277話 イセを知らしめる
「ん? んあぁあぁ……ふぁ……あれ? ここは……」
あ、アイが起きた。
寝起きのアイはムニャムニャとボケている。
「むー……」
「アイ様、こちらをどうぞ。
ウルシャが水を用意していた。
それを飲んだアイからコップを回収し、濡れた手ぬぐいで顔を拭いたりとかいがいしい。
だんだんと頭がすっきりしてきたのか、顔がしゃんとしてくるアイ。
なのでさっきケアニスが来ていて伝言を伝えた。
「『神』を目指すか。わざわざ宣言していったんだな」
「宣戦布告と受け取った?」
「そうかもしれない。だとしたら、彼なりの誠意というところだな。アイに対してというのもあるが、お主に対してという意味もある」
「俺に対して? 一緒に旅をしてきたから?」
「まあ、それくらいと思っていい。一緒に旅をして、これからも旅を共に続けるだろう、くらいの意味だな」
そういうアイは、やけに大人びて見えた。
「宣戦布告と言えば、アイも戦場で宣言しないといけないようだ」
アイは、ここにくる間に、カウフタンから要請があったらしい。
教皇の軍隊に対して、アイが戦う意思を示せ、と。
「エジン公爵はあくまで『神器』アイの代理。これは『神器』同士の争いの代理戦争だから、アイが示さないといけないようだな」
「それ、俺も聞いた。どうやって伝える? アイの魔法で何とかなるだろうって言ってたけど……」
「ああ、できるぞ。それはアイの魔法だけで、なんとでもなる。今のアイの得意分野だからな」
幻を見せたり、精神操作するのが得意分野だった。
「なら、アイが次の『神』になるって思わせて、討伐軍全部寝返らせるとか……」
「えげつないこと考えるな」
逆にそんなことも思いつかないアイの方がおかしいのでは、と思ったが黙っておく。
ほんとにやったらそれはそれで、ちょっと引くし。
「まあできなくもない。『竜』の記憶の覗き見より容易いな。だがそれでは意味がない」
アイは、容易いとまで事もなげに言って、さらに続けた。
「代理とはいえ、戦争を始めたのは彼らだし、迎えうったのはエジン公爵だ。戦争そのものは彼らに任せるのが筋というものだ」
「なら宣言しない?」
わざわざ戦場に出ていくのは危ないっちゃ危ない。
俺がいるとはいえ、あちらにもセンパイだっている。
しょっぱいとはいえ、現役の『神』だ。
アイが出てきたら、何かしら仕掛けてくる可能性もある。
「もう少しこの戦争が落ち着いた頃合いを見計らって、出ていった方がいいかな?」
「いや、せっかくだから使わせてもらおう。アイがいかに『神』に近いのかを示す、いい機会だ」
「『神』との約束をとりつけたーって宣言して、センパイにも引くに引けない状況をつくるとか?」
「そんなことをしてもしょうがない。それよりも……イセがこちらにいることを、皆に知らしめる」
「……それって意味あるの?」
「あるぞ」
アイがにやりとした。
ここ最近の中でも、ものすっごく悪そうで、戦意むき出しの笑みを浮かべた。
「『神』が示す世界の行く末よりも、遥かに豊かな未来を示す『神』がいると、皆が実感するだろう」
何を仕出かす気なのかわからんが、良からぬ予感しかしない。
「……それ、やめない?」
提案してみたが、アイは不意にぶつぶつと独り言を言い始めて、こちらを無視した。
するとウルシャが、俺の肩にポンと手をおいた。
「アイ様が集中しています。止めない方がいいです」
「……マジで?」
あっけに取られてアイを見る。
言っている言葉の意味はわからないが、確かに魔法の準備をしているように見えた。
「さっきの聞いた? 止めなくていい?」
「アイ様の身に危険がない限りは、無理矢理止めたりはしません」
ウルシャはアイを信じ切っている。
俺はというと……
「……まあ、アイに任せるしかないよな」
彼女の行く道は、俺の道だ。
俺は彼女を乗せて、走るだけだ。
「なら、今俺がここにいても邪魔かな」
「イセ、残るんだ」
アイは集中していたのに、突然こっちを強い光を帯びた瞳で見て呼び止めた。
「この魔法は、イセの力を借りるからな」
……絶対やばいやつだ。
自分の力の凄さは、ここまでの旅で身にしみている。
そして俺が力を使う技術が、上手く使えていない、というのもなんとなくわかる。
それを、アイが使う?
何を仕出かす気だ。
ちょっとわくわくしてしまう自分がいる。
「イセ、何を笑っている? 楽しそうだな」
どうやら感づかれたようだ。
「アイが何をしでかすのか、楽しみだ」
「しでかすとは失礼だな。だがそういうことなら、お主の力をたっぷり使わせてもらおう」
アイは今まで構築した魔法式を、目の前で破棄してみせた。
「お主の力も、そして……お主の情報もな」
そう言って取り出した札。
それって……心を操るやつ……
「いくぞ。覚悟しろ」




