269話 公爵討伐軍
エジン公爵の衛兵隊長代理カウフタン。
彼女(彼?)が軍馬にまたがり、片手に手綱と軍旗を掲げて最前線を駆けている。
武器も持たずにと思うが、背後から付き添う兵たちが彼女の武器だ。
少し遅れ気味に後に続きつつ、寄ってくる敵兵を蹴散らしに前に出る護衛の騎兵たち。
その中でも大剣を片手で軽々と振るい、倒した敵以上の敵をひるませ追い散らす姿は遠くから見ても目立っている。
「あのでかいの、カウフタンに負けた……えっと、なんだっけ?」
「セディですよ」
同じところを見ていたのか、ウルシャが答えてくれた。
「そうだセディだ。衛兵隊の切り込み隊長だったな」
小さな女の子のようなカウフタンを、大きな体で覆うように甲斐甲斐しく守る姿はとても絵になる。
カウフタンは、戦場の聖女みたいになっている。
この光景を最初に演出してみせたのは、俺の性転換(?)光線と思うとちょっと興奮するな。
「へぇ、あの女の子が指揮とってるのか。アイさんといい、君たちの主君は女性を重用するんだな」
ツァルクは楽しそうに口にする。
1000年くらい昔の人だから、男女均等な雇用機会は馴染みが薄いらしい。
って、ここ現代日本じゃないんだが。
「かなり勇猛な指揮っぷりだな。あの護衛らがいなきゃ即潰されるぞ」
「セディって言うんだ。敵兵がいようがいまいがまったく関係なく駆けてるよなぁ」
「あれだけ動き回りながらも守りも固い。最前線にいて指揮に集中できる」
「姫を守る騎士にはバフでもかかるのかな」
「姫? あれがイセくんらの主君?」
「いや。もののたとえ。セディ、隊長代理のカウフタンに負けて、惚れちゃったんだよなぁ」
口にした後、ウルシャから、不謹慎なことを言うなという感じで睨みつけられた。
余計なことを言った気がする。自重自重。
「ほう。詳しく」
戦場には特に興味を示さなかったタツコが、食いついてきた。
ほんとこういうの興味あるんだな。
「セディ、カウフタンにタイマンで負けた後、コクったんだけど思いっきりフラれてた」
「マジで? そんなことがあったのに一緒に戦ってるの? いいじゃねぇか。男だなぁ。友達になれそうだ。今度飲みたいなぁ」
「ツァルクさん、戦場のど真ん中でほのぼのしてるね」
「そりゃ、お前がいるから安全だろ」
いきなり俺のことを言い出して笑うツァルク。
「あんな天より高いところから落下をしておいて全員無傷。そして別に自らを犠牲にしたわけでなくお前も無傷。タツコも格が違う存在だが、彼女をこの姿にしたお前もまた格が違うだろ」
そしてコンコンとハイエースの車体を軽く叩いた。
「こいつの中にいるのが、あの高い城壁の内側にいるより安全だからな」
ツァルクの言葉に、ウルシャもうなずいた。
「アイ様、車内へ戻りましょう。確かにこの中が一番安全です」
アイは連絡の魔法の返事を待つように、城下町の方を見ていたが、ウルシャの言葉にうなずいた。
「いつ返事が戻ってくるかわからないからな。イセ、城門へ行こう」
あの小鳥はアイの手元に戻ってくるから、わざわざこの場で返事を待たなくてもいいんだった。
アイの提案に皆がうなずき、それぞれハイエースに乗り込む。
運転席に座ってシートベルトをしてから、そういえばと気づいた。
「カウフタンに合流しなくていいかな?」
「あっちはあっちで忙しそうだ。アイたちが行くと余計なことになるんじゃないか?」
「そんなもんか。んじゃ行くよー」
とハイエースを城下町の方へと走らせた。
人がたくさんいるからひかないように安全運転。
時々倒れているのもいるので、結構注意が必要だ。
安全じゃない戦場の方が安全に注意しないといけないとか、皮肉だ。
のろのろと走っていると、思いっきり味方の兵たちに警戒されている。
初めて見る方が大半なのだろう。
城下町では何度かハイエースをお披露目しているが、webのない世界だと誰かが見て、それを口頭で伝える伝聞形式でしか知られていない。
ハイエースを見たところで、それが車とはわからず、奇妙なものとしてしか見えてないだろう。
