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254話 凡人な『神』

 凡人。

 特に優れたところがない普通人とか、むしろつまんない人とか、そういう感じの評価。


 二ノ神先輩を思い出しながら、この人凡人? そうかな? という疑問が浮かぶ。


 同じ大学に通うってだけで、別段繋がりのない先輩だが、なんとなく出来る人っぽい雰囲気はある。

 話せる面白い先輩だなーという感じというか。

 自分以外とも、卒なく話している姿をよく見かけたし。


 だが確かに、特に目立ってすごいっていうのは思い当たらない。

 ゲームも上手い方じゃないし。

 読書家っぽい知識もないし。

 大学1年時に単位落とした話を聞いているから、成績も良いわけじゃなさそう。


 だいたいつるんでいた自分……じゃなくて伊勢誠もそうだ。

 真面目に講義は行っているものの、卒業できればいいやという程度の熱意で教授や講師の話を聞いていただけだ。


 伊勢誠も凡人。

 つるんでいる先輩も凡人。

 そう考えると今の俺は意外とすごい? ハイエースだし。

 凡人によって生み出された割には案外いける才能の持ち主だ。


「何ニヤけている」


 アイに指摘されて、顎を触るようにニヤけ顔を抑える。


「俺、今の自分を肯定できそうな考え方ができつつあったんだ」


 アイに首を傾げられたが、まあいいや。

 行くメンバーは決まったし、さっさと中華屋へ行こうか。


「先輩。んじゃみんなでおごってもらいます」


「うん。財布は心もとないけどね」


 わかる。

 先輩、あんまし金持ってない。

 月の下旬に、時々伊勢誠に無心していたくらいだ。

 ちゃんと月始めに返してくるので、貸し借りに関しての信用度は高かった。


「あ、ここにもありますよ」


 俺は伊勢のポケットに入っていた、財布を取り出す。

 すると先輩が、ちょっとだけ真顔でその財布を見た。


 危うかったら使っちゃうのありか……くらい考えてそうだ。


「それは最後の手段にしよう」


「帰りのレジの前で決めてください」


 と、先輩とのこういうやりとり、俺の中ではとても懐かしい。

 若干の脇の甘さや、微妙な良心から感じ取れる小市民さ。

 いわゆる普通っぽいズルさ。


 それでいて『神』か。

 アイが言った、凡人として世界を捨てたというのが、やはり気になった。


 それから、会食参加組でぞろぞろと駐車場を移動し、店に入る。

 『中華れすとらん ラーメンひゅーまん』の雰囲気はまったく変わっていない。


 いつもの店員さんがこっちを見ていらっしゃいませと言いつつ、少しぎょっとしている。

 アイ、ウルシャ、ツァルクの格好だ。

 日本人とは違う外国人とわかる3人が、明らかにこちらの服とは違う格好で店に入ってきたのだ。

 そりゃびびる。


 そんな中でも落ち着いた様子の先輩は、席に戻ります的なジェスチャーをして、コップと注文表の置いてある席へ。

 6人席で、先輩と伊勢は食事をしていた模様。

 先輩は、俺の方を見て言う。


「大学のそばだし、この程度のおしゃれコスプレは許容されるよ」


 俺が店員の反応を気にしていたと思ったのだろう。

 店の常連になっている俺や先輩が堂々としていれば、大丈夫かな?


