273話 騒ぎの後処理に追われるカウフタン
ツァルクが竜の姿を見せ、閃光まで出る咆哮を放ったことで、町も敵陣営もてんやわんやの大騒ぎになった。
この誰もが予想もしない出来事をしてのけた人物は、やることをやりきったドヤ顔で静かに降りてきた。
そして、皆が唖然としていることに戸惑いつつも、タツコが叱る。
我を美化した姿で、目立つことをするな、と。
ツァルクも、何故か照れつつ、美化ではないああ見えていたと言い訳をする。
なんだ? イチャイチャか?
と思っていた束の間。
武装をした者が鳴らす金属同士が擦れあう音がいくつも、部屋に近づいてきていた。
呆然としていたオフィリアたちが、一斉にそちらに注意を向ける。
入ってきたのは、完全武装なのに可愛いとしか思えないカウフタンと衛兵隊のみなさんだった。
「おいイセ! 今のはなんだっ!!」
「俺じゃねぇよ!?」
カウフタンとは久しぶりの再会だと言うのに、開口一番いきなり名指しで怒られた。
長旅から帰ってきて早々に、勘違いで怒られるとか納得いかない。
だが、怒った姿もとても可愛い。
そこも若干、癪に障る。
そして、俺がこの美少女を生み出してしまったんだなと、己の力の怖さに身震いした。
ぷんぷん怒っているカウフタンの後ろ姿を見て、付き従っている衛兵隊の皆さんも俺と同じような視線を送っている。
特に切り込み隊長のセディ。
仏頂面なように見えて、尊いと訴えかける目は隠せていない。
「お前以外考えられないっ」
「ああいうのはどっちかというとアイの魔法にありそうじゃないか」
「いやっ、それは誤魔化そうとしている顔だ」
ぐいぐいと詰め寄ってくる少女のようなカウフタン。
見上げて睨んでくるとか、可愛い。
戦場で活躍して、少し疲れが見えている柔らかそうな髪をなでたい。
「こっちは大変なんだぞ。疲れている衛兵隊の皆を総動員して町の騒ぎを抑え、敵陣の動きも活発になったから見張りにも多くを割かなければならないっ! さらにはっ、『竜』が町を襲ってきたと勘違いして町を逃げ出そうとした者もいたから止めねばならなかったっ!」
「あ、うん、ごめん」
「ごめんで済むかっ!! 明日の戦闘ためにも衛兵隊のみんなを休ませねばならないというのに、仕事を増やしてどうするっ!!」
彼女のひと言によって、カウフタンへの見る目が変わる。
可愛い少女が、可愛い声で怒ってて微笑ましいという雰囲気が薄れていく。
衛兵隊の皆さんも、少し気が緩みすぎたとばかりにキリッとし始めた。
あれ? これ俺が怒られ続ける流れ?
「何故『竜』を出現させたんだ。何が目的だっ」
「ごめんなさいっ」
俺に詰め寄るカウフタンの横から、深々と頭を下げるツァルク。
そっちを見る俺とカウフタン。
「……誰、でしょう?」
俺とツァルクを交互に見て聞くカウフタン。
ちゃんと説明せねばならんと、ツァルクとアイとオフィリアとも一緒にカウフタンに説明をした。
最後まで黙って聞いたカウフタンは、少し落ち着いたようだ。
「……こちらこそ、騒いでしまって申し訳ないです。ええと……竜騎士さま」
「ツァルクでお願いします。カウフタン……隊長? 将軍?」
「衛兵隊隊長代理、カウフタンです」
握手をするカウフタンとツァルク。
そしてツァルクはオフィリアに申し出る。
「エジン公爵閣下、私はこの騒ぎを納める手伝いをしたい。カウフタン隊長代理に協力してもよろしいですか?」
オフィリアはアイの方を向き、アイは構わないとうなずいたので、オフィリアはツァルクに協力を依頼し、カウフタンと共に今後について話し合うことになった。
もちろん、俺とアイたちも一緒だ。
カウフタンたち衛兵隊と共に館を出ながら、ツァルクはカウフタンにフランクに話し出す。
「久しぶりに外に出てはしゃぎすぎたみたいだなぁ。やりすぎた……ほんとすみません」
