276話 普通の人
カウフタンは、アイが敵軍に向かって『神器』として『神』を目指すことを宣言し、その上で敵に攻め切らせない布陣を考え中。
敵軍全員にわかりやすいように、声が届くところに布陣してもらうのがベターと。
「アイ、そんなに声大きくないと思うんだが」
「そこは魔法でなんとかできるだろう」
俺の疑問は、カウフタンがあっさりと応えた。
確かに、アイは幻を見せる魔法が得意だ。
多くの人に、同じものを見せるのも造作も無さそうだ。
「なるほど。そうだよな。そこは俺も力を貸せるかもしれない」
俺自身が、アイの魔法を増幅させる、とか上手いことやればできちゃうかも。
上手いことやるのはアイの方だが。
と考えてている俺を、じっと見つめているカウフタン。
「どうした? 可愛い子に見つめられると、照れるんだが」
「イラッとさせるな。てか今までも力は貸してただろう? 今更何を言ってるんだと思ってな」
「そんな大したことしてないぞ。そりゃ移動には便利だっただろうけど」
俺の返答に、さらにイラッとさせたのがわかった。
可愛い子の機嫌の良し悪しってすぐ周りに伝わるよな。
それにイラっとさせた原因もすぐわかった。
口にこそ出さないが「俺をこの姿にしたことを大したことじゃないだとぉ」っていうふうに怒っているように見える。
これは、さっさと出ていこう。
「よし、俺はアイのところに行こう。アイが安全に宣言できるようにしないといかんし」
「召喚戦士として当然だな」
カウフタンは怒りをこらえながら言う。
さっさと行けと言わんばかりに、しっしっと手でこっちを払う。
ツァルクとタツコは残る意志を示したので、俺はひとり逃げるようにその場を去った。
衛兵隊の人にアイの居場所を聞いて、兵舎内を進む。
部屋は衛兵らに厳重に守られていて、俺はそこに通してもらえた。
寝ているアイと、見守るウルシャ。
ウルシャには、若干疲れが見える。
「ウルシャさんは、寝なくていいの?」
「流石に無理だな。今、任せられる者もいない」
「そういや、クオンがいないな」
「諜報工作中だそうだ」
「そりゃそうか。こういう事態だしな」
緊急すぎるほどの緊急事態だ。
クオンも、エジン公爵とアイのために敵陣の中で動き回っているのだろう。
「あ、そうだ。安全って意味ではハイエースの中がいいよな。そっちで寝かせる? すぐにでも呼び出せるけど……」
「いや。お前の力を使う使わないの判断はアイ様だ」
「そっか。まあ、あんまし目立たない方がいいよな」
別に俺はウルシャの判断でもいいけど、今はいらないという判断なら、それでもいい。
使ってしまったがために、ツァルクの偽『竜』騒ぎのようになってしまっても困る。
この世界の常識というか、アイの護衛に関することはウルシャに任せた方がいい。
そんなことを考えながら、空いていた椅子に腰掛けた。
「いきなり巻き込まれたにしては落ち着いているな」
「俺? 落ち着いているというか、生まれた時から巻き込まれているようなもんだからなぁ、ははは」
自分で面白くもない冗談を言って自分で笑う。
生まれたてだが、自分がちょっとオヤジ臭いと思ってしまって、また笑う。
「こう見えても、まだ1年も生きてないんだぜ。我ながら信じられない」
「ってことは信じているんだな……『神』の話を。お前はあの戦車そのものだと」
ウルシャは、なんだか少し同情をしているかのような目で俺を見た。
「私は信じられない。お前が人間ではないなんて」
俺自身は流石に本物の伊勢誠がいたので、信じるしかない。
でも、この実感は俺だけのものというのも事実だ。
アイでもなければ、俺があのハイエースそのものだとか、思い至りもしないだろう。
「まあそれを言ったら、あのどうしようもないセンパイがこの世界の『神』とかいう方が信じられない。『神』って言葉が示す万能さからは、最も遠い人にしか思えないし」
と言って、また笑う。
面白くもない冗談だったのだろう、ウルシャは真顔だ。
「あー、すまん。仮にもこの世界の『神』なんだっけ」
バカにしやがってって思われたかな?
