26話 次の戦いの切り札
「それじゃ、鬼を連れてくるから、待っててくれ」
「ここで、パパッと出せないのか?」
「ハイエースからでないと」
俺は車庫まで戻って、鬼を1匹出現させる。
車を引き上げた時には泥だらけだったけど、すっかり元のままだ。便利だな。
そして鬼を連れて、また執務室へ戻る。
1匹だけでも2メートル超えるデカさだし、異様な雰囲気出してるからか、通りかかる時にAI機関の面々から引かれる。
悪魔だ、とか呟かれたりするの、まだ慣れない。
「あ、戦士様……はうぅ――」
帰る途中でオフィリア嬢に会い、鬼を見られて気絶された。
倒れる瞬間は、俺と鬼で支えて、後はお付きのメイドに任せた。
ってことを、執務室に戻ってアイに報告した。
「気をつけろと言っただろ!」
「流石にこんな大きい体なんだから、隠しながらとか無理だって」
「外でやればよかっただろ!」
「先に言ってよ!」
でも、まあそうだね。
いくら格闘術とはいえ、執務室で暴れるよりかは、外に出た方が良かった。
「おおー、近くで見るとでかいっすねっ」
言い争いしている俺たちを気にせず、クオンが鬼を興味深そうに見たり、ぺたぺたと触ったりしている。
怖いもの知らずだな。
「クオンは見てないだろうが、衛兵ひとりを建物の屋根くらいまで投げられるほどの膂力だ」
「見た目通りっすね。バリスタも近づければ一撃で粉砕するほどと聞いてまっす」
「どうだ? いけるか?」
「やってみないことにはっすね」
自信満々の笑顔で、柔軟体操をするクオン。
その一子相伝の忍術が効きそうなのか?
「んじゃ、イセ、鬼には一切手を出させるなよ?」
「わかってるって」
アイと俺は、ウルシャに始めていいよと伝える。
「じゃあ、クオン。やってくれ」
「あいあいさーっ」
クオンは勢いをつけて鬼に立ち向かうと思っていたら、鬼に歩いて近づいてまず腕をとった。
そして、くいっと軽く引っ張る。びくともしない鬼。しばらくそのまま。
「……どうしたんだ? 腕を引っ張ってるだけ?」
「まあ見てろ」
アイが言い、ウルシャも同じ感じでジッと見てるので、俺も再び見る。すると……
「こんなもんっすかねっ」
クオンがまた、腕を引っ張ると、今度は鬼の体がガクンと膝から落ちるようにふらりと体勢を崩した。
「おっ!?」
驚くのは俺と鬼だけで、アイもウルシャも動じていない。
クオンの動きはさらに続く。体勢を崩されて、膝をついた鬼。その膝に片足をつっかけて上に登るように上腕と肩あたりを両手で持って、えいっという感じで力を入れる。
がくんとその肩が下がる。
その腕を抑えようとしたもう片腕に絡みつくような関節技で、今度は俺でも見てわかるように肩関節を外した。
両腕が使えなくなった鬼が勢いよく立ち上がろうとする。
「わっ! ちょっとスト――」
止める間もなく、クオンが鬼の股関節あたりを軽くキック。
蹴られた方の足が崩れるように下がり、鬼はだらりと下がって動かない両腕と、動かない片足になり、その場で倒れた。
そして何事もなかったかのように、さっきと同じ自信満々って感じで得意げに笑っているクオンがいる。
「いっちょ上がりっす」
「相変わらず、すごいぞクオン!」
「えへへ、お褒めに預かり恐悦至極っす」
「技のキレ、あがっているな」
「城下町潜入時に、いくらでも試せましたからっ、またひとつ強くなったっす」
ちょっと披露してみましたって感じで言うクオン。
「マジですげーな。鬼の関節ってそんな簡単に外れるもんなの?」
「まさか。コツがいるらしいぞ」
「コツってレベルじゃねーぞ」
「僕くらいになれば、これくらい朝飯前っすけど、一子相伝っすから。コツは教えないっすよっ」
「知ってもできる気がしないから大丈夫」
調子にのってる姿が、妙にムカつく感じだが、調子に乗るだけの実力だと思う。
ウルシャより強いと言われるのがよくわかる。
無残な姿の鬼を見て思う。
「まさか、ここまでとは……」
「私より強いと言っただろ?」
「この技って、ウルシャさんが剣を抜いても避けられない?」
「難しいだろうな。抜刀や初太刀を避けられたら終わりだろう」
あのウルシャさんをして、そこまで言わせるほど。
止まっている相手でなくても、ああいうことできるってことか。
てか、最初に体勢崩したやつ、合気道の達人の動画で見たことあるぞ。
コスプレクノイチのくせに、実力がマジっていうところが、ふざけているのか、リアリティなのか。
「あ、鬼の関節直しますね」
「いや、このままいったん退場してもらおう」
鬼は関節外れたまま、引っ込ませた。
バリスタや矢傷も、治ってケロッと復活していたので、関節も大丈夫だろう。
「おおっ、消えた……びっくりっす」
「おまえの方がびっくりだよ」
「…………」
じーっとこっちを見ているクオン。
この好奇心に満ちた瞳は、どことなくアイと同じようなものに感じる。
そして多分、それは方向性が少し違って……
「戦士殿。本気で戦ってくれないっすかね?」
やっぱり方向性がそっちだったか。
「戦士殿の鬼の力、本気を味わってみたいっす。そしてこの最強の技が通じるのか、試してみたいっす」
「って言ってるけどどうしよう?」
「……うーん、どう思う? ウルシャ」
「いや、辞めておいた方が……次元が違うかと」
「そこまで言われたらますます味わってみたいっす!!」
「いやしかし、クオンの貞操がだな……」
何やら揉めている。
アイとウルシャは、諦めさせようとしてるのだが、俺からしたらあの強さだ。本気の鬼でもあの謎の合気道でなんとかしてしまうのでは? と思ってしまう。
「アイ、すぐ止めるから。やってみよう」
「……そう言って、ほんとはあの続きをしようとしてないか?」
「ないって!」
俺の方としては特に試したいわけじゃない。
だが、クオンの方がアイとウルシャにお願いお願い攻撃を仕掛け、鬼の本気パワーと対決ということになった。
庭にハイエースを転がして、鬼たちを出す。
そこで鬼1匹と対峙する、わくわく顔のクオン。
鬼の方は、いつもどおり何考えているかわからないヌボーッとした顔をしている。
こんな感じで動いているから、AI機関の面々がギャラリー化している。
「いいか? 危なかったらなんとか逃げるんだぞ」
「わかってますって。大丈夫っす。クオンの格闘術は無敵っすから」
「うーん、調子乗ってること言いつつも油断ないのはわかるんだがな……とにかく、気をつけろ」
「ウルシャさんがそこまで言うほどの『力』。ひっじょーに楽しみっす」
やる気満々のクオン。
これで対応されたらされたで、鬼たちの『力』の限界を知ることができる。
相手が大勢で飛び道具があれば簡単に対応されてしまう鬼。
さらに1対1でも勝る相手がいるとわかれば、鬼の使い所は限られてくるが、間違った対応をせずに運用の道が開ける。
この模擬戦、実はいい方に働くんじゃないか?
