252話 イセの正体
全身を覆うしっくりくる体。
だがそれは、あくまで俺自身の体ではない。
俺は今、伊勢誠をまとっている。
まとっているという違和感がある。
この感覚に一番近いのは、ハイエースを運転している時だ。
俺は今、伊勢誠という人間を、操っている。
そんな俺を、アイは心配そうに覗き込んでいる。
「どうだ? 体を動かせるのか?」
「うん、違和感あるけど、だいたい思い通りに」
アイの前で、俺は手をグーパーと動かしてみせる。
「そうか……」
アイが若干、気まずそうな返事をしたのを、俺は見逃さなかった。
「アイは知っていたんだな。俺が伊勢誠ではないことを」
そういうと、アイは少し驚いて苦笑して見せた。
「いや。そもそもアイは伊勢誠を知らんから確かめようがない」
「あ……ああ、そりゃそうか」
「だがな、死ぬ前と死んだ後で、持っている力が大きく変わる、というのはありうるのか? という疑問は持ったぞ」
そらしていた目を、アイは再びこちらに向けた。
「聞けば伊勢誠は、ハイエースを出したり、鬼たちを操ったり、男や竜を女の子にしたりしないそうじゃないか」
「できるわけないから」
「召喚術の転生でそういう力に覚醒した可能性も考えられるが、あまりにも力に差がありすぎる。常軌を逸している」
「確かに」
「その荒唐無稽が今、形を持ってここにいる。それがイセだ」
荒唐無稽とまで言われるが、たしかにその通りだから否定しようがない。
「しかもだ。すでに気づいていると思うが……お前はこいつだ」
こいつと言いながら、アイはコンコンとハイエースを叩く。
アイは今、さらっと口にした。
俺が、今乗っているこいつだと、はっきり言った。
明確に指摘されると、ショックだった。
俺は今、アイに軽く叩かれたことを認識できる。
感じ取ることができる。
俺は今、この体の中にいる、伊勢誠を操っている存在だとわかる。
「俺が……ハイエース」
「そうだ。正確には、伊勢誠の記憶を一部受け継いでそれを元とし、人格が与えられたハイエースという車が、イセだ」
はっきり言われて、納得がいく。
いくと同時に、己の心がぐらぐらと揺れ、めまいでもしているかのような錯覚を覚える。
そんな俺の精神状態に気づかないのか、アイは続ける。
「アイが最初にイセの本体がハイエースではないか、と気づいたのは『竜』を今のタツコの姿にした時だ」
『竜』と戦い、アイが魔法で抑え込んでいる間に俺は『竜』を人間の女性化する力を注いだ。
「あの時、イセが消えてハイエースと合体した、ように見えたが実際には違った。あれは合体ではなく、元の姿に戻ったんだ」
「戻った……」
「そうだ。イセは自らの力で人間の姿を形作っていた。だが『竜』の姿を変えることに力を注いだから、人間の姿を維持できなくなった」
「だから、ハイエースに俺が戻った、ように見えたと」
頭がくらくらしつつも、納得できる。
ハイエースが本体で、今まで俺と思っていたイセが分身。
つまり、ハイエースから出てくる鬼たちと同じ。
「顔色悪いぞ。大丈夫か?」
「……この顔は伊勢誠であって俺じゃない。具合が悪いのは伊勢誠の方なんじゃないか?」
「イセ……」
アイの説明は納得のいくものだった。
俺はあの時に事故ったハイエースの方で、伊勢誠はあの事故でも助かってこの世界に残っていた。
そして、アイの召喚術によって死後、あの世界でアイと共に過ごしてきていた。
何故、そんなことに? それは……
「相談は済んだかい?」
運転席の扉の向こうから窓ガラスを覗きこんでくる二ノ神先輩。
何故俺が、こんな目にあっているのか。
その元凶は先輩……いや、こいつだろう。
「話が終わったら出て来てくれ。久しぶりの中華だぞ。おごりだ」
久しぶり、と言われると久しぶりと思えてくる。
だがその前提は、伊勢誠という別人の話だ。
「先輩。どうやら俺、久しぶりじゃなくて、ここでの食事自体が初めてらしい」
ニノ神先輩……『神』は俺の言葉を聞いて楽しそうに微笑む。
「そうだね。ならそもそも自分と会ったことすら初めてか」
『神』は、ほんの少しわざとらしくお辞儀をしてみせた。
その仕草は、俺の記憶にあるニノ神先輩と合致している。
「初めまして。自分がきみのいる世界の『神』だよ」