敵の新兵器とか思われたりして。
と考えた矢先に、矢が飛んできた。
おっと危ない危ない、と華麗なハンドル操作で中の人への揺れを最小限に避ける。
「鉄板なんだから防げるだろ」
「すまん」
レンタルとはいえ傷や凹みができたら修繕費がかかると思ってしまうのは、過去いた世界の思考クセだろうか。
「攻撃するなっ! あれはアイ様の戦車だ! アイ様の召喚戦士のものだ!!」
部隊長っぽい衛兵の外套を着たのが、兵たちに注意をうながしながら、こっちにやってきたので車を止めた。
「おっかなびっくり召喚戦士って呼ばれるの久しぶりな気がする」
ここにいる人たちは、伝聞じゃなくて直接俺を見ているからそういうのまったくないよな。
「もはや召喚戦士の枠には収まらないからな……私が話してくる」
ウルシャは言って、車外へ出る。
護衛対象を守るために、扉を閉めるのを忘れない。
「ウルシャ様、ご無事でしたか!」
「はい。アイ様が帰還されました。至急エジン公爵閣下にお目通り願いたい」
「わかっております。鉄の戦車ごと城門へとお進みください」
衛兵と話をつけると、周りにいた兵士たちが指示を聞き入れ動き出す。
伝令として城門へかけるもの、ハイエースを護衛するように退却していく敵陣の方への配置につくもの、それぞれきびきびと動いている。
衛兵隊って優秀なんだなぁ。
彼らの先導の速さに、のろのろとついていき城門の前までやってくる。
すると、丁度そこから兵士とは違う身なりの、貴族が狩りにでも出かけるような格好の中年の男が出てきた。
「あっ!? アイ様、ヌイーズ卿です。ヌイーズ卿が出迎えに来てくれました」
……ヌイーズ卿って、誰だっけ?
と思いつつも、ウルシャさんもアイも慌てて外に出ていくので聞きそびれた。
これは俺も出て行かなきゃならん流れかな。
「ツァルクさんとタツコは待ってて」
そう言い残して俺も車外へ。
アイたちの様子を見つつ、ヌイーズ卿が何者なのか神妙な顔をしながらだいたいを探ろう。
「アイ様、よくぞご無事で。お嬢様……いえ公爵閣下の元へ魔法が飛んできた時は、歓声があがりましたよ」
「ヌイーズ卿、この戦はいったいどうしたのか」
「っ!? そ、それは……ご存知ではない、のですか?」
ヌイーズ卿はアイたちが知らないことに驚きを隠せないという様子だった。
ウルシャの方を見て、アイだけでなく俺たちが知らないことを察した様子だった。
「アイたちは亜人領から異世界へ行き、しばらくこの地を離れていた。だから何もわからない」
「異世界? そ、そうでしたか……」
ヌイーズ卿は数秒沈黙し、答える。
「アイ様が旅立たれてから1ヶ月後、我らエジン公爵閣下は教皇より倒すべき敵と認定されました」
「な、なんで!?」
アイが、口をあんぐりと開けて驚く。
「教皇は皇家へ爵位の剥奪を要求しましたが皇家は拒絶。しかし、公爵討伐軍の編成は黙認され、このような事態に……」
「討伐軍!? ではコンウォル辺境伯だけではなく、これは教皇猊下発起による連合軍なのですね」
ウルシャが口を挟むと、ヌイーズ卿はうなずいた。
「魔境城塞の騎士たちだけではなく、教皇領の聖騎士の姿も見えた。見間違いではなかったか……」
なにやらエジン公爵領が大変なことになっているのは、この戦場の有様と3人の様子から察することはできる。
その辺の事情の大変さは、なんとなくしかわからん。
だが、さっきヌイーズ卿って人が言ってた中に、聞き捨てならない内容があったのには気づいたぞ!
「ちょっといいですか? 俺たち出かけてからまだ1週間くらいだと思うんすけど、1ヶ月前ってそんな話ありましたっけ?」
アイとウルシャさんが、俺の言葉を聞いてハッとなってヌイーズ卿の方へ再び疑問を投げかける。
それに対して、このおじさんは言った。
「え? アイ様がイセ様の戦車で旅立たれたのは3ヶ月前では……」
あっ!? これ知ってる!?
時空を越えた旅をしている時間の流れと、元の世界での時間の流れが違うやつだ!!




