258話 示された『神』への道
二ノ神先輩が示した『神』の力を得るに足る資格。
それは、示せと伝えた『神』側がいかようにも解釈できるような代物だった。
どんなものを見せても、ダメと言っていい。
これという根拠のない、客観性のないもの。
あくまで『神』である先輩の主観的判断に委ねられている、というものだ。
普通はそんな詐欺というか、口車にひっかからない。
だが、アイは普通じゃなかった。
「いいだろう。その資格とやらを見せてやろうじゃないか」
「待ってください」
アイと先輩の間で取引とも言えない口約束が結ばれそうなその時、意外なところから待ったがかかった。
この声の主は、アイの手をぎゅっと握って言った。
「『神』よ。この場での発言をお許しください」
「別にいいよ? えっと、ウルシャさんだっけ」
ウルシャはアイを守るように、先輩へ発言の許可を求めた。
俺にとってはこれもまたいつもの光景で、ウルシャはアイの身に何かあるかもしれないっていう時に、いつも体を張る。
今回は二ノ神先輩に対してだ。
人の身でありながら『神』に敵対するような姿勢をとることは、ウルシャ本人も恐れ多いことと認識している。
故に、彼女は微かに震えていた。
だが、俺からすればその『神』は二ノ神先輩だ。
いつもの中華屋で駄弁る先輩にしか見えないので、むしろウルシャに切り刻まれる姿の方が容易に想像がつく。
まぁ、これもこの体の伊勢誠の記憶なんだが。
「『神器』であるアイ様が、『神』の試練を受けるためにご無理をなさるのは重々承知であります。しかし『神』よ。『神』をして思いもよらぬことを求めるのは、酷というものです」
先輩はそれを聞いて、アイの方に視線を向ける。
「君の部下は、できないと言ってるけど?」
「違います!」
先輩の言葉を強く否定したウルシャの声は、厨房の方まで聞こえたのかこっちに視線が集まっている。
それを気にしているのは、俺と志賀飛鳥だけだ。
「アイ様ならできます。私は成し遂げられると確信しています。しかし、そのためにアイ様は自らを犠牲に捧げることもいとわない、そんな方なのです。ですからそのようなことになる可能性を秘めたこの試練を、私は護衛として許すわけには参りません」
ウルシャは先輩を見据え、それからアイを見つめる。
「お二人とも、どうかご再考ください」
ふたりに対して深々と頭を下げるウルシャに、アイと先輩はお互いに見合わせる。
「で、アイはどうする?」
「勘違いをしているな……ふたりとも」
ふたり? ふたりって先輩とウルシャ?
「『神』よ、まずウルシャは部下じゃない。私を常に守ってくれる友だ」
「……くはっ」
頭を下げていたウルシャから、変な声が出ていた。
「そしてウルシャよ」
「は、はいっ」
「先程の『神』の試練は戦いとは違うから、私の望むところなんだ」
アイは『神器』同士の争いを避けていた。
「そして、この試練は命や心を削るようなものではない」
「では、どういうものと?」
ウルシャに諭すように言うアイの言葉に、先輩が乗ってきた。
「これはアイデア勝負、トンチ勝負みたいなものだ。『神』は解けそうで解けない問題を出し、アイはそれを解けない方法をそのまま用いるのではなく、別の方法を用いて切り抜ける。そういうものだ」
アイは得意げにニヤリと笑む。
「この世界で『神』は凡人であることを示した。こんなメシをおごるのもヒーヒー言っているような小物だ。そいつにちょっと良い感じのアイデアを出せばいいだけというのは、むしろ今までの状況よりずっとラクな代物だぞ」
そう言われると、なんかそんな気がしてくる。
アイの自信満々さがそう思わせるのかもしれない。
「『神器』同士で争い、生き残った者が神になるという話であったなら早々に退場するアイだが、この凡人をちょっと驚かす程度のことなら、なんとでもなる」
エッヘンとか、どうだまいったか、っていうあからさまな勝利宣言っぽい態度に、俺はちょっと呆れてしまう。
「すげぇな」
「まったくだ」
俺の言葉に、素直に肯定するツァルク。
「それ聞いただけでも、力を預けたくなってきたよ」
先輩も苦笑気味に言っているのを見ると、俺と同じ感想を持ったようだ。
「ほんとか? なら今すぐ預けてくれ」
「でも、攻略法のネタバレじみたものを聞いたら、こちらももっとちゃんとした試練を用意した方がいい気がしてくるよね」
「え、えええぇ……ぐぬぬ」
得意げだったアイが、いきなりアテが外れたみたいな顔をつくる。
この辺も、なんだかいつものアイで笑う。
そうだった、俺はこういう『神器』についてきたんだった。
「んじゃさ、今のアイに示した試練だけど、今いる『神器』全員に同じ試練を与えよう」
先輩のそのひと言は、場の空気を変えた。
いや、違うか。
そのひと言の持つ意味に気づいたアイたちが、空気を変えたんだ。
「『神器』同士で競争してくれ。なんだったら邪魔しあってもいい。その邪魔も含めて、この凡人が納得いくようなものなら、何だっていい」
俺はアイが気にしていることに気づいた。
それは、志賀飛鳥の持つスマホの向こう側で聞いている者たちのことと、あともうひとり……
「ここで聞いてない『神器』はキルケだけだね。彼にも伝えておいてくれ」
「うぐ」
アイのうめき声が、はっきり聞こえた。




