272話 『竜騎士』の証明
領主オフィリアと『神器』アイの再会に沸いた城下町。
その後、1時間は騒いでいたが、実際に領民の前で再会を果たした姿を見せたのは数分くらいだった。
アイと俺たちは、領主の館へと招かれた。
乗ってきたハイエースは、領主の馬車を扱っている厩舎へと向かい、そこで締まった。
オフィリアの側近等、関係者に見られてしまったが、その辺は口止めくらいしてくれると信じている。
突然現れた『神器』アイの一行。
戦場に派手に現れたことで、敵味方双方に真偽入り混じった情報が出回っていることだろう。
まずは、オフィリアと側近たちに、俺たちが本物であることを認識してもらわねばならない。
「アイ様、3カ月の間、どちらに潜伏なさっていたのですか?」
オフィリアたちにとって、一番の疑問はそこだったらしい。
潜伏したわけではなく、ただ行って帰ってきただけの1週間だったわけだが。
そこをどう説明したものか。
そもそも、俺たちもまた、この時間のズレに関してはほぼ何も把握していない。
先輩が逃げだす時に、何かやらかしたんだろうけど。
「『神』と会ってきた。それで遅くなってしまったのだ」
アイの短いひと言は、オフィリアたちをざわりとさせた。
それは、3カ月の潜伏の理由に相当するもので、これ以上の追求は無意味と悟らせるに足るひと言だった。
「この件に関しては、口外は止めて欲しい。だが……オフィリア、ようやく掴んだぞ。『神』への糸口だ」
アイはオフィリアに寄り、手をつかむ。
再会した時のように、力強くお互いが両手を握り合う。
「エジン公爵殿に匿われ、惜しみない援助をいただいたことで、アイはここまで来た。まだ道半ばだが、あの多くの『神器』たちよりアイは先んじた。これはオフィリアたちのおかげだ」
アイの声は、かすかに涙で滲んでいた。
この声を聞いて、感動しない者はいなかっただろう。
オフィリアは、アイよりも涙を流してぼろぼろになっていた。
「いえ、いえ……私たちは……ううぅ……良かった。本当に良かった」
オフィリアも含めて、エジン公爵家は常に苦しい戦いを強いられてきた。
帝国の名門であるが故に、混沌としたこの世界で多くの者たちを支える柱のひとつとしての役割を果たしてきた。
アイの言葉は、その戦いに対する確かな報いとして響いたのだろう。
「そのような吉事があったのに、歓待する用意を整えられず、悔しいです」
「まず先にこの戦争を終わらせる方が先だからな」
アイがそう言い、ツァルクに視線を移す。
釣られて、オフィリアたちも注目した。
タツコの隣に立つ男は、俺たち以外は誰も知らない。
だが彼らは全員、タツコが何者かを知っている。
あの帝都にいた『竜』が姿を変えた存在であると。
では、彼女の横にいる男はいったい何者なのか。
自然と、そう考えても不思議ではない、と思う。
アイとは、領主の館に移動する前に、ハイエースの中で手短に伝えていた。
ツァルクを領主に紹介し、戦争終結のための手を借りようと。
「紹介しよう。タツコの隣にいるのはツァルク。記録の上ではあの伝説の『竜騎士』であり、初代教皇ツァルク1世だ」
「……」
その場にいるメンツが全員ぽかんとしている。
アイに絡む人々は、基本的に規格外だ。
異世界から召喚されたハイエースの化身である俺を筆頭に、堕天使を連れてきて、『竜』の化身を連れてくるような『神器』だから、規格外には慣れている。
だが、まさか……
「猊下の子孫の方、ですか?」
側近の誰かが漏らしたひと言で、皆が納得した息遣いが聞こえた。
ああ、なるほどなるほど、そういうことか、と。
彼らの常識に沿う発想によって、それで納得しそうになっていた。
だがそうではない。
「子供、いたか?」
アイが聞くと、ツァルクはタツコの方を見て苦笑し、首を横に振った。
「子孫はいないそうだ」
「血縁者くらいは生き残っているかもしれないが、俺は知らない。千年前だろ? 家系とかそういうものでは続いてないと思う」
「だそうだ」
アイとツァルクはお互い確認しながら、分かっている事実を平然と語る。