「……その外というのは後ほど教えていただきたいが、あの竜の姿が……ツァルク様の本当の姿なのでしょうか?」
「いや。あれは……実体のある幻で、俺が作ったものなんだ。チェイン……じゃなくて、タツコの元の姿を参考に出してみた」
「実体? 幻? ……アイ様の魔法で作り出す幻影のようなものですか……」
「まあそれに近いかな。次からは気をつける。使い所あったら言ってくれ、隊長代理」
「それは頼もしいです」
本音とわかる、無邪気な笑顔をカウフタンに見せる。
衛兵隊たちがメロメロだ。
「何か問題だったのか? 『竜』の姿を見せれば敵も戦意喪失だろう?」
カウフタンとツァルクの会話に、タツコが口を挟んだ。
「……どこから説明したらいい、ですかね?」
カウフタンがさっそくツァルクを頼りにした。
「まあ所詮オンリーワンな種だからなぁ。社会性のある人間の心の機微はまだまだ勉強中ってところだろう」
「タツコ様への説明をお願いしてもいいですか?」
「わかった。任された」
「……こちらの常識が通用する方がいてくださって助かります」
常識が通用しない代表格とばかりに、俺を睨むカウフタン。
まあ、わからんでもない。
元『竜』のタツコを筆頭に、異世界からきた俺に、人間の中の規格外の『神器』アイ。
竜騎士ツァルクは、そんな中でも比較的真っ当なところがある。
タツコが『竜』だった頃に、苦労していたのかもしれない。
ツァルクはタツコに説明をする。
ふたりが竜騎士として戦っていた頃、『竜』が味方にいることは自軍側はわかりきったことだった。
しかしエジン公爵側はそこまでわかっていない。
わかってない人々の前に、知らされもせずいきなり『竜』が現れる。
味方までもが混乱する。
っていう話を聞いて、タツコはなんとなくわかったという反応だった。
そんなふたりのやり取りを聞きながら歩いているとアイがふと疑問を口にした。
「……しかし何故、ツァルクはタツコと同じ力を使えるんだ?」
根本的な疑問を口にしたアイ。
別にその疑問をすぐに解こうとか、聞き出そうとしたわけではないだろう。
彼女は彼女なりに見たものからどういう風に導きだされたのかを考えるクセがある。
だから、俺の正体にも『神』と話す前に気づいていた。
そういうことを考える思考の一旦を口にだしたのだろう。
そして、それが、本題の答えを引き出した。
「我が、ツァルクの体を少し作り変えたからだ」
タツコがとんでもないことを口にして、皆がギョッとしてタツコに注目した。
ツァルクも同じようにギョッとしてたが、やれやれと苦笑する。
「見た目は人間だし、ほとんど人間だ。だが人体の一部が『竜』になっている。いわば『竜人』と言えるか」
「そう、なのか?」
アイが確かめるように聞くと、タツコはうなずいた。
「そして、今は我も『竜人』だ。ツァルクと同じだ」
何故か、タツコは頬を赤らめた。
え? 何? 今の惚気のつもりなの?
場違いなタツコの態度にもかかわらず、アイは驚きで目を見開く。
「タツコ、ツァルクの体をいじったのか……そんなことは『神』にしかできない」
「……ああそうだ。我は『神』にもっとも近かった元『竜』だ。故にわかるぞ」
タツコは俺を見た。
「イセ、おぬしの力は『竜』をはるかに超えている。そのイセを従えるアイは『神』に最も近い『神器』だ」
俺は黙って聞いていた。
それを俺がわかっていないと判断したのか、タツコは続ける。
「アイが何故『神』に近いのか。イセ、お前がいるからだ。『神』に等しい力を持つ、お前がな」
実はそのことはもうわかっていた。
だが、タツコに言われて自覚せざるを得ない。
俺が使っている力は、あの『神』と同じものだということを、自覚せざるを得ない。




