確かに広い空間だった。


学校や町の体育館くらいの広さのイメージだった。


「ここより広いところなんてそうそうないぞ? だからこの古城を転生者の召喚に利用したんだ」


どうやらここは古城らしい。


薄らぼんやりと見える部屋の全体像は、確かになんとか走らせることができるかなくらいの広さかな。


そう思い、Rに入れて車をバックさせ、部屋全体に円を描くように走らせ始める。これならアクセルを軽く踏むくらいのスピードは出せるだろう。


恐る恐る動かしながら、円を描くように走らせる。


「おおお。速い速い。なんだこれ。見ると乗るとでは全然違うな。これが自動車か」


「そういえば自動車は知っているんだな」


「ああ。おぬしのいる世界のことは、多少なりとも調べた。あ、現地には行ってないぞ? 情報を仕入れて見ただけだ。だからこれがワゴン車というものであることは知っている」


「なるほど」


このアイと名乗る幼女、いったい何者なんだろう? この世界の神様とかかな? そうは見えないけど、なんとなく偉そうな感じはするが……


そんな疑問を持ちつつも、もっと気になる現実的な問題があった。


「なあ、アイ」


この気さくな態度のアイに、さん付けはなんとなくしにくいので呼び捨てで呼んでみた。


「ん? なんだ?」


受け入れてもらえたらしい。


だからこのままその問題を口にする。


「ここから、こいつを出すには、どうするんだ?」


こんな密閉された古城の部屋に、大型のワゴン車が閉じ込められている。


出るに出られない。


「……わ、どうしよう!」


俺の『力』はハイエースだったけど、部屋から出られないので困る。


異世界転生って大変なんだな。


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