聞く側にとっては、平然と聞き流せる内容ではない。
「アイ、いきなりそんなこと言っても、誰も理解できないと思うぞ」
俺が助言(?)をすると、アイもうなずく。
「まあそうだよな。どうしよう? どうすればわかってもらえるかなあ」
「ここは、俺の方から説明しようか。自分のことだしな」
ツァルクは、こういう場で話しをするのは苦手そうな素振りでオフィリアたちに語りかけた。
「えー、ただいまご紹介にあずかりましたツァルクです。俺じゃなくて私が主に戦っていた頃は『竜騎士』と呼ばれてたりしましたが、貴族とかの騎士じゃなくて、騎馬の代わりに『竜』に乗って戦っていたからそう呼ばれていた感じ、ですかね」
思ったより気さくな感じで話し始めた。
「死後というか、実際には死んでないのはこの通りなのですが、世間の皆さんの目にかからなくなって、その後どうやら教皇ってことになってたみたいで、寝耳に水とはまさにこのこと、大変びっくりしました。まあそんなことより、チェイン……その『竜』がえらい美人になってて、月日の流れは人を大いに成長させると言いますが、千年も経つと『竜』もこのように変化させるのだなぁと、とても感慨深く感じいっている次第です」
「何を話しているんだ?」
タツコが、話がおもいっきりそれたタイミングで止めてくれた。
自分の話を始めたので、止めたんだと思うけど。
「俺が本物のツァルクとわかって欲しくて、今の心境を語ってみたんだけど……」
「『ツァルク』」
「はい!」
タツコの呼びかけは、口からの言葉だけではなかった。
相手の心に直接語りかける、念話のような訴えかけもこもっていた。
対して呼びかけを受けたツァルクの鋭い返事。
ふたりの関係性が、今のやり取りに現れていた。
気さくすぎるし庶民的で、どこか間が抜けているツァルクが、まるで師匠を相手にした弟子のようだった。
「ツァルクは人間たちから『竜騎士』と呼ばれていた。それは何故だ」
「……」
「……応えられないか。ならば我が教えてやろう。お前は我の力と同じ力を使えたからだ」
「!? はい!」
「どうやら長きに渡る強制的な眠りから覚めていないようだ。一度、大きく体を動かして、目を覚ましてくるがいい」
天使たちの力である『真力』。
それは『竜』と同じく、この世界に存在するエネルギーを集めて力として具現化する能力。
ツァルクは人の身でありながら、それを使いこなせた。
だからこそ『竜』と共にあった、ということか。
「わかりました。やってみませましょう」
「お前が力を見せれば、おのずと彼女たちもお前が『竜騎士』と理解するだろう」
「……え?」
何故そこで疑問になるんだ?
「何か問題が?」
「いえ、俺が力を見せたところで、それで俺が『竜騎士』とは思わないんじゃないですかね」
「……?」
「いや、だってチェイン……じゃなくてタツコ。イセのあの力を見た後だろ? 俺の力を見たところで、見劣りするし、まあそんなものかってなるんじゃない?」
「……ああそういうことか。アイ、どうしたらいい?」
タツコも納得気味にうなずいて、アイにぶん投げた。
いきなり投げられたアイは苦笑してみせた。
「勘違いをしているようだが、イセの力はアイたち以外には理解されていない。むしろ、あっちの軍に飛んでいったケアニスの方がすごいと勘違いされていると思うぞ」
「ケアニス……あの『竜』の力を使って空を飛んでいたあれか」
「天使たちは『真力』と呼んでいる。教会では奇跡の力と喧伝して回っているぞ」
「なるほど、そういうことなら納得だ。千年も経つとずいぶん進化した『力』も出てくるもんだなと思ったらそういうことか。なら話は早い。タツコの言う通りだった」
ツァルクはタツコの方を向いてニコリと笑う。
タツコは、だから言っただろうという顔になってムスッとしているように見えた。
「つまり……俺がいた頃と同じだな」
そう言って、オフィリアたちの方へ向き直る。
「私は『竜』と共に戦う者。その力を見せましょう」
そのひと言は、ひどく堂に入っていた。
何度も同じように多くの人々がいる前で言っているのだろう。
