257話 『神』の挑戦
アイは『神』に向かって、代わりに世界を治めてやると言った。
その台詞がどれほどのものなのか。
ウルシャとツァルク、それに志賀飛鳥もぎょっとした顔をしてアイを見つめていたことから察することができる。
『神』に挑む魔法の天才、ということか。
対して先輩は、水をひとくち飲んで、ふうっとため息をついた。
「そういうこと、わざわざ自分のところに来て言ったのは、キミが初めてだよ」
「だろうな」
「でもね、だからってそれではい権限を譲渡しますってして何とかなるならすでにやってるよ。そんな簡単に済ませられるならね」
今度は、先輩がアイに挑むような視線を向けた。
「こう言ってはキミも、ここにいるみんなも、そこのスマホで聞いているみんなも不快だろうけどさ。君たちの世界の終わりに関して、自分に責任はないんだ」
そのひと言は、アイのつぶらなひとみを細めさせるに十分な威力を持っていた。
「無責任だと思うだろうが、そういう問題でもないんだ。あの世界は生まれてた時からずっとその形の維持のためにエネルギーを放出し続けている。あの形は別にあの形のまま存在しているわけじゃない。誕生時点に溜め込んでいたエネルギーを消費してあの形を維持しているんだ」
宇宙に存在する恒星や惑星のイメージが、思い浮かんだ。
「自分はあの世界のただの管理者であって、維持する力があるわけじゃない。ただその力の調整が多少できる程度の存在なんだよ。だから世界の維持のための少々無茶なこともした」
「無茶なことというのは? 具体的には何をした?」
「世界を維持するエネルギーを外から取り込もうとしたんだ。外の力をあの世界に合わせた形に置き換えて補修しようとしたんだ。自分にだってあの世界に愛着はあるから、残したかったんだよ。一応『神』だし」
先輩の語りの最中に、アイは手を出して口を出した。
「待て。その補修っていうのは『魔法』か!」
『魔法』とは、アイたち魔術師が魔術を使用するために作られたいわば装置。
天使たちが天界に置いていた真力の装置と同じようなもののはず。
今の話からすると、本来の目的はそうじゃなかった?
「そうだよ。あれは魔術師たちが魔術を使うためだけのものじゃない。外の世界のエネルギーを魔素として取り込み、あの世界の維持に使うためのものだった。でもダメだったんだ。『魔法』は結局のところあの世界を外の世界に近づける装置にしかならなかった」
「魔素の流入は世界に混沌をもたらすとは、つまりあの世界の維持にならず、外の世界と同一化してしまうということか」
「だから、自分があの世界を去ったあと、キルケが『魔法』を壊したのは正しい選択だったんだ。魔法が人間社会に浸透し始めていたから自分には決断できなかったけど、彼ら天使は世界の維持を選択したんだ」
魔素の流入を防ぐ。
だから『魔法』を潰し、魔素によって世界を法則を覆す俺自身も潰そうとしていた。
あれ? そう考えるとキルケら天使たちの気持ちもわからなくはない気分になってきたぞ……
「なあ『神』よ。やはりその力、アイに譲ってくれないか」
アイの声は、少し震えていた。
恐怖にふるえていたのかというとそうではないことはわかる。
どちらかというと、興奮している。
喜びすぎて、感情が抑えきれていない感じがした。
「その『魔法』をアイに作らせてくれ」
楽しいものに食らいつくように、アイは先輩に迫る。
「『神』よ。お前はアイを天才と言ったな? 言ったよな? 凡人のお前より天才のアイの方が、世界にとって都合のいい『魔法』の構築ができる。そうは思わないか? なぁ」
そんなことを力を譲ってもらう側が言って大丈夫なの? と思ったが、先輩は意外と落ち着いていた。
「できる、かもしれないね。いったいそれがどういう形になるのか想像もつかないけど」
「それはそうだ。実際に『神』の力を手にしてみないことには、どういうものができるのかなんでアイにもわからん」
「それでも自信だけはあるんだね」
「もちろんだ」
嬉しそうな笑顔を見せるアイ。
こういうところは、とても羨ましいし、頼りになる。
ずっと接していたウルシャの視線からもわかる。
「それで自信満々に語るアイは、本当にそれができるのかい? 世界を維持するための『魔法』の構築は一度自分が失敗している。同じことをやろうとしているわけだが、それは成功するのかい?」
「アイができなければ誰にもできないだろう。アイほど魔法に長けたものを、アイは知らん」
「最も魔法に長けた者なら、世界を維持する『魔法』の構築もできる、と。それは保証にはならないんじゃない?」
「『神』よ。アイの気勢を削ぐ理由はわかるぞ。失敗したら世界が滅びかねんからな。だが、それはお前が選んだ道と変わらない。なら維持できる可能性に賭けてみたらどうだ?」
「簡単に言ってくれるね」
あれ? 先輩がかちんときてる?
「ならさ、アイ。自分がキミに力を託すに足る、資格を見せてくれ」
「どんな資格だ。具体的に」
「それこそ、自分にも思いつかないようなものだよ。凡人である自分には思いもよらないような、でもそれが正解とわかるようなもの。それを自分に示してくれ」
先輩は、挑むようにアイに告げる。
「天才って、そういうものなんじゃないの?」