「演劇の稽古中な雰囲気を醸し出すとか、ですかね」


「聞かれたらそれでいこう」


「芝居とかしてましたっけ?」


「いや。でも小劇場観に行ったことあるよ。ハマる人の気持ちわかる」


 いつものトークっぽい感じを出しつつ、3人の様子を見る。

 初めての中華屋、というかこの世界の飲食店そのものが初めてな3人は、挙動不審気味に周りを見ている。

 ツァルクが店の厨房の方へ行こうとしたので止める。

 んで無言で、席に座るように促したら、素直に従ってくれた。


 席に皆が座ったあたりで、追加のコップと水差しを店員が持ってきた。

 正体不明の外国人を連れてきたぞ、という風にこっちを見ている店員。

 先輩があとで注文しますと伝えると、挙動不審になるわけでもなく引き下がっていく。

 常連だろうが初見だろうが、誰でも相手にし続けている飲食店の店員のメンタルは不測の事態に意外と強い。


「ここがこっちのメシ屋か。いい匂いだ。期待できる」


「む。これはご飯の絵だ。本物みたいだな」


「そこかしこにある飾り、危険なものを隠すにはうってつけだな」


 若干くつろぎつつあるツァルクに、メニューにある写真に興味を示すアイに、周囲を警戒しつつも好奇心も垣間見えるウルシャ。


「ああそうか。字は読めないよね。何が食いたいかって聞いてもわからないか」


「基本のラーメンセットにしましょう」


 並ラーメンに半チャーハン。餃子3個に杏仁豆腐付き。700円。

 破格ではないが良い感じの安さに、大食いの人はさらに追加が可能なお値段。

 中華屋の定番で普通に美味いから丁度いい。


 先輩が店員を呼んで、4人前のセットを頼んだ。

 箸じゃなくてフォークも頼んでいるところ、気が利く。


「財布の中身が4000円だから、ぎりぎりだ」


「こっちは2万はありましたよ」


「明日にでも、伊勢くんに借りるかな」


 苦笑してみせる先輩との会話は、しっくりくる。

 この人が、自分をこんな風にして、今ここにいる連中を世界ごと混沌に導いている『神』とか、勘違いなんじゃなかろうか。

 まったく説得力がない。


「で、『神』よ。ここで何してるんだ?」


「メシ食ってダベってた」


「そういう話じゃない。アイたちの世界から出ていって、この世界で何をしているんだって話だ」


「声が大きい。ここではもう少しトーンを落として。あと、君たちの言葉はここの人たちには何言っているのかわからないから、ちょっと不審気味に見られるんだ。注意して」


 先輩の視線につられて店の厨房の方を見るが、向こうは気にしてない様子だ。


「イセくんは、その体を借りているから普通に日本語に聞こえているから安心して」


 体を借りている状況とか、安心できる要素がない。

 だがこの空間は、落ち着く。

 中華屋の人の少ない時間帯は、駄弁るのに最適だった。

 店の人も、うるさくしない限り追い出したりもしない。

 先輩と俺は、テンション高くない駄弁りを続けるタイプだったので、店側のウケもそれなりに良かった。


「ひとまず長旅ごくろうさま。大変だったでしょ?」


 そんなことを言いながら、みんなのコップに水をそそぐ先輩。

 『神』にもてなされるアイたちは、どういう感情を持つのだろうか。

 3人とも、あまりいい感情を抱いているようには見えない。


 コップを3人に渡した後、先輩は語りだす。


「さっきの質問だけど、自分はこっちの世界で暮らしている。文字通りね」


 先輩の言に思うところがあるのか、女子中学生になっているシガさんがスマホをいじりながらチラッと先輩を見た。


「こっちの生活は楽でね。殺伐としてないし。無闇にかしづいてくる者もいない。生活にも困ってない環境なもんだから、気ままに大学生やってる。将来は特になにも決めないけど、一応就職活動はしようかなーと。新卒って立場は1回きりだしね」


 うん。いつもの先輩だ。

 だが、この人はこう見えて『神』なんだよな。


「言っている意味の半分もわからないが、つまり戻ってくる気はないんだな」


 アイの言葉を聞いて、ウルシャとツァルクはギョッとする。

 対して先輩は、にこりと笑顔を見せた。


「こっちの生活が落ち着いたら、その辺は考える予定」


 つまり、何も考えてませんって態度にしか見えなかった。

 アイが怒りを抑えているのがわかった。


「話すなら、食事をしながらにしようよ。しゃべっている最中に店員さんがくると、不審がられるし」


 アイの様子に気づいていながら、先輩はトーンを変えない。

 状況が逼迫している時でも、普段どおりに振る舞えるところは、少し非凡なところと思う。


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