両手をひろげて胸を張ったポーズは、どこかわざとらしくもあるが、確かに威厳にも似た存在感を放っていた。
そして気づいた。
放っていたのは存在感ではなく、彼の『力』だった。
流れるように放たれた『真力』は、ツァルクの体を浮遊させる。
それだけで、オフィリアたちはギョッとし、護衛たちが彼女をかばうように前に出る。
「いい主人と従者たちです。ですが心配いりません。あくまでこれは私の力を見せているだけに過ぎません」
ツァルクは浮かせた体で、室内を動き回る。
そして後ろの方に控えるひとりに声をかけた。
「あなた、怪我をしていますね」
浮遊していたツァルクはその者のそばに降り、びっくりして体をひく彼の体に向かって『力』を放出した。
変化はすぐに起こる。
怪我をかばうように立っていた彼は、驚いた顔をしてみせた。
「治しました」
本当か? と彼の元による人たち。
彼も怪我をしていたらしい脇腹のあたりを叩いてみせ、痛くないと力強く言った。
部屋の中を飛び回り、傷を癒やしてみせた男に対する視線は、がらりと変化する。
魔法を使いこなすアイ、天使の力を使って戦うケアニスたち。
だが、癒やしの力まで使う者は、今まで見たことがなかった。
「んー、他に信用してもらえそうなことは……」
「いや、それで充分だと思うけど」
俺が話しかけると、首をかしげられた。
「そう? まだ『竜騎士』って感じじゃないでしょう」
「こだわっているのそこ?」
「『竜騎士』ツァルクと伝わっているなら、それらしいところを見ないと納得しないでしょ」
そう言っているうちに、何をするのか決まったようで、窓の外を見た。
開いた大きな窓の向こうは、今までさんざん戦いがあった戦場だ。
今は闇の海のように静まり返っている。
その中、月明かりと星あかりしかない闇の中に、いくつもの火の明かりが固まっているところがある。
「少しお待ち下さい」
そう言いながら、ツァルクは駆け出し、窓の外へと跳んだ。
今まで散々飛び回っていても、町の城壁より高い位置から外へ跳び出すとひやりとさせる。
しかし、ツァルクは当たり前のように空を飛び、城下町の上へとあがって行く。
「何をする気なのですか」
オフィリアに反応したのは、タツコだけだった。
「あいつが戦場でよく使っていた手だ」
皆がギョッとしてタツコを見る。
ものすごく攻撃的で破壊的なことが行われるのではと、ぞくりとくるひと言だった。
その反応に気づいたのかどうかわからないが、上空にいるツァルクからこちらに聞こえる声が響いた。
タツコの使う念話と実際に声帯から出る声と共に放たれた言葉は、オフィリアたちみんなが聞いた。
「『これが『竜』と共に戦う者の『力』です』」
その言葉の直後、上空から轟音が響き渡る。
オオオオオオオオオォォォォォ!!!!!!!!
少し甲高い、人のものとは思えない咆哮が、ツァルクから発せられ、その音に遅れて閃光が放たれた。
TVの映像で見たことがある、まったく明かりのない暗闇に照明弾が打ち込まれたような明かりが、城下町を包む。
そして、上空には巨大な竜が現れた。
信じられない光景だが、その竜がツァルクであることは、今まで彼の言葉を聞いていた者たちは皆、理解していた。
竜となったツァルクは、続いて敵軍が駐屯している方へ、鋭い咆哮を放つ。
咆哮は突風となって陣地を襲った。
テントが揺れ、篝火が消えるくらいの突風によって、敵方の陣地は敵襲と勘違いして、騒ぎが大きくなっている様子だった。
「……何してるんだ、あの人」
「照れるな」
思わず漏らしたひと言に、タツコが反応した。
って何故、照れるんだ?
「あの姿は、我だ。だが少し美化し過ぎだ。まったく、あいつの目に我はああ映っていたとはな」
そこ、デレるところなの?
『竜』の感性、さっぱりわからん。
俺からしたら、アイも含めて驚きであんぐり口をあけているここの人たちの方に強く共感する。
衝撃的な『竜騎士』の証拠だった。
もうこれで戦争の方も、上手いこと終結に持っていけるんじゃないの?
初代教皇って肩書を使って交渉とか、いらないと思う。




