279話 旅の始まりと同じ
夜があけ始める頃合い。
見張りを確認した後、布陣を開始する。
打って出るタイミングで攻めてくることもあるので、慎重に兵を前へ進める近衛隊の指揮官たち。
連合軍側も、防衛に徹してこないこちらの動きを警戒し、じわりじわりと軍を動かす。
城攻めの布陣から、会戦の布陣へ。
連合側の一部が、固く閉ざしていた城門が開いた今こそだと攻撃を仕掛けてくるが、それも想定済みのカウフタンは、陣を崩さず防衛に徹し、その間に全軍の布陣を行っている。
攻撃が散発的になり、落ち着いた頃、カウフタンは伝令の旗を掲げた近衛の騎兵を一騎走らせる。
そいつは、ある程度のところで騎馬を止め、弓を構えて矢を飛ばす。
矢じりを重りに変えたそれは、連合軍側の布陣の前へと落ちる。
そこには矢文が結ばれていた。
矢を拾った兵は、それを部隊の隊長へと渡す。
矢文の意味を理解したのか、次から次へと上の指揮者へと渡され、最後は連合軍の将軍の元へたどり着く。
「あのやりとり、必要あるんですかね?」
「鋼鉄の馬車の登場と、夜の竜の咆哮、そして戦場の習わしにはない矢文……警戒はしているはずです」
俺のつぶやきに、ウルシャが応えて、ツァルクがうなずく。
「まあ、少しは気にしてくれるだろうよ」
矢文の送り主は『神器』アイ。
教皇がまとめた討伐軍が、エジン公爵を攻める理由その人だ。
その『神器』アイから、連合軍への宣言が書かれた手紙。
『神を信奉する民ならば、新たな『神』になる『神器』アイの言葉を聞くがいい』
そう書かれた手紙を、連合軍は丁寧に受け取っている。
最初から討伐すると言ってる者の言葉に耳を貸すとは思えない。
だが、ことはそう割り切れるものでもない、らしい。
そもそも『神器』とは、教皇庁が支持している者たち。
『神』が教皇という代弁者がいるにも関わらず、わざわざ指名した存在が『神器』だ。
「『神』が、次の神としての器がある者と指名したっていうのは、教皇庁も認めているみたいだしなぁ」
「それって……あの『神』っすよね?」
「だよ? あの美味い食堂の前で誘拐したあの『神』……メシ、奢ってくれたんだよな」
「……よく考えたらひどいことをしたな、俺」
ウルシャやツァルクから、今更それか? って目で見られた。
「あの時いたみんな、同罪だよ!」
開き直って言ったら、目を逸らされた。
そんな中、緊張で顔をこわばらせつつも、覚悟が決まったのか目が座っているアイが言う。
「『神』は権威でもあるんだ。無下にはしないだろう」
今、両軍は大きな変化に見舞われている。
『神器』アイが現れ、公爵軍と連合軍、双方に何か伝えるらしい。
しかも戦場で。
そう思うと、兵たちが並んでいる壮観な光景が、上空から映すただのライブ会場にも見えてきた。
ということで時間をかけて会戦の布陣を終える両軍。
総数からして数倍の連合軍。
公爵軍は総指揮をとるカウフタンから部隊長らに、『竜騎士』や『神器』が味方にいると伝えられている。
だがそれでも、数倍の陣容は圧倒的で萎縮しているようだ。
そんな中、俺はハイエースで中央に出る。
正直、背筋がぞくぞくしてタマヒュンだ。
「よし行くぞ、イセ」
緊張していても堂々と告げるアイは、俺を見た。
普段の好き勝手やっている女の子でしかないアイは、こんな時でも調子は同じだった。
「……どうした? 早く車を出してくれ」
「あ、ああ、そうだな。わかった」
城門付近の広場で俺がハイエースを出現させると、驚きの声があがった。
『神器』アイの召喚戦士の奇跡を目の当たりにしたのだ。
驚きの声があがるのも当然だろう。
……少しやる気が出た。
「それじゃツァルク、タツコ、何か起こった時は、そっちで判断してくれ」
「わかってる。カウフタン殿とは連絡とれるようにしといてるから、大丈夫だろう」
ツァルクとタツコは、城内に残った。
兵がいない城内は、今狙われると一番危ないところだ。
相手はエジン公爵を滅ぼそうとする討伐軍。
何をしてきてもおかしくはない。
……こういう時に、間者のクオンがいてくれるとありがたいんだがなぁ。
どこに行っているんだっけか……
出現したハイエースの助手席に、アイとウルシャが乗り込む。
最後の俺が運転席に乗り込んだ。
「よし、行こう」
「どこまで?」
「両軍の真ん中」
「公爵軍の前じゃなくて?」
「どっちにも、アイの宣言を聞かせるんだ」
日和ることなく言い切るアイの気持ちを載せて、アクセルを踏んだ。
ハイエースはゆっくりと、外から見てる者たちにとっては駿馬が突然走り出したように、前へと進みだし、城門をくぐっていく。
公爵軍の陣の真ん中に広く空いた空間は、俺たちが通るだめに空けられたもの。
大勢の兵が見守る中、突き進むハイエース。
緊張や萎縮より、高揚感が増してくる。
居並ぶ兵をハイエースで抜けるのは、魔境城塞の時以来だ。
あの時も気持ち良かったなぁ。
そしてあの時と違うのは、今いるメンバーだ。
俺とアイとウルシャ。
この地に現れた俺が最初に旅をした時と同じだ。
「この戦車で旅を始めた時と同じだ」
アイが言う言葉に、俺とウルシャがうなずいた。
「始まりに相応しい……いくぞ、ここからはアイが『神』として行う、世界創造だ」
アイがまたでかいことを言い出した。
それは背中がゾクゾクするほど興奮した。
公爵軍の陣を抜けたところで、俺はアクセルをさらに踏んだ。