253話 『神』との会合を許された者たち
『神』が二ノ神先輩の姿で自己紹介をした。
確かに初めて会うことになるのだが、俺は伊勢誠の記憶を一部継いでいるので、初めての感覚はまったくない。
だからそれは茶番に思えた。
「……ははっ、これはおかしい感じしかしないな。自分から見てそこにいるのは伊勢くんなんだから」
「俺もそう思うっす」
「ならいつものように、イセくんで」
普段からそうしている感じで、流れるようにというか流されるように先輩に促される後輩の図。
だが、そこに調子を崩す要素と目があった。
「まて」
アイが明確に俺と先輩の行動を止めた。
はっきりとしたんだが、俺にとっての主人はこの小さな女の子だ。
俺があの世界に生まれて最初に見た存在。
ひな鳥が最初に見たものを親と思うような、あれと似たようなもの。
「『神』よ。イセはこのままついて言って大丈夫なのか? 何かしらの悪影響はないのか? そこを説明してもらおう」
「どういう意味だい?」
「ここはイセが用意している空間。だが車の外は異世界だ。イセが行って大丈夫なのか?」
「いい質問だ」
先輩はできの良い生徒でも見たように笑った。
そうそう、こういうところがあった。
どこか達観しているような感じ。
あれは、異世界の『神』だったからってことかな。
「検証は何度かしたが、まだ不確定要素が多い。絶対に悪影響がないとは言い切れない。例えばこちらに存在する菌への耐性がそちらの人間にはない可能性は大いにありうる」
今度はシガさんが口にし始めた。
「だが、おそらく可能だ」
「根拠は?」
「魔素だ。そちらの世界はこちらの世界以上に異世界からの干渉を受けているが故に不安定だ。そこで暮らす人間たちはその不安定な環境に適応している。逆にそちらの人間がこちらに来ると、少々ぬるい環境と感じるだろう」
「……それは師匠の感想か」
「まあ、そういうことだ」
シガさんがフッと余裕そうに笑った。
異世界転生の本質とも言うべき、元いた世界の現代知識で異世界無双は逆も成立したということか。
「では、要求する。こちらはイセだけではなく、アイとウルシャ、それにツァルクとタツコもついていく」
アイは俺の手をぎゅっと握った。
「でなけば、アイたちはこのまま帰る」
アイが俺のことを心配しているのが伝わってきた。
俺のアイへの気持ちは、ただの刷り込みだけじゃないと信じたい。
「そのまま帰すわけにはいかないよ。伊勢くんが連れていかれてしまうからね。その体はイセくんにちょっと貸しているだけなんだ」
「ならアイの言う通りにしろ」
「だいたいはそれでいいよ。でも全部は聞けない」
先輩とアイの何かしらの駆け引きが始まった。
アイや鬼王、それにケアニスが危険を承知でここまでついてきたのは『神』に接触するため。
ここで引き下がるわけがない。
そしてここで、シガさんが手を発言の許可を求めるように手をあげた。
「二ノ神先輩、時間かかりそうだから手短に説明するよ。アイたちは構わない。だが元『竜』は止めておいた方がいい。イセが人間に変えたというが、本当に人間なのか確証がない」
アイはタツコの方を見た。
「タツコ。ここに残ってくれ」
「わかった。タツコはここに残す」
代わりにツァルクが応え、タツコに睨まれる。
「我慢して。ここは……どこよりも危険だ」
伝説の竜騎士は、真力の元になった『竜』の力を使うが故に呼ばれた名だ。
ハイエースの中と、外の世界の違いがよくわかるのだろう。
「わかっている。だが」
「俺は大丈夫だ。すぐ戻る」
「そう言って何年捕まってた?」
「え、えっと……1000年くらいだっけ?」
「私も行く」
「待った待った。大丈夫だって。ほら『神』だってシガースさん? だっけ? とにかく武器とか持ってないじゃん」
「あいつ、ずっとあの怪しい小さな板を操ってるぞ」
「これはゲームだ。イベント中なんだ。無課金で活躍できる機会なんだ。止めないぞ」
「ほら剣呑だ」
ソシャゲに夢中になりすぎてるシガさんは、こっちに適応しすぎでは?
「シガースちゃん。それ、サミュエル自治領にある石版だよね?」
いきなり割って入ってきたのは鬼王だ。
「あれはかなりの旧型だ。こっちは最新」
「それ、こっちに置いてってよ。そっちで人間たちと話ができるんでしょ?」
そうかその手があったか、と俺と先輩とアイはハッとした。
だが露骨に嫌そうな顔をしたのはシガさんだ。
「これはダメだ。絶対ダメ」
「ならタツコちゃんだけじゃなくて、俺もケアニスも行く」
これはまた『神』との会合前に揉めそうだな、と思ったら……
「先輩のスマホ、渡してやって」
「えー」
と言いつつも、シガさんの無言の圧に押しやられてしぶしぶと渡す。
それをいじって俺に渡した。
「これでこちらの話は多少聞こえるだろう。先輩のは旧型だからちょっと怪しいけど、サミュエルのとこのよりは聞き取りやすいはず」
俺は、先輩のスマホを興味津々に覗き込んでくる鬼王とケアニスに使い方を説明する。
「やっぱりこいつ便利だな。こっちの世界ともこいつでやりとりできるんだろ?」
「魔素を電気に変換したり、いろいろ手間がかかるから楽ではないけどね」
「あ、魔素を変換ってハイエースのガソリンと一緒か」
「そっちの性能とは比べ物にならないよ。術の規模が違いすぎる」
術の規模と聞くと、アイの使った召喚術と、『神』が使ったっていう派遣の術の話か?
そんなことをパッと思いついて考えている間に、話がまとまっていった。
「タツコ、残ってくれ。こいつで話に参加すればいいから」
タツコはしぶしぶとうなずいた。
「わかったが、くれぐれも気をつけてくれ。お前は一度アレに騙されているんだからな」
そう言って、殺気じみたものを二ノ神先輩にぶつけるタツコ。
先輩もシガさんも、その殺意に当てられてぶるっと震える。
「マジで身の危険を感じるよ」
「こっちにはこういうのないですね」
あからさまにこっちの気質に染まっているふたりを見て、若干ホッとする。
余計な手出しはして来そうもない。
「油断するな」
アイの手は、ずっと俺を掴んでいた。
「あれの本質は、ああなんだ」
「……ああ?」
「そうだ。あの凡人の調子のまま……我らの世界を捨てた『神』だ」




