262話 シガースの拒絶と願い
石版のシガース。
アイの魔術の師匠であり、『神器』のひとり。
こちらの世界に転生してしまった異世界転生者。
元々の彼は失われた『魔法』の構築に失敗、暴走させてそれに巻き込まれて死んだ。
死んだ後、こちらに転生し、タブレット等のガジェットを駆使してサミュエル卿らと連絡を取り合うことで、あちらの世界に大きな影響を与える存在。
実際、彼の手引がなければ俺たちはこうしてこちらの世界に来られなかった。
そんな彼……彼女に俺は聞いた。
「シガースとして一緒に帰ります?」
彼女は、驚いたように少女の瞳を見開く。
俺にはそれは拒絶や忌避には見えなかった。
彼には、志賀飛鳥という少女としての生活がある。
転生をしたということは、すでにこちらの世界の人間であって、あちらの世界の人間ではない。
しかも10年以上経った姿でここにいる。
愛着もあるだろうし、あのソシャゲ回しっぷりから察するにだいぶ馴染んでいることだろう。
伊勢誠としての記憶にあるこちらの生活感は、わかるつもりだ。
異世界ファンタジーなあっちの生活は、こっちの日本の生活と比べると結構ハードモードだ。
アイたち領主のそばで暮らす者たちですら、こちらのキャンプ生活みたいな住心地って感じだ。
非日常の娯楽としてのキャンプ生活が日常になることに、抵抗のある人は多いだろう。
でも俺は聞いた。
なんで聞いたのかと言われると、なんとなくだ。
だが……俺は聞くべきだと感じた。
「一緒に戻りたいのはやまやまだが、私はこの体のままでは帰れないんだ」
志賀飛鳥は、そう苦笑気味に言った。
「小さいガジェットの類なら送り込める。『神』が用意してあのトラックのような特別なものなら、送り込むことができる。そしてお前に乗った状態でなら、そこの3人のように可能だろう」
彼女は、俺に対してだけでなく、ここにいる皆に伝えるように話す。
「さっきアイが言ったように宇宙服でもあれば大丈夫かもしれない。だがその状態で戻っても、私にとっては無意味だ。この体ではなおさら」
志賀飛鳥は自らの体を、胸の上あたりとトントンと叩く。
まるで自らの体を、手にしたスマホをタップするかのように扱ってみせた。
「師匠。戻りたいのか?」
ようやく現状を理解したアイが、少し前のめりになるように聞いてきた。
「当たり前だ。私は転生をした? 本当に死んでここに生まれ変わったのか? その答えは否だ。シガースとしての記憶を持っている時点で、生まれ変わりとは言えない。私はこの世界での名前は志賀飛鳥だが、そんなものはゲームを始める時に自動的についている名前と大差ない。始めたゲームの自機に名前がついていたようなものだ」
ゲームにたとえてばっかりだなと思ったが、ツッコミを入れずに聞くことにする。
「確かに愛着はある。それにこの世界も素晴らしい。ゲームは最高だ。スマホも良い。ジョブズよくやった。だがな、だが私は私なんだ。この心と記憶があるかぎり、私はまぎれもなく魔術師シガースだ」
今までどこか他人事のように俺たちの様子を見ていた志賀飛鳥が、シガースが己のことを語っていた。
「そしてまだ繋がりがある。か細い繋がりだが、確かにあるんだ。諦めきれるか。いつか戻る。必ず。こっちにお前たちが来られたという結果は私にとってどれほどの価値があったかわかるか? こう見えても泣くほど嬉しいんだ」
そう言いながら志賀飛鳥は泣いていた。
可愛い女の子の涙は、ちょっと萌え方面の威力がヤバい。
「だから誘ってくれてありがとうだ、イセ」
そしてそんな嬉しそうに微笑まれると、気持ち高鳴る。
俺、実は生まれたばかりの雛みたいな生命体なので、こういう好意に弱いんじゃなかろうか。
「師匠。戻ってきてくれ」
「ああ。そのためにもアイ、イセ、生き残ってくれ。そして私が戻る時に力を貸してくれ」
「……そ、その時にまた考えさせてください」
「ああ。そうしてくれ」
なんで俺は、彼女に聞いたのかわかった。
彼女は、ずっと俺たちの世界にいろんなモノを送り込んでいたからだ。
それはまるで、ボトルメールみたいなものだったのかもしれない。
風船にくくりつける手紙の類か。
そういうのがあったから、俺は聞いたんだと、俺の中では結論づけた。
 