「いや、謝らなくていい。多分それだ」
「それ?」
ウルシャはこくりとうなずき、話す。
「私には『神』があまりにも、普通の人にしか見えないんだ。とてもアイ様たち『神器』が目指す存在には見えない」
「わかる」
「お前もだぞ。『神』に親しい力とか言われてもな」
「それもわかる」
ハイエースとか冗談の類なのに、そのままハイエースできちゃうとか、どうなんだって思う。
そんな力を持った存在として、この世界で生まれている。
『神器』が『神』になるために必要な存在とか、冗談のようにしか聞こえない。
「……いや違うな」
「違う?」
「お前たちは……普通より劣った人だ」
「……」
あ、それ本人を前に言っちゃう?
まあそう思わなくもないけど……でも、一応まだまだ普通の人だと思ってたから、ちょっとショック。
てか、ウルシャが考える人として普通の基準は高そうだ。
ご本人の剣の腕とか、オリンピック選手とか、剣を使う競技の世界大会とかに出られるような、それくらいクラスなんだろうし。
庶民からしたら、だいぶできる人だ。
そんなのと、俺やセンパイを比べたらあかん。
と、そこでトントンと扉を叩く音がして、ウルシャはさっと立ち上がった。
ジェスチャーで、アイの前に立てと示したので、その通りにする。
そして、足音をたてずに扉の前へいき、鞘に手をかけた状態で呼びかけた。
扉の向こうから、衛兵からケアニス様がいらっしゃったので、隊長がこちらに通すようにとのことなのですが、いかがいたしますか、と問いてきた。
俺はそれを聞いて、ほっとしたが、ウルシャは警戒を解かず、ゆっくりと扉をあけた。
扉の向こうには衛兵と、ケアニスがいた。
「こちらにアイさんはいますか?」
いつものケアニスの反応を見て、ウルシャはようやく警戒を解いて、部屋の中に迎え入れた。
「アイ様を起こしましょう」
「いやいいですよ。疲れているでしょ。伝言で済ましましょう」
ケアニスは勧められた椅子に座らずに告げる。
「私はこれから鬼王さんを追って魔境城塞に向かいます。3ヶ月たってますからね。亜人たちも動いている頃合いだろうから。なんで私はこちらの手伝いはできません。衛兵隊の隊長にもそう伝えておきました」
まとまって動くことはないだろうとは思っていたが、今このタイミングで離れるのか。
これからアイ自ら戦争参加しなきゃならないのに、痛いな。
「ごめんね。でもこっちはタツコさんとツァルクさんもいるし、心配はしていないよ。ただ、あっちにはキルケさんと、シガースさんがいるから充分に気をつけて」
その辺は、カウフタンから聞いていた。
「シガースさんがまた『神』についたのは不思議だけど、私たちがあっちの世界で話したのは3ヶ月前だ。その間に心変わりくらいあってもおかしくない」
「ケアニスは魔境城塞で何を?」
「ひとまずナノスさんがどうなっているのか確認して、それからはわかりません。ただ、私は私で『神』を目指します」
ケアニスは、アイの方を見て微笑む。。
「敵対するつもりはないですよ。私も『神器』同士の戦いそのものに興味はありません。むしろ私の協力者になってくれるのではと、アイさんとイセくんには期待しています」
最初から、あの裏切りもしたシガースよりも、ケアニスは協力的だった。
それはきっと、彼自身がアイにも負けていないくらいには、『神』になるための手がかりを掴んでいるからだろう。
アイは、天使たちに『魔法』を壊されたことで、魔法を使いにくくなった。
ケアニスは、天使たちとは違う『真力』の大元を作り出した。
超常の力の扱いに関して、ふたりにはまだ力量の差がある。
それがケアニスの、余裕なのだろう。
俺という切り札があるアイが最も『神』に近い、という下馬評を覆すだけの何かを握っているのかもしれない。
「俺もケアニスと敵対するつもりはないから。そっちの用事を片付けたらこっちも手伝って」
「はい。シガースさんはともかく、キルケさんは目的を遂行のためにアイさんを殺すことを容赦する人ではありません。ご注意ください」
ケアニスはそれだけ言うと、扉から普通に出ていった。
どうせまた会えるといった風だった。
「止めなくて、良かったんですか?」
「また会えるでしょ」
ウルシャに言われて、少しだけ彼の『神』を目指すという言葉が気になった。
何のために『神』を目指すのか。
その目的によっては、俺たちの敵として再会することになるかもしれない。
止めた方が良かったかな?