そんなことを考えていると、アイが審判役みたいにふたりのそばに立つ。
「クオン、武器の使用は禁止だ」
「わかってまっす」
「鬼。女の子を傷つけるな」
「…………」
「……無言は怖いぞ」
「わかってます! 傷つけません!」
俺が少し離れたところから叫んだ。
「判定はアイがする! では、はっきよーい、のこった!!」
あ、こっちの世界でも相撲あるの?
という疑問と共にクオンが動く。
腕をとって、いきなり手首の関節を外した。
疑問に気を取られて、命令忘れてた。
クオンの実力は本物だ。為す術なくやられる可能性がある。この一瞬の遅れが命取りだ。
「鬼よ、全力だ!!」
クオンが手首に続いて肘の関節を外した瞬間、鬼から魔力が溢れた。
関節は一瞬で治り、掴んでいるクオンの手を逆に握り返す。
「おっ!?」
クオンはスルッと抜いて後ろに飛ぶが、同じタイミングで前に出る鬼。
一瞬宙に浮いたクオンの体を軽々と捕まえ、ハイエースに向かって跳ぶようにダッシュ。
当たり前のように後部扉が開き、中で待っていた鬼に手渡し、相手していた鬼もハイエースに飛び乗る。
そして、スライド式のドアが閉ま――
「「ストップ!! そこまでっ!!」」
俺の命令と、試合を止めるアイの掛け声が同時に発せられ、駆け寄るウルシャがあわてて閉まりかけたドアを開く。
車内では、二匹の鬼に組み敷かれた上、ビリッと上着を破かれた状態のクオンが、びっくり眼で鬼たちを見ていた。
「また間一髪って違う!? 破かれてるぞっ!?」
「ごめんっ! ほんとにごめんっ!! 鬼、ひっこめーっ!」
鬼たちが、しゅわぁぁと溶けるようにいなくなった。
残ったのは、ぐったりと仰向けに倒れているクオン。
上着が破かれているが、全裸じゃなくて良かった……良かった?
「ふぅ。助かった」
「助かってないぞ! この鬼畜めっ!」
「不可抗力だよっ! 本気を試すって話だったじゃん!!」
「ここまでしろって言ってないだろーっ」
「まさかウルシャさんや、オフィリア嬢の時より速いなんて思っても見なかったんだよーっ」
ほんとに、手際が上がっているように見えたが……いったい……
俺とアイが言い争いしている中で、ウルシャが車内に入ってクオンを助け起こしてくれた。
破けた上着をおさえながら、ガクガクブルブル震えながら出てくる。
まるで襲われた後みたいだ。って襲われた後なんだが。
「クオン、大丈夫か? ひとりで立てるか?」
「な、なんですかあれ……全然違いました……」
ショックを受けている感じは、ウルシャさんと同じだ。
オフィリアの時は、完全に気絶していたが……
「捕まる前に力がすっぽ抜けて、その間にされるがままになって……気づいたら服まで破かれて……」
「そうか……そうか……」
ショックを受けているクオンを慰めるウルシャ。
なんてひどいんだ、と遠巻きに見ていたAI機関の面々も口々に言っている。
ひどいと言われている対象は……俺?
「うちの大切な戦力を潰す気かっ!」
「それは……ごめんなさい……」
悪いことしてるつもりはないのに、流されるままに悪いことしてる感じがして、それはそれで反省材料なので、俺もしょぼんとしてしまう。
でも、ほんとにこれって俺のせいじゃないよなぁ……
あの凄腕なクオンすら凌駕する俺の『力』なんだから、もっと褒められてもいいはず……
だいたい、あの合気道みたいな一子相伝の技を会得している相手をして、為す術なく組み敷くわけだから、とても強いはず。
力がすっぽ抜けるって、相当な力がないと無理だろうし。
……ん? 力がすっぽ抜ける?
「なあクオン。力がすっぽ抜けるって、鬼に捕まった時?」
「……いや、捕まる直前だったっす」
「…………」
鬼の力はあくまで物理的なものだ。
魔力的なもので強化されたあの肉体が武器だ。
だからその前に、力が抜けるように作用したのって……
アイが指摘してた使いこなしていない『力』って、このこと?




